| セレスタの涙、オニキスの誓い 第百六章 |
| 手当たり次第に店を覗き、必死にハボックを探してロイはすっかりと暮れた街を走り回る。ここにもいなかったと、ロイはやけに重く感じられる店の扉を押し開いて外に出た。 「ハボック……ッ、どこだ、どこにいるんだッ?!」 今こうしている瞬間にもハボックの身に何かとんでもない事が起きているのではと気が気でない。膨らんでいく不安に闇雲に叫び出しそうになった時。 「待てよ、ハボック!」 聞こえた声にロイはハッとして振り向く。そうすれば肌の浅黒い男がハボックの手首を掴んでいる光景が目に飛び込んできて、ロイは二人に駆け寄りながら大声を上げた。 「貴様ッ、なにをしているッ?!」 ロイの声にハボックの手首を掴んでいた男が振り向く。驚いたように目を見開く男に近づいて、ロイは手首を掴む男の腕を乱暴に掴んだ。 「貴様、ハボックになにを────」 「マスタング大佐?」 言いかけた言葉を遮るように男が驚きの声を上げる。どうやら相手が軍人だと気づいて、ロイは男を間近から睨んだ。 「ハボックになにをする気だッ?事と次第によっては赦さんぞ」 「ッ?俺は別になにもしちゃいないです」 「今からする気だったのではないのかッ?よくもハボックに……ッ」 この男もまた、ハボックを辱め貶めようとしているのかとロイは怒りに震える声で言う。ここが往来であることも忘れ、怒りに任せて目の前の男を燃やしてやろうかと思った時、ハボックが二人の間に割って入った。 「違うっス、大佐!リンチはなにもしてないっス!むしろオレを────」 リンチを庇って言いかけたものの、ハボックは言葉に詰まってしまう。その様がかえって男への疑惑を燃え上がらせて、ロイは目を吊り上げて男を睨んだ。 「貴様、所属と名は?!事と次第によってはただではおかん」 黒曜石の瞳をギラギラと怒りに燃え上がらせて睨んでくるロイに男が息を飲む。それでも男はグッと唇を噛んでロイを見返した。 「ブラウン中隊所属リンチ少尉であります!」 リンチは言って敬礼したが、手を下ろして続けた。 「今はプライベートタイムなので無礼を承知で言わせて頂きます。貴方とハボックがどういう付き合いなのか知りませんが、俺につっかかる前に貴方自身がしっかりなさったらどうです?コイツが何をしようとしてたのか、アンタ知ってるんですかッ?!」 「リンチ、やめてッ!」 何か言おうとするリンチの腕を引いてハボックが押し留めようとする。だが、リンチはハボックの手を振り払って続けた。 「コイツは、俺の友人に事もあろうにセックスしようって持ちかけたんだ!バーの個室で!大勢相手に!自分を抱けってッ!」 「……ッ?!」 告げられた言葉に息を飲むロイにリンチは言う。 「酒入ってたし、つい手ェ出しちまった奴らに撫で回されてキスされて……コイツ、恐怖に体強張ばらせて泣きながら何度も上げそうになった悲鳴飲み込んで……どうしてハボックがそんな事しようとしたのか知りませんけど、俺にどうこう言う前にアンタがしっかりしたらどうなんスかッ?!」 「リンチ、やめてッ、お願い……ッッ!!」 言い募るリンチの背にハボックがすがりついて叫ぶ。やめてくれとゆるゆると首を振るハボックを振り向いてリンチは言った。 「お前もッ!お前にそんなことさせるような奴、見限っちまえッ!」 「大佐は関係ないよッ、オレはただ本当にヤりたかっただけで────」 「そうかよ、だったら」 傷ついて、泣き出しそうな顔でいい続けるハボックを、リンチは低く言ってグイと引き寄せる。金色の髪を鷲掴んで口づけようとすれば、反射的にハボックが声にならない悲鳴を上げてリンチを押し返し、それと同時にロイの手がリンチの肩を掴んで引き剥がそうとした。 「やだッ」 「貴様ッ」 重なって響いた声と、前後から加わる力にリンチはため息を漏らす。空色の瞳を見つめてリンチは言った。 「なにがあったか知らねぇけど、自分を粗末にすんじゃねぇよ。自分を大事に出来ない奴はなにも護れない。それを忘れんな、ハボック」 「──ッ!」 その言葉に大きく目を見開くハボックの頭をクシャリと掻き混ぜたリンチは、その手で肩を掴むロイの手を振り払う。苛烈な光を湛える黒曜石を怯む事なく見返して、リンチはロイに言った。 「アンタ達の間になにがあったかなんて知らないし、知りたくもない。でも、ハボックにあんな事させないで下さい。コイツが必死になって訓練に励むのはアンタの為でしょうけど、その努力をふいにさせるような、そんなことさせんじゃねぇッ!!」 「────」 怒りにビリビリと空気を震わせて怒鳴るリンチをロイは呆然と見つめる。リンチは目を瞑って大きく息を吸って吐くと、目を開けてロイを見た。 「失礼しました、サー。プライベートタイムとは言え出過ぎた事を申しました。処分するというならして頂いて構いません。ですが、自分は間違った事は言っていないと思っています」 リンチはきっぱりとそう言ってピッと敬礼をしてみせる。 「失礼します、サー」 そう言ってリンチは二人に背を向けると足早に歩き去った。雑踏の中に消えていくリンチの背を言葉もなく見送ったロイだったが、ハボックに向き直ると同じようにリンチを見送っているハボックの横顔を見る。ロイの視線に気づいて振り向くハボックを見つめて、ロイは言った。 「帰るぞ」 「大佐」 「来い」 泣き出しそうに見つめてくるハボックの手を掴むと、ロイはハボックの手を引いて家に向かって歩いていった。 |
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