| セレスタの涙、オニキスの誓い 第百八章 |
| 「よし、そこまで!十五分の休憩だ!」 闘技場に響くブラウンの声に、新兵達がホッと息をつく。ハボックが汗を拭い水分を補給していると背後から呼びかける声がした。 「ハボック」 「リンチ」 振り向けばリンチが手を挙げて近づいてくる。流れる汗を首にかけたタオルで拭いながらリンチが言った。 「調子いいみたいだな」 「うん、とっても」 リンチの言葉にハボックは笑って頷く。手にしたボトルの水を一口飲んで、ハボックは言った。 「この間はありがとう。ちゃんと礼を言わなきゃって思ってたんだけど、なんか言い出しづらくて」 ごめん、と首を竦めて苦笑するハボックをリンチは見つめる。憑き物が落ちたように晴れやかな笑みを浮かべるハボックの表情を見て、リンチは言った。 「いいさ、お前の顔見ればもう大丈夫だって判るし」 「リンチ」 そう言うリンチをハボックはじっと見つめる。ツイと視線を落として言った。 「話をね、したんだ。色々あって、何もかも上手くいかなくて、気持ちばっかり焦ってた。大佐の背中守ることだけがオレの望みだったから、追いつけなかったらどうしようって。でも、もう大丈夫。もう迷わないで歩いていける」 「ハボック」 「ありがとう。あの時止めてくれなかったらもっと酷いことになってた」 言って笑うハボックにリンチも笑い返す。ハボックの金髪をクシャリと掻き混ぜて言った。 「もう大丈夫なら今度俺に射撃を指南してくれ。どうも納得いかなくてさ」 「いいよ、オレに出来ることなら」 「じゃあ、今度居残りで頼むわ」 リンチの言葉にハボックが頷いた時、訓練再開を告げる声が聞こえる。 「とりあえずはこっちだな」 「うん、頑張ろう」 お互いに頷きあって、リンチとハボックは仲間達と共に訓練を再開した。 「ただいま戻りました」 「おかえり、ハボック」 玄関が開く音がしてハボックの声がする。ロイがキッチンで肉をたれにつけ込んでいれば、バタバタと走る音がしてハボックが顔を出した。 「すんません、大佐。晩飯の支度やらせてしまって」 「構わんよ。たれにつけて焼くだけだからな」 ロイはそう答えて、皿に乗せた肉をオーブンに突っ込んだ。 「後は焼けるのを待つだけだ」 「じゃあ、オレ、ジャガイモでも炒めます」 ハボックはそう言うとジャガイモとタマネギをオリーブオイルで炒めて塩胡椒で味付けする。その間にロイは焼けた肉を乗せるための皿にレタスを敷き、ざく切りにしたトマトで簡単にスープを作った。 「肉、焼けたぞ」 「テーブル、用意出来たっスよ」 できあがった皿をダイニングへと運んでハボックが言う。最後に温めたパンを運んでテーブルにつくと、二人は「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。 「今日はね、市街地での射撃戦を想定しての訓練だったんスよ」 「ほう?」 食事を始めて少しするとハボックが今日の訓練の話をする。ロイに話をすることで己の弱点を見直し、次の訓練へ繋げるように準備を整えるのがここ最近のハボックの常だったが、今日は珍しく少し自慢げに言った。 「満点だったんス、オレ。減点なかったのオレだけで、ブラウン中佐に褒められちゃいました」 「そうか、大したものだな」 よくやったなと褒められて、ハボックは嬉しそうに目尻を染める。昼間ブラウンに褒められた何倍も嬉しくて、漸くここまで戻ることが出来た喜びに顔を輝かせるハボックに、ロイは胸が熱くなるのを感じた。 「もうすぐ訓練期間も終わり、だな」 「────はい」 ロイの言葉にハボックは頷く。随分と遠回りをしたがそれでも漸く最初に望んだ通りロイの背中を護れるのだと思えば、残りの訓練期間も精一杯やり遂げてロイの側に立ちたいと思うハボックだった。 ガチャリと扉が開いて入ってくる男を、秘書官の女性が頭を下げて迎える。執務室へ入る背を追って中に入ると、秘書官は尋ねた。 「何かお飲物をお持ちしましょうか、閣下」 「いらん。会議の席で散々飲まされた」 うんざりと言ってブラッドレイはドサリと椅子に腰を下ろす。ファイルを手に不在の間の報告事項を口にする秘書官を、椅子に背を預けてブラッドレイは見つめた。 「────以上です」 「他に何か変わったことは?」 「特にはございません」 鋭い視線に僅かに頬を上気させて秘書官の女性は答える。ブラッドレイは手を振って秘書官を退室させると、椅子の背に頭を預けて窓の外の空を見上げた。 「つまらん」 あの秘書官を抱くのも飽きた。日々は平穏で退屈で、ブラッドレイの心を腐らせる。 「待ち飽きたぞ、マスタング」 己の退屈を紛らわせてやると、かつてそう告げた黒曜石を思い出してブラッドレイは目を細めた。 「退屈すぎて死にそうだ。まだ来られないと言うならこちらから出向いてやろう」 そ う言う唇に薄く笑みを刷いて、ブラッドレイはゆっくりと立ち上がると執務室を出ていった。 |
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