セレスタの涙、オニキスの誓い  第百三十一章


「オレは……オレは……ッ!」
 ロイを護りたい。今度こそその願いを叶えようと必死に訓練に取り組んできた。だが、これまでの事を思い起こせば肝心のロイを顔を上げて見ることが出来ないと、今更ながら一歩を踏み出すことの恐怖に、ハボックは床を掻き毟って嗚咽を零した。
「こわい……このまんまじゃアンタを見失っちゃう……っ」
「ハボック」
 泣きじゃくるハボックをロイはじっと見下ろす。ポロポロと空色の瞳から零れる涙を見れば、息が出来なくなりそうな程胸が痛んだ。
 以前、ハボックはロイを傷つけてばかりだと言っていたが、それを言うなら傷つけてばかりいるのは自分の方だとロイは思う。ハボックを愛していながらどれほどその愛する相手を傷つけてきたのだろう。嫉妬に狂い怒りの焔で自分自身だけでなくハボックをも苦しめた。ロイに語る事の出来ない想いを抱えながら、ハボックはずっとずっと自分を護ってくれていたのだとロイは思う。
「ハボック」
 ロイは膝をつき手を伸ばしてハボックの躯をそっと抱き締める。ビクリと震えて逃れようとするハボックをロイは赦さず抱き締める腕に力を込めた。
「たいさっ、オレは……っ」
「大丈夫だ、ハボック」
 耳元にそっと囁いてロイはハボックの金髪を撫でる。少し体を離して、涙に濡れる空色を見つめた。
「お前が顔を上げて私を見られないと言うなら、迷ったりしないように私がお前の手を引こう」
「────大……ッ?」
「どこまでも一緒に行けるよう、お前の手を繋いでいよう」
「たいさ……」
 言えば驚いてハボックが目を見開く。その瞳をじっと見つめてロイは続けた。
「私は決めたんだ。もう二度とお前の手を離すまいと」
 ハボックの手を離してしまったあの後、どれほどの後悔がロイを襲っただろう。激しい後悔と喪失感と。心を閉ざしてしまったハボックと過ごした奇妙に静かなあの場所で、ロイは自分がすべき事に漸く気づくことが出来たのだ。
「でも……でも、オレは……」
「大丈夫だ、ハボック。時間は幾らでもあるんだから」
 そう言ってロイはハボックの手を握る。指を絡ませギュッと握り締めて、ロイは言った。
「愛してる、ハボック。どこまでも一緒に行こう。今は私がお前の手を引くが、時が経ったら今度はお前が私の手を引く時も来るだろう。そして、私の背中を護ってくれ。その時こそ私たちはこの手に未来を掴む為に一緒に戦える」
「たいさ……」
 見つめてくる黒曜石をハボックは真っ直ぐに見つめる。その空色の瞳から新たな涙が溢れて、白い頬を濡らした。
「でもそれじゃ……オレ、アンタのお荷物じゃねぇのっ?」
 ロイの足を引っ張るような事だけはしたくない。これまでの事だけだってロイを貶めようとする者からみれば十分にその理由になると言えなくはないのだ。
「馬鹿なことを」
 だが、ロイはハボックのそんな憂いを一蹴する。
「お前の存在は私の支えだ。それ以外有り得ない」
 ロイはクスリと笑ってハボックの涙に濡れた頬を撫でた。
「大丈夫だ、ハボック。私を見失うと不安になったら叫べ。必ずお前の手を掴んで離さないから」
 そう言えば空色の瞳が大きく見開く。綺麗な空から雨が降るように、空色の瞳から涙が零れた。
「う……っ、くぅ……っ、うっうっ……ッ」
 ぼろぼろと涙を零すハボックをロイは腕に抱き締める。ハボックの手がロイの背に回され、服をギュッと握り締めた。
「たいさ……たいさァ……ッ」
「ハボック……」
 子供のように泣きじゃくるハボックをロイはしっかりと抱き締める。腕の中で震える体の温かさがハボックが確かにここにいるとロイに知らせて、ロイはホッと息を零した。
「もう二度と離さない。もう二度と迷わない。だからお前ももう迷うな。私の声だけを聞いていろ」
 ハボックの迷いを吹き払うようにきっぱりとロイが言う。抱き締めたハボックが漸く小さく頷けば、ロイが鮮やかに笑った。


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