| my sweet assassin 第九章 |
| 「今度は前回のようなことのないように、各部署としっかり連絡を取ってちょうだい」 そう言うホークアイに敬礼を返してブレダ達が司令室を出て行く。後に残ったハボックは会場の見取り図を見ながら言った。 「ここの警備はどうなってるんスか?ほら、ここの」 「ああ、そこなら」 ハボックの太い指が指差す場所を見てホークアイが答える。額をつき合わせて警備の最終確認をする二人を見ながらロイが言った。 「別にそこまで綿密に警備体制を整える必要などないんじゃないか?式典は精々1時間かそこいらだし、必ずしも何か起こるとは限らないだろう?」 うんざり表情でロイが言えば、途端に2対の瞳が睨んでくる。その勢いに思わず身を引いたロイは目を吊り上げて迫ってくるホークアイをたじたじと見つめた。 「何か起こるとは限らないですって、大佐。いい加減にしてください。この間から一体どれだけ危険な目に会っていると思っているんですか。念には念を入れて警備をしなくてどうすると言うんです?」 ホークアイの迫力があれば暗殺者など尻尾をまいて逃げ出すのではないかと思ったが、懸命にもそう口には出さずロイは引きつった笑みを浮かべる。ロイがまあまあと宥めるように手を振れば益々眉間の皺を深めるホークアイにハボックが言った。 「まあ、いざとなったらオレが傍についてますから。不届き者には指一本触れさせないっスよ」 そう言い切るハボックにホークアイは苦笑する。自らを落ち着かせるように額に落ちかかった髪を撫で付けると言った。 「ええ、頼りにしてるわ」 「任せてください」 ハボックは答えて薄く笑うとロイの髪をくしゃりとかき混ぜる。 「聞いてましたね?勝手な行動取っちゃダメッすから、いいっスね」 子供相手に言うようなハボックの口ぶりにロイはムゥと唇を尖らせた。それでもじっと見つめてくる二人に根負けして肩を竦めると判った、と答える。そんなロイにハボックとホークアイは顔を見合わせると小さく笑ったのだった。 「まだマスタングはのうのうと暮らしているようじゃないか」 不満そうにそう言う相手にマイアーは額の汗を拭う。それから薄っすらと笑みを浮かべると言った。 「今、手はずを整えているところです。あと少しで邪魔なマスタングをこの世から消し去る事が出来るでしょう」 そう言えば腰掛けた相手は神経質に椅子の袖を叩く。それでも今はそれ以上どうする事も出来ないことを察して立ち上がった。 「とにかく一刻も早く片をつけるんだ。今ならまだこちらに疑惑の目は向いていないからな」 「承知しております」 マイアーが頭を軽く下げれば相手は鷹揚に手を振って部屋を出て行く。バタンと閉まる扉をマイアーは昏い瞳で見つめていた。 ロイはソファーの上にだらしなく寝そべるとクッションを抱き締める。肌触りのよいそれに顔を埋めるようにして懐いているロイをハボックは見つめて小さく笑った。 「アンタって司令部にいるときと家じゃ随分雰囲気違うっスね」 両手にコーヒーのカップを持ったハボックはミルクと砂糖がたっぷり入った方をロイの前に置きながら言う。ロイの向かいに腰掛けると、ロイのとは対照的にミルクも砂糖も入っていないそれに口をつけた。 「司令部じゃ全身毛を逆立てて警戒し捲くってるのに家に入るとまるで自堕落な猫みたいで」 面白そうに言うハボックをチラリと見るとロイはソファーに寝そべったままカップに手を伸ばす。零さないよう器用にひと口飲むと言った。 「家に帰ってまで緊張してたら参ってしまうだろう?」 「他人のオレがいるのに」 ハボックはそう言うとカップを置いて立ち上がる。寝そべるロイの傍に歩み寄るとロイを見下ろした。 「オレがもしかしたら悪いヤツらと結託してたりしたらどうするんスか?」 「お前の身元はブレダ少尉が保証してくれただろう?」 「ブレダが知ってんのは昔のオレでしょ?会わない間に変わっちまったかも知れないじゃないっスか」 そんな風に言うハボックをロイはじっと見上げる。その綺麗な空色の瞳を見つめて言った。 「私はこれでも人を見る目はあるつもりだが。私にはお前が私に害意を抱いているとは思えない」 そう言って見つめてくる黒曜石の瞳にハボックは僅かに目を瞠る。それからクスクスと笑うとロイの傍に跪いた。 「ずるいっスねぇ、アンタ」 「そうか?私はただ思ったままを言っただけだ」 意外そうに言うロイの手からハボックはカップを取り上げる。その滑らかな頬に手を添えるとロイの瞳を覗き込んだ。 「ねぇ、アンタが好きっスよ」 「前にも言ってたな」 「まだその気にならない?」 「何がだ?」 平然と答えるロイにハボックは苦笑すると唇の際にチュッとキスをする。じっと見つめてくる黒曜石にそっと触れて、ハボックは立ち上がった。 「さ、今日はもう休んだ方がいいっスよ」 その言葉にロイはソファーの上でうーんと伸びをする。手を差し出せば伸ばされるハボックの手を取ると引かれるままに起き上がった。 「おやすみ、ハボック」 「おやすみなさい、大佐」 そう言って頬に口付けるハボックに薄く笑い返すとロイはリビングを出て行った。 「ああ、もう。面倒くさい」 礼服の袖に腕を通しながらロイが呟く。同じように礼服の上着を羽織ながらハボックが苦笑した。 「いい加減諦めたらどうっスか?諦めて楽しむ事を考えたらずっと楽になると思うんスけどね」 「楽しむ?どうやって楽しむと言うんだ。楽しむ方法があるなら教えてくれ」 そう言って唇を尖らせるとロイは髪を撫で付ける。珍しく額を出したロイを面白そうに見つめてハボックは言った。 「そういう髪型にすると少しは年齢が上がって見えるもんスね」 「どういう意味だ、それは」 ギロリと睨んでくる黒い瞳をものともせず、ハボックがへらりと笑う。 「いや、カワイイなぁと」 「燃やすぞ」 そう言って手袋を嵌めるロイにハボックは肩を竦めた。そのまま二人は部屋を出ると会場へと向かったのだった。 「寝そうだ」 「もう少しっスから頑張って下さい」 式場のひな壇の上でにこやかに微笑みながらそんな事を言うロイに斜め後ろに控えたハボックが言う。ロイは欠伸をかみ殺しながらその位置からでは見えないハボックを見上げるように斜めに視線を上げると言った。 「今度からサングラスをかけてくる事にしよう。そうすれば寝ていても気付かれない」 「…子供みたいな事、言わんで下さい」 ため息混じりに言うハボックにロイは僅かに頬を膨らませると座りなおす。ハボックの言うとおり式典はそろそろ終わりに差し掛かっており、後は締めの挨拶が残されている程度だった。 何とか眠らずに挨拶まで聞き終えると、ロイは席から立つ。ハボックを引き連れてひな壇から降りると控え室に当てられていた部屋へと向かった。 「結局何事もなかったな」 「まだ終わってないっスよ」 やれやれとため息をつくロイにハボックは言う。先に立って控え室の扉を開けて中の様子を確かめるとロイを通した。 「司令部に帰るまでは気を抜いちゃダメだって中尉にしつこく言われたでしょ」 そう言うハボックにロイは肩を竦める。ハボックは備え付けのコーヒーをセットしながら言った。 「車の用意が出来たら戻りますから、少し待っていて下さい」 「ああ」 そうロイが頷いたとき、部屋の扉がノックされる。ハボックより扉に近い位置にいたロイが何気なく立ち上がって扉に近づくのをハボックはギョッとして見ると慌てて声を上げた。 「大佐っ、アンタが出ないで!」 「えっ?」 ハボックがそう怒鳴った時にはロイの手がノブにかかり扉が開くところだった。ハボックはその場から飛び掛るようにしてロイを押し倒すと床に転がる。バスッと消音銃から発射された弾丸が床を抉り、撃った相手は目を瞠ってハボックを見た。 「お前…ッ」 「ハボックっ」 男とロイの声が飛び交う中、ハボックはロイを庇うように床に押さえ込むと腰の銃を引き抜き狙いを定める。そのまま一言も発することなしに引き金を引けば、眉間を打ち抜かれた男はゆっくりと倒れていった。 「な…んで」 信じられないと言うように目を見開いたまま動かなくなった男を見下ろしてハボックは銃を収める。床に倒れたまま、ハボックを見上げるロイに手を差し出した。 「大丈夫っスか?」 銃声に驚いた人々がバタバタと駆け寄ってくる足音を聞きながら、ロイはガラスの煌めきを湛える瞳を半ば呆然と見つめていたのだった。 |
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