| my sweet assassin 第八章 |
| 「ご無事で何よりでした」 ロイの顔を見て安堵した表情を浮かべるホークアイにロイは笑って頷く。連絡が途絶え、帰ってこないロイ達を探す為、ホークアイが寄越した部隊に助け出されて司令部に戻ったロイは、野宿の疲れも見せずに執務室の椅子に体を預けると言った。 「で?調査の結果は?」 「ブレーキに細工がされていました。単なる故障じゃありません」 その答えにロイは眉を寄せる。ハボックを見ると言った。 「現地で誰か車に近寄るのを見たか?」 「すんません、オレ、アンタについていって車からは離れちまったんで」 「そうだったな」 ロイは肩を竦めて答える。調べたところでムダだろうと結論付けるロイにホークアイが言った。 「とにかくこのまま後手後手に回っていたのでは取り返しのつかない事になりかねません」 「判っている」 ロイはため息混じりにそう言うと皆を追い出してしまう。後に残ったハボックを見上げると言った。 「改めて感謝する、ハボック。こんなことで命を落としたくはないからな」 まだ何もしていない、と呟くロイにハボックは手を伸ばす。その頬に軽く口付けると言った。 「オレが絶対守りますから。一人で出歩かんでくださいよ、いいっスね」 「結局四六時中護衛付きか」 笑ってそう言うロイをハボックは軽く睨む。そうすればロイは笑みを深くした。 「お前ならいいさ」 そう告げるロイにハボックは僅かに目を瞠る。それからロイの唇にそっと己の唇を重ねた。 『なんだよ、せっかく上手い事細工したのに、助けちまったら意味ねぇだろうが』 文句を言う電話の相手に男はギリと唇を噛み締める。 「オレも一緒に殺す気か、貴様」 『一人で逃げ出すくらい出来んだろ?」 「出来るか、馬鹿。山道猛スピードでくだる車からどうやって逃げるんだ?やれるもんならやってみろ」 男がそう言えば電話の相手がゲラゲラと笑った。 『ああ、そりゃ俺にも無理だわ』 ムッとして黙り込む男に構わず電話の相手は続ける。 『まぁ、俺としちゃあんたが死んだところで貰える報酬が増えるだけだからさ。全然構わねぇんだけど』 クツクツとひとしきり笑うと、相手は笑いを引っ込めた。カチッと音が聞こえたのは煙草に火をつけたのだろう。フゥと息を吐き出す気配がすると相手が言った。 『とにかく、あちらさんも早く始末したくて仕方がないらしいぜ、まだかまだかって煩くてよ。で、次の機会はいつになる?』 「…記念講堂の落成式だろうな」 『OK。警備の詳細なんかは簡単に手に入るんだろう?つか、あんたが作成するのか?まあ、何でもいいけど仕事しやすいようにしといてくれ』 また連絡する、と相手は言うと電話が切れる。男は暫く発信音のする受話器を握り締めていたが、やがてゆっくりとフックに戻した。 「出かけてくる」 キッチンで食事の支度をしていたハボックはそう言うロイの声にギョッとして火を止める。慌ててキッチンから飛び出すと、玄関から出る寸前のロイを引き止めた。 「ちょっと、大佐っ!どこ行くんスかっ?」 「本屋。食事が出来るまでにまだ時間がかかるんだろう?」 「待って、行くならオレも行きますから」 ハボックはそう言いながらつけていたショート丈のカフェエプロンを外す。ロイは呆れた顔で言った。 「お前がついてきたら意味がないだろう?食事の支度の間に行ってこようと思ってるんだから」 「この間オレ、一人で出歩くなって言わなかったっスか?中尉からも重々仰せつかってるんスから一人じゃ行かせられません。 それに食事の支度ならもう殆んど出来てるっスから」 絶対についてくる気のハボックにロイは肩を竦める。本屋には行きたかったのでそれ以上は何も言わずに並んで外へと出た。 もう随分と暮れるのが早くなった空はオレンジ色に染まり、その淵をだんだんと夜に侵食されつつある。ロイはそこここから聞こえる虫の声に耳を傾けるとロイは言った。 「もう夕方は秋の気配だな」 「そうっスね」 日中はまだ陽射しも強く、いつまでも夏が終わらないという印象だが日が落ちると空気は随分と涼しくなり、秋の虫が騒ぎ出す。ロイはその虫の声に野宿の事を思い出して言った。 「あそこでも随分虫が鳴いてた」 「ありゃ鳴いてたっていうより喚いてたって言うんスよ」 ハボックは蘇えった記憶に辟易したように言う。都会ですら賑やかだと思う虫の声は人里離れた山の中では本当に大合唱とも言うべき響きだった。 「でもいい声だったじゃないか」 ロイがそう言えばハボックが嫌そうな顔をする。どうした、と目で問えばハボックが言った。 「アンタね、あれ、声だけ聞いてるからイイっスけど、あれだけの虫が鳴いてる姿見たら結構気持ち悪いと思いますよ」 「なんだ、虫嫌いか?意外だな」 「嫌いってわけじゃないっスよ。でも鈴虫とかマツムシとか、結構グロイ姿じゃないっスか?あんなのが羽すり合わせるとああいう音色になるっていうのが子供心に信じられなかったっスね」 「ああ、言われてみれば確かに不思議だな」 ロイは遠い昔に見た羽根を震わせる鈴虫の姿を思い浮かべて言う。 「あれがそこいらじゅう一面にいたってことっスよ。目で見たら結構すげえと思います」 「まあな。だが、凄いじゃないか。自分の体を震わせてあんな美しい音色を立てるんだ。グロイなんて言ったら彼らに失礼だろう?」 「別に虫と仲良くしようとは思わないんでね」 ロイの言葉にハボックは首を竦める。そんな話をしているうちにだんだんと虫の声は少なくなり、代わりに人々の騒めきや賑やかな音楽が聞こえ始めた。ハボックは薄っすらと笑みを浮かべてあたりを見回す。 「同じ聞くならオレはこういう音の方がイイっスよ」 そう言ったハボックのバーでは低くジャズがかかっていた事を思い出してロイは言った。 「そう言えばお前、店の方はどうしてるんだ?」 「一応あけてますよ。人雇ってるんで。オレは顔出せませんけど」 「すまないな、本来ならこんな事を頼む相手じゃないのに」 「好きでやってることっスから。それにこんな役目、他の誰にも譲れませんよ」 そう言うハボックをロイは横目でチラリと見るとなにか言いたげに何度か口を開きかける。だが結局見えてきた本屋を指差すと「あそこだ」と言った。 「すぐ済むから」 ロイはそう言って明るい店内に入っていく。ハボックはついていくか迷ったが、殆んど人のいない店には入らず入口でロイを待った。夜の街を行き交う人々に視線を投げかけているとロイが袋を片手に店から出てくる。 「待たせたな」 「もういいんスか?」 そう尋ねると頷くロイに、二人は再び肩を並べると家への道を歩き出した。 「何買ったんスか?」 「ん?この間出た科学雑誌」 「そういやアンタって錬金術師でしたっけ。あんまりそういう感じしないっスけど」 「どういうのが錬金術師だと思ってるんだ?」 聞かれてハボックはうーんと首を捻る。 「んー、なんか暗そうな感じ?青白い顔して部屋こもって訳わかんない文献引っくり返してるって感じ」 そう言うハボックにロイはくすりと笑った。 「軍に所属してる錬金術師なんて人間兵器だぞ。そんなわけあるか」 「だったらアンタは益々そうは見えないっスね。綺麗で凛として」 そう言われてロイは足を止めるとハボックを見る。暫くじっと見つめた後、ポツリと言った。 「お前は何も知らないだけだ」 それからハボックから目を逸らして歩きだす。住宅街に差し掛かって再び聞こえ始めた虫の音を耳にすると言った。 「それ以上バカなことを考えんように虫の声でも聞いて頭をリフレッシュでもしろ」 そう言われて数歩遅れて後を歩いていたハボックは足を速めるとロイの隣に並ぶ。その顔を覗き込むようにして言った。 「どうせ聞くなら虫の鳴き声じゃなくてアンタの啼き声聞きたいんスけど」 そう言ってわざとロイの耳元でキスの音を立てれば、ロイが飛び上がって耳を押さえる。真っ赤な顔でハボックを睨んで言った。 「バカか、お前はッ!虫の音くらいじゃリフレッシュ出来んくらい爛れてるなっ、お前の脳みそはッ!!」 「ひでぇ言い草っスよ、それ」 「煩いッ、家に帰ったら耳の穴から脳みそ引き摺り出して私が洗ってやるッ!」 「あ、一緒にシャワーのお誘い?洗ってくれるんスか?じゃあ大佐はオレが洗ってあげますね」 ニヤニヤと笑いながら言うハボックをロイは手にした本で思い切り殴りつける。真っ赤な顔でドスドスと足音も荒く歩いていくロイをハボックは苦笑を浮かべて追いかけたのだった。 |
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