セレスタの涙、オニキスの誓い  第百三十九章


 ロイは閉じていた目をゆっくりと開ける。ベッドの上に起き上がり枕元の時計を見れば、セットした時間より三十分も早かった。それでももう一度眠る気にはなれず、ロイはベッドから降りる。窓に歩み寄り鎧戸を開けて窓を開け放てば、目の前に綺麗に晴れ渡った空が広がっていた。
「いい天気だ」
 ロイは雲一つなく晴れ渡る空を見上げて呟く。
「やっと今日から始まるな」
 ハボック、と唇の動きだけで呼びかけて、漸く自分の元へやってくる彼の瞳と同じ色の空をロイは長いこと見つめていた。


 司令室の扉の前でハボックは一度足を止める。大きく息を吸って吐き出すとノブを掴み扉を開けた。
「おはようございます」
 中に向かってそう声をかけながら入っていく。そうすれば振り向いたブレダが嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「ハボック!」
 ガシッとハボックの体を抱き締めてその背をバンバンと叩く。ハボックの両肩をガッシリと掴んで、その顔を間近から見つめた。
「やっと来たな、ハボ」
「うん。来たよ、ブレダ」
 ブレダの言葉にハボックも嬉しそうに笑う。その晴れ晴れとした笑顔にブレダは感極まって顔をくしゃくしゃと歪めた。
「ちきしょ……ッ、心配かけやがって……ッ」
「ごめん。でももう大丈夫。これからはブレダと一緒に大佐をもり立てていくから。だからよろしく頼むね」
「────ッ、おう!任せとけ!」
 ブレダはハボックの手を握り何度も頷く。その手をギュッと握り返したハボックの後ろから声がかかった。
「ハボック少尉」
「ホークアイ中尉」
 振り向いたハボックにホークアイが優しく微笑みかける。
「待っていたわ、少尉」
「はい、今日からよろしくお願いします」
 言ってピッと敬礼するハボックに敬礼で返して、ホークアイは言った。
「さっきから待ってるわよ」
 そう言って半身振り向いたホークアイが視線で執務室の扉を示す。ハボックはコクンと頷くとゆっくりと扉に歩み寄った。ほんの少し躊躇って、ハボックは肩越しに振り向く。ホークアイとブレダが励ますように頷くのを見て、ハボックは執務室の扉に視線を戻した。一度目を閉じゆっくりと開く。ギュッと握った拳を上げて、扉をコンコンと叩いた。
「入れ」
「────失礼します」
 入室を告げる声に微かに体を震わせて、ハボックはノブを回す。開いた扉の向こう、大振りな執務机についたロイの姿を見て、ハボックは目を見開いた。キュッと唇を噛み締め中へと足を進める。ロイの前に立ったハボックはサッと敬礼をした。
「本日付けで司令室勤務を申し渡されました、ジャン・ハボック少尉であります!」
 微かに震える声でハボックは告げる。そうすれば真っ直ぐに見つめてきていた黒曜石がふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ、待っていた。待っていたよ、ハボック」
「大佐」
 言って見つめてくる黒曜石にハボックは熱いものがこみ上げてくる。唇を引き結んでそれを飲み込むハボックに、ロイが言った。
「待たされた分、バリバリ働いて貰うぞ」
「はいッ、勿論っス!」
 ロイの言葉にハボックは背筋を伸ばして答える。椅子から立ち上がったロイが、ハボックにゆっくりと近づいてきた。
「大佐」
 笑みを浮かべて見つめてくる黒曜石をハボックは見つめ返す。言うべき言葉を見つけられずに見つめていれば、不意に伸びてきたロイの手が金髪を掻き混ぜた。
「これからは私の背中はお前に預ける。頼んだぞ、ハボック」
 そう言って見つめてくる黒曜石に。
「ッ、イエッサー!」
 ハボックは泣き出しそうに歪めた顔を引き締めて、ピッと敬礼した。


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