| my sweet assassin 第四章 |
| 「悪いけど、今日の式典ではマスタング大佐を狙うのは無理みたいだぜ」 『なんだと?どういうことだっ?』 「行きゃわかるだろ。じゃあな」 『あっ、おいっ!』 男は喚きたてる相手に構わず受話器をフックに戻す。金髪をかき上げるとフゥと息を吐いた。 「さて、どう出るかな」 そう呟いた空色の瞳が物騒に笑ったのだった。 式典のひな壇でにこやかな笑みを浮かべているロイを見つめてディートリヒ・マイアーはギリと歯を食いしばった。准将の肩章をつけた彼はこの士官学校で講義を行った事もあり、本来ならロイよりもこの式典には相応しい人物であると言えたかもしれなかったが、学校側は功績があり多くの学生がその名を知っているロイに出席を依頼してきたのであった。 「若造がいい気になりおって」 最近、会議の席においてもロイにコテンパンにやられたマイアーはロイを思い切り睨みつける。視線で人が殺せるならば、マイアーはとっくにロイを殺していたかもしれない。 (それにしてもどういうことだ…) ロイの目を盗んで警備体制を大幅に入れ替えたはずだった。だが、式典前にかかってきたある人物からの電話で実際に式典に来てみれば、警備体制は元に戻されているどころか蟻一匹入る隙間もないほど完璧なものと化していた。 (くそう…マスタングには気づかれていなかったはずなのに) まるで気付いた素振りのないロイにこれは漸く思い知らせてやれると内心ほくそ笑んでいたのに、蓋を開けてみればロイは完璧な警護の向こうで。 (そうやって笑っていられるのも今のうちだ。今にみていろ、マスタングめ) マイアーは内心そう言うと、ロイに背を向け式典を後にしたのだった。 「ああ、疲れた」 ロイはそう言うと礼服の上着を脱ぎ捨てる。執務室のソファーにドサリと座り込むとハアアと大きなため息をついた。 「お疲れ様でした」 ホークアイはそう言いながらコーヒーのカップを差し出す。ロイはカップを手に取るとそのよい香りにホッと息を漏らした。 「何事もなく済んで何よりです」 「おかげで数倍肩が凝った」 ロイが不貞腐れたように言えばホークアイが苦笑する。それから表情を引き締めると言った。 「警備体制の変更を指示したのが誰か、調べてみましたが判りませんでした」 「だろうな。そんなの書類をこっそり差し替えるだけで事足りる」 「とにかく今まで以上に身辺に注意を払いませんと」 ホークアイがそう言えばロイが思い切り顔を歪める。 「これ以上警護を増やす気か?勘弁してくれ」 「しかし、大佐」 「そんなことになったらストレスで胃に穴が開くか、息が詰まって窒息死だ」 絶対に嫌だと言い張るロイに流石のホークアイも困りきった様子で眉を寄せた。 「もしこれ以上警護を増やすなら私は家から一歩も出ないからな。監禁の方がまだマシだ」 「大佐」 ツンとそっぽを向くロイに、ホークアイは額を押さえたのだった。 「まったく冗談じゃない」 スツールに腰掛けたロイはムスッとして言う。ハボックはクスクスと笑いながらグラスを差し出した。 「人気者はツライっスねぇ」 「何が人気者だ。こちらの身にもなってみろ。トイレにまでついてくるんだぞ。いい加減気が狂いそうだ」 黒い瞳をキラキラと怒りに輝かせてロイは言う。ハボックはカウンターに身を乗り出すとロイにズイと顔を近づけて言った。 「オレとしちゃ不届き者にちょっと感謝なんスけど」 笑いを含んだ空色の瞳にロイはちょっと身を引いて、それでもハボックを睨んで言う。 「何を感謝すると言うんだ。私が怪我でもすれば大人しくなっていいとでも思っているのか?」 そう言って目つきを険しくするロイにハボックは笑った。 「そうじゃなくて。怒ったアンタってすごく綺麗だから」 「……は?」 「黒い瞳がキラキラ光って、頬がうっすら染まって…すげぇ綺麗っスよ」 ニコニコと笑いながら言うハボックにロイは目を丸くする。次の瞬間真っ赤になると怒鳴った。 「バッ……馬鹿かっ、お前はッ!!」 「ひでぇ、ホントのことを言っただけなのに」 ハボックはそう言うとカウンターから体を起こして傷ついたと言うように胸を押さえる。ロイが尚も怒鳴りつけようとした時、他の客の声がハボックを呼び、ハボックは返事をしながらそちらへ行ってしまった。 「何が綺麗だ、バカか、アイツは…」 怒りをぶつけ損ねてロイはムゥと唇を突き出しながら酒をすする。なかなか戻ってこないハボックに手持ち無沙汰でグラスを弄んでいると上から声が降ってきた。 「一人?」 薄っすらと笑みを浮かべて言う男に僅かに眉を顰めたロイが何か言い返すより前に、いつの間にか戻ってきていたハボックがドンッとロイの前にグラスを置いた。驚いてハボックを見る男に空色の瞳が剣呑な光を帯びる。 「この店ではそういうのお断わりなんスよ。相手探したいんならそういう類の店に行って下さい」 「なん……ッ」 男はハボックに何か言い返そうとしたが、ジロリと睨まれてチッと舌を鳴らすと店を出て行く。ハボックは男が出て行った扉を暫く睨みつけていたがロイに視線を移すと言った。 「なんかされませんでした?」 いつもは笑みを浮かべている空色が怒りに染まっている事にロイは目を丸くすると答えた。 「なにかされるどころか言い返す暇もなかったぞ」 「あんなヤツ、アンタが口をきいてやる必要ないっスから」 ハボックはそう言うとグラスを乱暴に洗い出す。ガシガシと力を込めて洗ったグラスにピキッという音と共に一筋線が入った。 「あっ、クソッ!割れちまった!」 憎々しげに言うハボックを見ているうち、ロイは思わずクスクスと笑い出す。だんだんと大きくなる笑いにハボックはムッとして言った。 「何がおかしいんスか?アンタにちょっかいだそうなんてとんでもない野郎ッスよ」 「別にお前が怒ることないだろう?」 ロイが面白そうに言えばハボックは傷ついたような顔をする。口を閉ざしてじっと見つめてくる空色の瞳にロイは居心地悪そうに身じろぎした。そんなロイにハボックは一つため息をつくと身を乗り出す。 「ねぇ、オレをボディガードに雇う気ないっスか?」 「…は?何を言い出すんだ、お前」 「警護の兵士、増やすのは嫌なんでしょう?だったらオレを雇いません?オレ、これでも士官学校じゃわりとイけてたんスよ?」 「そんなの何年も前の話だろうが」 「鍛錬怠ってません」 そう言うハボックの体は確かに綺麗に鍛え上げられていて即戦力になりそうに見える。身元もハッキリしているし、なによりロイが自分の近くにおいていても不快でない。 「ついでに言うならオレを雇ってくれたらデザートつきで食事の用意します」 「食事の?」 この店はバーだが頼めばつまみ以外の食事も出てくる。この店に通うようになって何度かそれを食べた事のあるロイはハボック の料理が自分の好みである事を知っていた。 「お前、デザートなんて作れるのか?」 「まあね。アンタ、甘いもの好きっしょ?」 伺うように言うハボックにロイの気持ちが大きく傾いた。 「毎日同じものっていうのはナシだからな」 「任せて下さい」 言ってハボックは自信満々に笑う。 「よし、交渉成立だ」 ロイがそう言って手を差し出せばハボックが嬉しそうに笑ってその手を握り返したのだった。 |
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