セレスタの涙、オニキスの誓い  第百十二章


 司令部の玄関前にゆっくりと車が止まる。警備兵が開けたドアから降りたブラッドレイは、東方司令部の建物を見上げた。
「閣下。部屋を用意しております。とりあえずそちらへ」
 そう声が聞こえて、ロイが近づいてくる。だが、ブラッドレイはロイを待たずに入口に続くステップを歩きだした。
「闘技場は確かこっちだったな」
「閣下!」
 カッカッと靴音を響かせて歩いていくブラッドレイに、軍人達が慌てて脇によけ道を開ける。ロイは足を早めてブラッドレイに並ぶと、その横顔を見て言った。
「まだ用意が整っておりません。無用な混乱を避けるためにもこちらでお待ち頂きたい」
「たかがゲスト一人加わったくらいで混乱するような訓練では、現場で使える兵士など育てられんよ、マスタング大佐」
 低く笑って言うブラッドレイにロイはムッと口を歪める。そうこうするうちに闘技場の前まで来れば、扉の外に立って副官と話をしていたブラウンがハッとして振り向いた。
「────新兵の訓練を担当しております、ブラウン中佐です」
 一瞬躊躇ったブラウンが、ブラッドレイにピッと敬礼して言う。それに鷹揚に頷いてブラッドレイは言った。
「急な事ですまんな、中佐。もう皆揃っているのだろう?」
「ええ、はい、まあ」
 ブラウンはチラリとロイを見て言う。厳しい表情を浮かべたロイが何も言わないのを見て、ブラウンはブラッドレイに言った。
「今ご案内します。少しお待ちを────」
「構わん」
 ブラッドレイはブラウンが言うのに構わず扉に手をかける。引き留める間もあらばこそブラッドレイは闘技場に続く扉を開いた。


「特別ゲストって誰だろうな。中佐の様子から察するに急に決まったみたいだけど」
 ストレッチをしながらリンチが言う。何も答えずどこか思い詰めたような表情を浮かべているハボックを、リンチはじっと見つめた。
(どうしたんだ、ハボックの奴)
 途中から訓練に参加してきたハボックに一体どういう事情があったのか、リンチは知らない。自分達新兵との間に一線をひいていたハボックに偶然とはいえ近づく機会を得て多少なりと打ち解けたと思っていたが、まだまだリンチが知らない何かを抱えているということなのだろうか。
(また馬鹿なことをしなきゃいいけど)
 そう思いながらリンチが尚も言おうとした時、ガチャリと闘技場の扉が開く音がした。
「あ、中佐が戻って────」
 きた、と言いかけた口を、扉の方へ目をやったリンチはポカンと開く。リンチだけでなく闘技場の全ての新兵達が闘技場の入口に現れた人物を驚いて見つめる中、続いて入ってきたブラウンの声が響いた。
「全員整列!」
 その声に鞭打たれたようにハッとなった新兵達が駆け足で整列する。ブラウンは居並ぶ部下達を見回して言った。
「遅くなったが訓練を開始する。その前に今日の特別ゲストを紹介しよう」
 言って一歩下がるブラウンと入れ替わりにブラッドレイが新兵達の前に立つ。その隻眼に射竦められたように身を強張らせる新兵達を見回したブラッドレイは、その中にハボックの姿を見つけて笑みを浮かべた。


 何とか時間を稼ごうとしたものの結局車をゆっくり走らせることぐらいでしかブラッドレイを引き留めることが出来ず、ロイは険しい表情を浮かべる。それでもハボックを今日の訓練から外す事は出来たろうと思いながら、ブラウンの言葉にすら耳を貸さずさっさと闘技場の扉を開けるブラッドレイに続いて闘技場に入ったロイは、整列する新兵達の中にハボックの姿を見つけて目を見開いた。
「どう言うことだ……っ」
 ブラッドレイと入れ替わりで下がるブラウンの袖を引いてロイは低い声で問い質す。腰の後ろで手を組んで立ったブラウンはロイの方を見ずに答えた。
「今ここで逃げたら二度と貴方の背中を護る事は出来ないと言ったんです」
「ッ?!」
 その言葉に息を飲むロイにブラウンは目を向ける。
「ここが正念場だと彼は言いいました。必ずここを乗り越えるとも。私は彼を信じます」
 小さく、だがきっぱりと告げられる言葉にロイは目を瞠る。ブラウンに向けていた視線をゆっくりと新兵達の方へ向けたロイは、ブラッドレイを真っ直ぐに見つめるハボックの姿にグッと手を握り締めた。


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