my sweet assassin  第五章
 
 
「彼をボディガードに?」
翌日、ハボックをひきつれて司令部にやってきたロイにホークアイが目を丸くする。
「そうだ。臨時に護衛官として雇い入れる。手続きをしてくれ」
「しかし、そんなことは――」
「ソイツの身元なら俺が保証しますし、いいんじゃないですか?大佐も懐いてるし」
ホークアイが異を唱える前にブレダがそう割って入った。鳶色の瞳が睨んでも明後日の方向を向いてそ知らぬふりを決め込む太目の少尉に一つため息をつくと言う。
「身元はともかく護衛官として役に立たなければ置く意味がないわ」
「試します?それから決めるんでもオレはいいっスよ?」
そう言って不敵な笑みを浮かべる空色の瞳をホークアイはじっと見つめた。冷徹なその鳶色の瞳を面白そうに見返すハボックをひとしきり見つめた後、ホークアイはやれやれという顔をする。
「わかりました。書類を回します。それから庶務に連絡を入れておきますから軍服を受け取って下さい。その格好で司令部をうろつかれては困りますから」
「イエス、マァム」
答えてにっこりと笑うハボックをホークアイは胡散臭げに見つめたのだった。

「まさかお前が護衛官になるなんて思ってもみなかったぜ」
ブレダは長身の友人と並んでロッカールームへと歩きながら言う。ハボックはプカリと煙草の煙を吐き出しながら答えた。
「そお?」
「そうだよ。だからこそ士官学校卒業したくせに軍人にならなかったんだろうが」
そう言って見つめた友人の顔は薄く笑みを浮かべて表情が読めない。
(昔っから肝心なところでこういうところあったよな、コイツ)
普段は人懐こくてあっけらかんとして隠し事などないようなのに、いざ肝心な時になるとその感情が読めなくなってしまう。
(悪いことを考えてるんじゃないってのは判る。でも何を考えてるのかは読めねぇな)
「なんだよ、言いたいことあるなら言えよな」
「別に。まあ、大佐のこと宜しく頼むわ」
唇を尖らせて言うハボックにブレダはそう答えると肩を竦めたのだった。

「視察っスか?」
「そうだ、一緒に来い、ハボック」
ロイはそう言うと司令部の大部屋を通り抜け扉へと向かう。与えられた席で煙草をふかしていたハボックは咥えていたそれを灰皿に押し付けると慌てて後を追った。
「似合うじゃないか」
青い軍服に長身を包んだハボックは、それまでとはガラリと雰囲気が変わってなかなかに見るものの目を引く。ハボックは新しい煙草を咥えると肩を竦めた。
「そっスか?誰が着ても似合うもんじゃないんスかね」
制服とはそういった物だろう?と聞くハボックにロイは薄っすらと笑う。
「そうでもないさ。軍服を着ているつもりで着られているというやつもいるしな。軍服を着ただけでエラくなったのだと勘違いするヤツもいるし」
「ふぅん、そんなもんっスかねぇ」
ハボックはそう答えると出口の手前でロイを押しとどめた。
「車回してきますからここで待っててください。いいですね」
そう言って駆け出す男の後姿をロイは目を細めて見送った。
そのまま言われたとおり建物の中でぼんやりと手持ち無沙汰に待っていると突然ポンと肩を叩かれる。ギョッとして振り返ればハボックがすぐそこに立っていた。
「車、用意できたっスよ」
「お前、いつ中に入ってきたんだ?」
「いつって、今っスよ。アンタ、ぼんやりしてっから気付かなかったんでしょ」
ハボックは笑いながらそう言うとロイを促す。ロイは納得いかないように眉間に皺を寄せていたが、車の扉を開けられると中へと体を滑り込ませた。運転席に回って座るとハンドルを握ってハボックが聞く。
「で、どちらへ?」
「え?ああ、まずこの間の河川の決壊現場へ行ってくれ。復旧工事の様子を見ておきたい」
「アイ、サー」
答えてハボックはアクセルを踏み込んだ。車は滑るように走り出しイーストシティの街を走り抜けていく。いつもはガタガタと揺れて乗り心地の悪い軍用車が今日は酷く滑らかに走っていく事に気付いてロイは不思議そうに言った。
「車が変わったのか?いつもはやたらと揺れて尻が痛くなるんだが」
「さあ?オレはこの車は初めてっスけど、マスタング大佐の視察に使うって言ったらこれを回してくれましたよ」
「ふぅん」
ロイは頷いて車の中を見回す。特に普段と変わった様子はなく、それでも普段よりは数倍よい乗り心地に首を捻った。
「言っちゃ悪いっスけど、運転するヤツが下手だったんじゃないっスか?車なんて女と一緒で優しく扱ってやれば乗り心地は悦いもんスよ」
サラリとそんな事を言ってのけるハボックにロイは目を細める。
「色々試してそうだな?」
低い声で揶揄して言えば、
「いえいえ、マスタング大佐には遠く及びませんよ。今度ご教授願いたいもんス」
ハボックが笑いを含んだ声で答えた。
「そうだな、考えておこう」
「オレ、本気で言ってるっスからね」
ミラー越しにそう告げる空色の瞳に、ロイはゾクリと身を震わせたのだった。

「はい、どうぞ」
そう言って並べられた皿の数々にロイは感心したように鼻を鳴らす。ソースのかかった肉をナイフで切り分けて口に運べば自然とロイの顔に笑みが浮かんだ。
「お口に合いました?」
向かい合わせに座ったハボックにロイは満足そうに頷くと言う。
「要はお前の店がそのまま私の家に来たようなものだな」
「普段はバーなんスけど、うち」
「でも、結構食べさせてくれたろう?お前」
「そりゃあね」
司令部から直接店にやってくるロイは腹をすかせていることが多く、ハボックは時々ツマミ以外のものを出してやっていた。
「店で食べるより豪華だし」
「当たり前でしょ。店ではあるもので適当に作ってるっスけど、今日はちゃんと考えて食材買ってきてるんスから」
「デザートも楽しみにしてる」
ワクワクとした表情で言うロイにハボックは呆れたような顔をしたが次の瞬間うっそりと笑う。
「オレとしてはデザートの後の夜食の方が楽しみっスけど」
そう言えばキョトンとするロイにハボックは手を伸ばすとその口元についたソースを指で拭った。
「ご教授願いたいって言ったでしょ?」
ペロリと指を舐めながら言うハボックにロイは僅かに頬を染める。
「私の教授料は高いんだ。そんな簡単に出来るか」
「じゃあ、明日からはもっと腕、振るいますね」
そう言って笑うハボックを見ていられず、ロイは皿に目を落とすと黙々と食べ続けた。

ハボックは通された寝室をぐるりと見回すとロイに言う。
「一緒の部屋じゃないんスか?」
「なんで一緒の部屋で寝なきゃならんのだ」
「だって護衛官だし」
そう言うハボックの脛をロイは思い切り蹴飛ばした。イテテと脚をさするハボックを置いてロイは部屋を出て行く。
「ああ、ちょっと待って」
ハボックはそう言うとロイの後について寝室を出てきた。
「もう休むんだろう?私も後は寝るだけだから気にしないでいいぞ」
そう言ううちに隣り合ったロイの寝室の扉の前に来るとハボックはカチャリと扉を開ける。
「おい」
「入りませんよ。今日はまだ教授してくれないんでしょ?」
そう言えば睨んでくる黒い瞳に笑い返してハボックは言った。
「でも、護衛官としてはやっぱりアンタが寝室に入るところまで確かめないとね。ホントは一緒の部屋だと尚安心なんスけど」
その言葉に益々眉間の皺を深くするロイの背を押して寝室に入るよう促したハボックは、ふと思い出したようにロイの肩を掴んだ。
「ああ、そうだ、忘れてたっス」
「なんだ?」
不思議そうに振り向くロイに屈みこむとハボックはその頬に口付ける。
「おやすみなさいの挨拶。いい夢を、大佐」
「…ッ!!」
真っ赤になって頬を押さえるロイに向かって手を振ると、ハボックはパタンと扉を閉じたのだった。
 
 
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