my sweet assassin  第十章
 
 
「ホント、お前が護衛官になってて良かったと思うわ、俺」
ブレダがプカリと煙草の煙を吐き出しながらそう言う。向かいの席で同じように煙草を吸っていたハボックは肩を竦めると答えた。
「別に誰がやったって護衛官なら同じ事しただろ」
そう言うハボックをブレダはじっと見つめる。同じことをしたかもしれないが結果がついてきたかどうかという事に関しては微妙なところだ。ブレダは士官学校の時からちっとも腕の落ちていない友人を感心したように見ながら言った。
「なあ、お前。正式に軍に入れば?俺でも勿体無いと思うぜ」
そう言われてハボックは椅子の背に身を預けながら吐き出した煙の行方を目で追う。
「軍ねぇ…」
まるで気がないように呟くハボックにブレダは身を乗り出すと言った。
「そうだよ、マジで入れって、ハボ。あの大佐がお前が来てからサボんないで仕事するようになったし、俺達も仕事に集中できるってもんだし」
「でも、軍に入ったってここに配属になるとは限らないじゃん」
「そんなの、絶対大佐が他所にやりゃしねえって。だから入っちまえ、な?」
心配無用とそう言ってのける友人をハボックは目を細めて見つめる。ブレダが尚も言い募ろうとした時、執務室の扉が開いてホークアイが顔を出した。
「ちょっといいかしら」
「はい」
呼ばれてハボックは立ち上がると執務室へと入っていく。どうも散々にお小言を食らったらしいロイは幾分やつれた表情でハボックを見た。
「さっきはよくやってくれた」
そう言われてハボックはピシリと背を伸ばして立つ。敬礼を返すハボックをロイは組んだ両手の上に顎を載せて見つめた。
「生きて捕らえられなかったのは残念だったがな」
「アンタがいきなりドアを開けるようなアホをしなきゃ捕まえられてたかもしれませんけどね」
ハボックがそう答えれば、散々にホークアイからも言われたのだろう、ロイは口をへの字に曲げる。その子供っぽい表情にハボックがくすりと笑えば途端に睨まれた。
「心当たりは?」
「残念ながら」
聞かれてハボックは肩を竦める。ロイはそんなハボックをじっと見つめて尋ねた。
「よく扉を開ける前に気がついたな。気付いてなければあんな反応は出来なかったろう?」
ロイは扉を開けた瞬間にはハボックに引き倒されていた事を思い出してそう言う。ハボックは見つめてくる黒い瞳を見返すと答えた。
「足音も立てないでやってくるなんてろくでもないヤツに決まってるでしょ。やましい事をしようと思ってるからこそこそするんスよ」
そう言われてロイはノックの前に足音がしたかどうか思い起こそうとしたが、流石にそこまでは記憶にない。仕方なしにそれ以上
追求するのはやめてホークアイに視線を向けた。
「リストを当たってくれ。何か判るかもしれない」
「了解しました」
答えてホークアイはロイの机の上からファイルを取り上げると言う。
「敵もだんだんなりふり構わなくなってきているようです。今まで以上に身辺には気を配ってください」
「ああ、判ってるよ、中尉」
「貴方もお願いね」
「アイ、マァム」
ホークアイはロイとハボックの両方にそう言うとファイルを手に執務室を出て行った。ロイはパタンと扉が閉まるとあからさまに大きなため息をつく。その様子にハボックが笑えばロイがうんざりと言った。
「私が気に入らないならこそこそと狙ってこないで正面から来ればいいんだ。いくらでも相手してやるのに」
「まともに相手されたら敵わないからコソコソ狙ってくるんでしょ」
半ば呆れてそう言うとハボックはグイと身を乗り出す。ロイの目をじっと見つめると聞いた。
「それよりアンタこそ心当たりないんスか?何度も命狙ってくる相手っスよ?よっぽどの事したんじゃないの?」
そんなハボックの物言いにロイは思い切り顔を顰める。
「なんだ、まるで私が悪いことをしたような言い方じゃないか」
「別にそういうつもりはないっスけど、でもあっちはアンタのこと殺したいほど嫌ってんでしょ?」
「どうしてこんな事を言われなきゃならんのだという類のことは山ほどあるんだ」
「ああ、逆恨みってヤツ」
ハボックはそう言ってからロイの顔をしげしげと見た。
「逆恨みで命まで狙われるなんて、よくよく考えればお気の毒っスね、アンタ」
「お気の毒で殺されてたまるか」
ロイはムゥと頬を膨らませて呻く。ハボックはそんなロイの髪の毛をくしゃりとかき混ぜると言った。
「まあ、オレがそんなことさせませんから。今日はアンタの好きなもん作ってあげますから機嫌直して、ね?」
「ティラミスが食べたい。フルーツの入ったヤツ」
途端に目を輝かせたロイがそう答えればハボックが思い切り顔を顰める。
「そこでデザートを言いますかね。普通食事のリクエストするもんじゃないっスか?」
「ダメなのか?」
がっかりとした声でそう言うロイにハボックは苦笑した。それからもう一度ロイの髪をかき混ぜて言う。
「いや、アンタが食べたいって言うなら何でも作りますよ。その代わり、作る時間のこと考えたら残業はナシでお願いしますね」
そう言うハボックの言葉にロイは嬉しそうに笑った。

『一体どういうことだっ?手を貸すどころか邪魔をしてどうするッ!』
噛み付くように怒鳴る声に男は受話器を耳から遠ざける。ぎゃあぎゃあと喚きたてる声を暫く黙って聞いていたが、息を吸い込むと送話口を唇に寄せた。
「うるせぇよ、あんた」
ドスの利いた声に喚いていた相手がピタリと口を閉ざす。静かになった受話器に向かって男は言葉を続けた。
「アイツはオレまで一緒に殺そうとしたんだぞ、当然の報いだ」
そう言う男に電話の相手が息を飲む気配がする。男はちょっとの間口を噤んだが低い声で聞いた。
「随分焦ってるな、何故だ?」
『貴様には関係のないことだっ』
相手は声を張り上げてそう言うと『また連絡する』と言って一方的に電話を切ってしまう。切れる寸前に『時間がない』だかなんだか呟くように言う声が聞こえて、男は眉を寄せた。
「時間がない?どういう意味だ?」
そう言って男は受話器を置くと、考え込むように手を口元に寄せた。

満足そうなため息をついてスプーンを置くロイを優しい眼差しで見つめてハボックは言う。
「満足?」
そう尋ねればロイが皿に手を伸ばす。表面についたティラミスの残りを指で掬って舐めるロイにハボックは呆れた顔をした。
「子供みたいな事を」
「だって勿体無いじゃないか」
放っておけば指で掬うだけでは飽き足らず、舐めてしまいそうな勢いのロイにハボックはロイの前からひょいと皿を取り上げてしまう。
「あっ」
目を丸くしてそう声を上げるとムゥと頬を膨らませるロイの様子にハボックはプッと噴き出した。
「アンタってホント外とのギャップが激しいっスね」
クスクスと笑うと皿を手にキッチンへと入っていく。
「おかわりありますけど?」
「…もらう」
不貞腐れたような声にハボックはクックッと笑いながらおかわりのティラミスを盛り付けた。それを手にダイニングに戻れば期待に目を輝かせてスプーンを手に待っているロイの姿が目に入って、ハボックは笑みを深める。コトリと皿を差し出すと早速食べ始めるロイを見つめながら言った。
「まあね、それだけ嬉しそうに食べてもらえると作り甲斐がありますよ」
ハボックはそう言ってロイを見つめていたが、くすりと笑って言う。
「大佐、ほっぺ、ついてる」
そう言って指を指すハボックにロイは手の甲で頬をこすった。
「取れたか?」
「まだ」
「どこだ?」
猫のように甲で頬を撫でるロイの姿にハボックは笑って身を乗り出す。
「ここ」
そう言ってペロリと頬を舐めればロイが真っ赤になって身を引いた。
「なっ…ッ?!くっ、口で言えっ、口でッ!」
「言っても判らなかったじゃないっスか」
にっこりと笑って言うハボックから目を逸らすと、ロイは自棄のようにガツガツとティラミスを口にしたのだった。
 
 
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