my sweet assassin  第十一章
 
 
「どうぞ」
顔を顰めてなにやら書類を捲るロイの前にハボックはカフェオレのカップを置く。目を向けもせずカップを手に取ると口を付けたロイはその優しい甘さに目を丸くした。
「甘い…」
「疲れてんでしょ?あまり根つめちゃダメっスよ」
そう言う声に視線を上げれば空色の瞳が優しく見下ろしている。ロイは目尻を染めると視線を無理矢理書類へと戻した。
「何の資料です?」
「この間の橋梁工事の資料」
「橋梁工事?なんでまたそんなもの」
不思議そうに聞くハボックにロイは資料を机の上に放り出すと椅子の背に体を預けて腕を組む。
「不正が行われてる」
「不正?」
「まだ確かな証拠があるわけじゃないから大きな声じゃ言えないがな。軍の中と議員の中にも何人か。今度選挙があるだろう?出来ればその前にとっ捕まえたいんだが」
流石に証拠がないと動けない、と言うロイにハボックは目を細めた。
「それ、大々的に調べてるんスか?」
「いや、そもそもこれは私が調べる類の案件じゃないからな。たまたま他の件で耳に挟んだんで情報部に流しておいた。丁度他に抱えてる事件もないんで暇つぶし」
「暇つぶしって、アンタね。自分に関係ない事にまで首突っ込むもんじゃないっスよ」
「何故だ?別に全く関係ないことじゃないだろう?軍の関係者が関与してるんだし。そもそも情報を掴んだのは私なんだ。気になるのは不思議な事じゃないと思うが」
不思議そうに言うロイにハボックは顔を顰める。
「ホントに暇なんスね、アンタ…」
忙しい時なら自分じゃ手を出したがるような話じゃない、ハボックがそう思った時、ロイが綺麗に笑った。
「人の金に手をつけてのうのうとしてるようなヤツ、見つけて炙りだしてやるのは楽しいと思わないか?」
「うっわー。まるでネコがネズミ嬲るみたいな言い方っ」
「なんだ、その嫌そうないい方は」
「そんなこと他所で言っちゃダメっスよ。無駄に怨み買うでしょ」
「下らんな」
ハボックの言葉にロイは肩を竦める。ハボックはズイと身を乗り出してロイの腕を掴むとその顔を覗き込んだ。
「あのね、そうでなくてもアンタ敵が多いんスから、余計な敵増やすような事すんの、やめてくださいよ。こんな話、他のヤツに任せて置けばいいでしょ。ちゃんとそういうのを調べる担当ってのがいるんだから」
そう一気に捲くし立てるハボックをロイは意外なものを見るように見つめる。小首を傾げると言った。
「意外だな。お前はこういう不正とかそういうの、一番に文句を言うヤツかと思ったが」
「時と場合に寄ります。言ってアンタに敵が増えるっていうなら言いません」
ハボックはそう言うとため息をつく。体を起こして煙草を取り出すと火をつけた。
「アンタってそうやって不用意に敵を増やしてるんスね。不器用っつうかなんていうか…」
「不器用とはなんだ。そんなこと言われたことないぞ」
「じゃあ回りはみんな目が節穴なんスよ。アンタみたいに不器用な人、見た事ないっス」
「失礼なヤツだなっ」
ロイはそう言うと机の上の資料を手に取る。ハボックは手を伸ばすとロイから資料を取り上げた。
「あっ」
「首突っ込むなって言ったでしょ。中尉は知ってるんスか、このこと」
ハボックがそう言えばロイは黙り込んでそっぽを向く。ハボックは目を細めるとロイをじっと見つめた。
「知らないんスね」
ハボックがそう言えばロイはワザとらしく机の引き出しを開け閉めしたりする。ちらりとハボックを見れば不機嫌な空色の瞳が睨んでいるのが目に入ってロイは唇を尖らせるとハボックを睨んだ。
「ああ、もう…っ、判った!余計な事には首を突っ込まない!約束する!…これでいいんだろうっ?」
ロイはそう言うとハボックの手から資料を取り返そうとする。ハボックはヒョイとロイの手をかわすとライターを取り出した。
「アンタのことは信じてますけどね」
そう言うなりライターをつけると資料の端に近づける。そうすれば火はあっという間に資料に燃え移りメラメラと燃え上がった。
「ああっ?何するんだっ!」
「用心。アンタほっとくと無茶ばっかするんスもん」
「な…ッ」
「否定できます?」
ズイと顔を近づけられてロイはウッと言葉に詰まる。ハボックは半分ほど燃えた資料をゴミ箱に放り込むとほぼ燃え尽きたのを確認した上でカップに残っていたカフェオレをかけた。
「私のカフェオレっ」
「新しく淹れなおしてあげます」
「熱いのは飲めない。やっと飲み頃になったのに」
そんな事を言うロイの顔をハボックは呆れたように見つめる。ため息をひとつつくと言った。
「人肌に冷ましてお持ちしますよ」
赤ん坊のミルクじゃあるまいし、とブツブツ言いながらハボックは執務室を出て行った。

ハボックが執務室を出て扉が閉まるとロイは思い切り舌を突き出す。机の上に肘をついた手のひらの上に顎を載せたロイは不機嫌そうに眉を顰めた。
「まったくアイツは私の事をなんだと思ってるんだ」
曲がりなりにも自分はアメストリス国の陸軍大佐だ。しかも「焔」のふたつ名を持つ錬金術師でもある。そんな自分がそうそう簡単に遅れを取るとは思えない。
「過信はいけない事ぐらい判っているさ」
それでも自分で自分の身くらい守れる自信はある。今までだってそうやって来たのだ。
「フン…」
ロイは軽く鼻を鳴らすと目の前の受話器を取る。内線を回して相手の女性が出るとにこやかな声で話し出した。名を告げれば俄かに緊張する相手の様子に目を細める。
「そう、あの橋梁工事の資料をもう一度貰いたいんだ……すまないね、私のミスで迷惑をかけてしまって」
相手が見ていれば絶対に顔を赤らめるであろう程の最高の笑みを浮かべてロイは話をつけると電話を切った。途端に先ほどまでの半ば不貞腐れた表情に戻ると呟く。
「私だってやるときはやるってことを判らせてやる」
誰に向かって言っているのか、ロイは腕を組んで椅子に寄りかかるとそんな事を呟いたのだった。

シャワーを浴びてリビングにくればハボックがなにやら書類を見ているところだった。
「なんだ?仕事か?」
「いえ、バーの方っス」
ハボックはそう答えると書類を袋に入れる。ロイはハボックを見上げると言った。
「大丈夫なのか、店の方は」
「平気っスよ。前にも言ったでしょ、ちゃんと営業してるって」
「それは聞いたが…」
何となくすまなそうな顔をするロイにハボックは笑う。
「そんなことよりアンタ、また髪の毛ちゃんと拭かないで出てきて。もう夜は随分涼しくなったんスから風邪引きますよ」
ハボックはそう言ってロイをソファーに座らせるとロイが首にかけていたタオルを取り丁寧に髪を拭いていった。ロイはその優しい感触に目を閉じると言う。
「なあ、いっそのこと軍に入らないか?お前だったら十分にやっていけるだろう?」
「はは…ブレダにも同じ事言われたっスよ」
「えっ?じゃあ入る気があるのかっ?」
パッと期待に目を輝かせて振り向くロイにハボックは苦笑した。
「残念ですけど考えてないっス」
ハボックの答えにロイは肩を落とすと正面に向き直る。心持ち俯いた頭をポンポンとハボックが叩けばロイの唇からため息が零れた。
「オレなんかじゃなくてもいくらも優秀な人材がいるでしょう?」
「優秀なヤツが心安い相手とは限らない」
そう呟く声にハボックは僅かに目を瞠る。後ろからロイの体を抱きしめて囁いた。
「スキっスよ、たいさ…」
その言葉にギュッと目を閉じるロイの頬にハボックはそっと口付けた。
 
 
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