my sweet assassin  第十五章
 

「で。なんでアンタがここにいるんスか?」
 ハボックはにっこりと笑ってそう言う。顔は笑っていながら目は笑っていないハボックにヒューズはシナを作ると言った。
「いや〜ん、このお店、お客にガン飛ばすーっ」
「気色の悪い声、出さんで下さい」
 ハボックはそう言うとグラスをダンッとヒューズの前に置く。ヒューズはニヤニヤ笑いながらグラスを取ると口をつけた。
「あの後、ロイ、来たのか?」
「来ませんよ。ブレダに聞いたら至極真面目に仕事してるらしいっス」
 肩を竦めてそう言うハボックにヒューズは目を細める。
「淋しい?」
「…別に。ただ、ちゃんとメシ食ってるのなぁって気になるくらいっスかね」
 放っときゃまともにメシ食わないから、と心配そうに言うハボックをヒューズはじっと見つめた。それ以上何も言わずにグラスを磨くハボックを見つめながらヒューズは聞く。
「いいのか?お前さん、ロイを好きだろう?」
 そう言われてハボックはグラスから視線を上げた。無表情に見つめてくる空色の瞳を受け止めてヒューズは言葉を続ける。
「熱心にオレの話、聞いてたもんな。好きなんだろう?ロイが」
「……もしそうだと言ったら?どうするんです?」
 さぐるように聞いてくる瞳にヒューズはグビリとグラスを煽った。
「別に。どっちも大人なんだ。好きにしたらいいさ」
 サラリとそう言われてハボックは肩透かしを食らったような顔をする。ハボックはカウンターに腕をついて体を預けると言った。
「止めてくださいよ。そうしたら諦めるのに」
「俺に言われて諦めるくらいの想いなら最初からやめとけ」
 ヒューズはそう言いながら酒を飲む。
「それくらいの想いでどうこうなる相手じゃねぇよ」
「……そうっスね」
 ヒューズの言葉にハボックはため息をつくと苦く笑った。

「大佐。さっきの書類――」
「そこに入ってる。適当に持っていってくれ」
 執務室のロイにブレダが尋ねればそう答えが返ってくる。ブレダは決裁済みの箱の中から必要な書類を取り出すとロイを見た。
「大佐、ハボックの店に行きました?」
「どうして私があいつの店に行かなければならないんだ?」
「だって一緒に住む前はしょっちゅう入り浸ってたじゃないですか」
 そう尋ねるブレダにロイは書類から顔を上げようともしない。黙ったきり答えないロイにブレダは言った。
「ハボが気にしてましたよ。ちゃんとメシ食ってるかなぁって。アイツんとこ行ってメシでも食ったらどうですか?」
「別に食事はアイツの店じゃなくても食えるだろう。大体アイツの店はバーじゃないか」
「でもそこでいっつもメシ食ってたじゃないですか」
「覚えてないな」
 そう言うロイにブレダは呆れたようにため息をつく。書類を手に部屋を出て行きかけながら言った。
「まあ、意地張るのは大佐の勝手ですけどね。アイツもモテるからそのうち大佐のことも気にしなくなるだろうし、そうなりゃ以前に戻るだけの話ですしね」
 失礼します、と言って出て行くブレダの背をロイは睨みつける。パタンと扉が閉じるとギュッと唇を噛み締めた。
「だってアイツはずっと私を騙してたんだ」
 ボソリとそう呟いてロイは書類を睨みつける。バンッと両手で机を叩くと荒々しい仕草で立ち上がった。窓へ目を向ければその先に広がるのは真っ青な空。その空を見ればハボックの言葉が頭に浮かんだ。
『アンタが好きっスよ、大佐』
 まるで呪文のように何度も何度も言っていた。そんなハボックをロイはずるいと思ったが、それがあの時のハボックの精一杯の誠意だったのだと今なら判る。
「私はお前なんて好きじゃない」
 いつか言った言葉を呟いてロイは瞳を閉じると視界から空色を締め出した。

「よお、ロイ」
 片手を上げて陽気な声と共に部屋に入ってくるヒューズをロイは思い切り睨む。他の人間なら怯んでしまいそうな眼光をものともせずヒューズはヘラヘラと笑うとソファーにドサリと腰を下ろした。
「真面目に仕事やってんだって?どうしたよ、根つめると後がしんどいぜ。少しはサボれよ」
 ホークアイが聞いたら眉を顰めそうな事をヒューズは言う。ロイはプイと視線を外すと書類を睨みつけながら答えた。
「別に根なんて詰めてないし、これが私のフツウなんだ」
 そう言って見向きもしないロイをヒューズはじっと見つめていたがロイを伺うようにして言う。
「なぁ、お前がアイツをいらねぇって言うなら俺が貰っていってもいいか?」
「…え?」
「いやだってほら、今回の事で結構使えるヤツだって判ったし、ああいうの、一人欲しかったんだよねぇ。まあちょっと癖はあるけど許容範囲だしな。軍に入るのがイヤだって言うなら今回みたいな形で協力させてもいいし。バーなら別にイーストシティでなくても出来るんだしよ」
 そう言って立ち上がるヒューズをロイは目を見開いて見つめた。
「アイツも居心地悪いみたいだしな、心機一転セントラルに移るのもいいだろ」
 ヒューズはそれだけ言うと、何も言えずにいるロイを置いて執務室を出て行った。

 一人執務室に残ってガリガリと書類を書き込んでいたロイはペン動かす手を止めるとため息をつく。もうすっかり暮れてしまった空を見上げて立ち上がりかけたが、すぐにまた椅子に腰を下ろすと書類を見つめた。
 今頃ハボックは客の為にカクテルを作っているところだろうか。女性客を相手に人好きのする笑顔を浮かべて楽しく話しているところかもしれない。それとも、仕事を終えたヒューズと新たにセントラルで働く為の相談をしているところだろうか。
 そんな事を考えるととても落ち着いて仕事などしていられなくてロイは立ち上がると窓辺に寄る。コツンとガラスに額を当てるとため息をついた。
 素直に「この間はごめん」と告げれば全てが上手く行くのだろうとは思う。頭ではハボックのやり方を認めてはいても心がついていかない。それでもこのままにしておけばもう二度とハボックに会うことはないのだと思うとロイはギュッと目を閉じる。暫くしてもう一度目を開いたロイはこれ以上迷うまいと己に言い聞かせて窓から離れて部屋を出ようとした、その時。
「まったく、ここの警備ってのはどうなってるんスか」
 そう言う声が聞こえてハッとしたロイが声のする方を見ると、窓の近くにハボックが立っていた。
「いつからそこに……?」
 さっきまで誰もいなかったはずだ。そう思って尋ねればハボックが肩を竦める。
「ついさっきっスけど。オレがアンタを殺る気なら、アンタとっくに死んでますよ」
 そんな事を言うハボックにロイの中の負けず嫌いの虫がむくりと起き上がった。
「だったらそうしたらどうだ?私が死んで喜ぶ連中と言うのは結構いるだろう?もっとも私だって黙って殺されてやりはしないがな」
 そう言えばハボックが傷ついた目をする。ああ、しまったと思っても一度出てしまった言葉は消し去る事など出来ず、ロイはギュッと手を握り締めた。
「ちゃんとメシ、食ってます?なんかまた顔色悪くなっちゃって」
 ハボックはそう言うとロイの頬に手を伸ばす。ロイは思い切りその手を払いのけると言った。
「煩いッ!私に構うなッ!大体お前、ヒューズのところに行くんだろうっ?」
「オレが?中佐のところに?」
「ヒューズが言ってた。私がお前をいらないと言うなら貰ってもいいかって!」
「で?アンタはオレをいらないって言ったんスか?」
 そう聞かれてロイは目を見開く。ピタリと口を閉ざすロイをじっと見つめてハボックは言った。
「今夜は答え聞きに来たんスよ。オレ、ずっとアンタを好きだって言ってました。でもアンタ、はぐらかすばっかで答えてくれなかった。オレも全部をアンタに話してたわけじゃないから言えた義理じゃないんスけどね。でも答え聞かずに諦めるなんて出来ないから」
 そう言ってハボックはロイをまっすぐに見つめる。
「アンタが好きっス。アンタはオレのこと、どう思ってます?」
 見つめてくる空色の瞳にろいは絡め取られたように動けなくなって。
「たいさ」
 声と共に伸びてくる腕に抱き締められてロイは目を閉じてハボックの胸に頭を寄せた。



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