セレスタの涙、オニキスの誓い  第百十三章


 闘技場に入ってきたブラッドレイがゆっくりと新兵達を見回したと思うと、その視線が自分に止まるのをハボックは感じる。その隻眼に見つめられただけでぞわりと肌が泡立つのを感じて、ハボックは爪が刺さるほど手を握り締めた。
「新兵諸君、今日は諸君らの訓練に参加させて貰うことになった。日頃の訓練の成果を存分に発揮して私を楽しませてくれ」
「「イエッサー!」」
 ブラッドレイの言葉に新兵達がカッと踵を鳴らして一斉に答える。それを満足げに見回して、ブラッドレイはゆっくりと歩きだした。緊張した面持ちの新兵達を見ながら歩を進めたブラッドレイはハボックの側まで来るとその笑みを深める。
「久しぶりだな、ハボック少尉。もう体はいいのかね?」
 個人的に名指しして話しかけるブラッドレイに新兵達の間にざわりと驚きが走る中、ハボックは正面を見据えたまま答えた。
「はい、サー。おかげさまでもう完全に回復しております」
「それはよかった。では後で手合わせを頼もうか。久しぶりに銃の腕前も見せて貰いたい」
「光栄です、サー」
 突き刺さるような視線を頬に感じて、ハボックは声が震えそうになるのを必死にこらえる。そんなハボックの様子にブラッドレイはにんまりと笑って、正面に戻った。それを待ってブラウンが訓練の開始を告げる。新兵達が準備運動から始めて訓練を開始する中、ハボックは知らず詰めていた息をゆっくりと吐き出した。


 ブラッドレイがハボックの方へと歩いていくのをロイは食い入るように見つめる。その足が止まりハボックに話しかけるブラッドレイの声を聞けば、今すぐにもブラッドレイの腕を掴みハボックに手の届かない場所まで引きずっていこうと足が勝手に踏み出そうとするのを、ロイは必死の思いで押さえ込んだ。
(ブラッドレイ……ッ)
 ハボックの体を気遣うような言葉を口にするブラッドレイにロイは射殺しそうな視線を向ける。白々しいその言葉にハボックが答え手合わせを了承するのを聞いて、ロイは思わず“やめろ”と叫びそうになった。
(くそ……ッッ!!)
 ハボックを信じたいと思う一方で不安が押さえきれない。確かに避けて通ることの出来ない壁ではあるが、これまでの事を考えればまだ早いのではないか、もしまたハボックが打ちのめされるようなことになれば二度と立ち直れないのではないかと、自分にしては信じられないほど否定的な考えばかりが浮かんで止まらなかった。
(もしまたハボックになにかあれば、この場で息の根を止めてやる)
 ブラッドレイを見つめるロイの体から押さえきれない気持ちが焔のオーラとなって立ち上り、ロイの周りの空気をジジ…と焼いた。


 椅子に腰掛け脚を組んだブラッドレイは目の前で行われる訓練の様子を眺める。話しかけたハボックの緊張しきった表情や、背後から感じるロイの突き刺さるような視線を思い出して、ブラッドレイは低い笑い声を零した。
(実に楽しい。やはり君は最高だよ、ハボック少尉。もっと早くここに来れば良かった。そうすればあんな腐るような退屈も感じずに済んだものを)
 ブラッドレイは体術の訓練を行うハボックをじっと見つめる。緊張した面持ちで手本のような完璧な身の熟しを見せるハボックを見つめていたブラッドレイはゆっくりと立ち上がった。ただそれだけの動きに、闘技場にいる全ての人間の視線がブラッドレイへと向かう。体術の構えのまま立ち竦む新兵達にブラウンの号令が飛び、新兵達は訓練を中断して休めの姿勢をとった。緊張が闘技場の空気を支配する中、立ち上がったブラッドレイは居並ぶ新兵達を眺めながら歩いてハボックの側に立った。
「そろそろ体も温まったろう。ハボック少尉、手合わせを頼めるかな」
 そう言って見つめてくる隻眼をハボックは息を詰めて見返す。干からびた喉に何度も唾を飲み込んで、何とか声を出した。
「はい、サー────お相手、務めさせて頂きます」
「お相手」
 ハボックの言い回しを小声で繰り返してブラッドレイはクッと笑う。上着を脱ぎ放り投げると軽く動いて体を解すブラッドレイに、ハボックを残して新兵達が壁際へと退いた。
「遠慮せず全力できたまえ。本気で私を沈めるつもりで来るといい」
「イエッサー!」
 ニヤリと笑って言うブラッドレイに向き合って、ハボックは腰を低くして構えた。


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