| セレスタの涙、オニキスの誓い 第百十章 |
| 列車の揺れに身を任せてブラッドレイはゆったりと座席に背を預ける。閉じていた隻眼を開けて窓の外を見ると広がる青空に口の 平穏で退屈な日常。あまりにも平和すぎて心を腐らせる。周りにいるのは国を支配する男を阿る者ばかりで、ブラッドレイはいい加減己を取り巻く環境に飽き飽きしていた。そんな中ブラッドレイを世界を破壊する凶行に走らせなかったのはロイからの申し出があったからだ。時間をくれればいつかその魂が膿むほどの退屈を晴らしてやると言う青年に、ブラッドレイはそれならばと時間を与えてやった。一度はブラッドレイが壊したロイの大切な存在を立ち直らせ、二人がブラッドレイに向かってくるだけの力を蓄える時間をくれてやったのだが。 「時間切れだ、マスタング。もう十分時間は与えてやった」 これ以上待たされたら退屈すぎて腐ってしまう。それになによりそろそろ“彼”にもう一度会ってみたかった。 「どうしている?ハボック少尉。君もそろそろ遊びたくなったろう?」 ロイを護りたいというハボックの想いにつけ込んでその体を奪った。何も知らなかったハボックに男に抱かれる快感を骨の髄まで教え込んだのはブラッドレイだ。今またその忘れたくとも忘れることが出来ないであろう記憶を揺さぶってやれば二人はどうするのだろう。 「ふふふ、会うのが楽しみだ」 久しぶりにゾクゾクとした期待を胸に、ブラッドレイはイーストシティに向かう列車の窓から空を見上げていたのだった。 「遅くなってすまなかった」 闘技場の扉が開くと同時にブラウンが足早に中へと入ってくる。体を動かしたり組み手をしたりとそれぞれに訓練を始めていた新兵達が整列したところで、ブラウンは一同を見回して言った。 「今日の訓練には急遽特別ゲストが参加する事になった」 そう言えば、新兵達の間に騒めきが広がる。「誰が?」と問いかけてくる幾つもの視線には答えず、ブラウンは続けた。 「訓練の開始時間を一時間遅らせる。体を冷やさんようにしておけ」 以上、と言いおいて、ブラウンは入口に足を向ける。途中ハボックの横を通り過ぎる時チラリと送られた目配せに、ハボックは僅かに目を見開いた。それでも何も言わず、ブラウンが闘技場を出て少ししてから後を追おうと扉に向かう。 「ハボック?」 「ちょっと忘れ物」 どうしたと尋ねるリンチにそう返して、ハボックは闘技場を出ると足早にブラウンの執務室へ向かった。 「ハボックです」 コンコンとノックしてハボックはブラウンの執務室に入る。中に入って扉を閉めると、窓辺に佇むブラウンを見た。 「中佐、オレに何かご用ですか?」 ブラウンの纏う、どこか苛立ちを含む気配にハボックは戸惑いながら尋ねる。そうすればブラウンが窓の外へと向けていた視線をハボックへ向けて口を開いた。 「実は先ほど、大総統がこちらに向かっているという連絡を受けた。もう間もなくイーストシティの駅に着くだろう」 「────え?」 全く想像だにしていなかった言葉にハボックが目を見開く。凍り付いたように目を見開いたまま見つめてくるハボックに、ブラウンが言った。 「大総統は新兵の訓練に参加するつもりだ。出来ればお前は外してやりたいと思う。マスタング大佐が駅に出迎えに行って暫くは足止めしてくれている。その間にお前は────」 「待って!待って下さい」 言いかけたブラウンの言葉をハボックが遮る。なんだと見つめてくるブラウンを見つめ返してハボックは言った。 「訓練にはオレも参加します」 「ハボック?!いや、だが、大総統が訓練に参加したいと言ってきたのは明らかにお前に揺さぶりをかけるためだ。マスタング大佐は今はまだ大総統と関わるべきじゃないと判断したし、私も同じ考えだ。だからお前は何かしら理由を付けて訓練から外れろ。多少詮索してくる者もいるだろうが、この際仕方ない」 そう言うブラウンをハボックはじっと見つめる。「判ったな」と念押ししてくるブラウンに、ハボックはきっぱりと言った。 「訓練からは外れないっス」 「ハボック?!」 「普段通り訓練に参加します」 「ハボック!」 きっぱりと言って見つめてくる空色をブラウンは睨むように見つめ返す。 「ハボック少尉、ブラッドレイ大総統がイーストシティに滞在中、訓練から外れるように。これはマスタング大佐の判断であり上官命令だ」 「受け入れられません、サー」 上官命令だと告げられても頑固として首を縦に振らないハボックに、ブラウンはバンッと壁を叩いた。そんなブラウンを見つめてハボックが言う。 「今逃げたら、多分二度と大総統に向かえません。将来オレが大佐の背中を護って上に上がる為にも、今逃げたらダメなんス」 「ハボック」 「大佐や中佐がオレの事気遣ってくれるのは感謝してます。そうせざるを得ないくらいオレがだらしなかったのは確かですし。でも!────今度だけは絶対に逃げません、オレ」 言って見つめてくる空色に宿る意志の光にブラウンは息を飲む。目を閉じ大きく息を吐き出して言った。 「――判った。好きにしろ。私はお前を信じる」 「ッ、ありがとうございます、サー!」 ブラウンの言葉にハボックはホッと息を吐く。敬礼して出ていくハボックの背を見送って、ブラウンはグッと手を握り締めた。 |
| → 第百十一章 第百九章 ← |