my sweet assassin  第十三章
 

ハボックは屋上の片隅や資料室の奥など普段ロイがサボる時のお気に入りの場所を見て回る。だがどこにも見当たらない事実に次第に焦りが募っていった。
「おい、マスタング大佐を見かけなかったか?」
「大佐なら少し前に出かけていかれましたけど」
否定の言葉を期待してかけた声に返ってきたのは一番聞きたくない返事だった。
「誰か連れて行ったか?警備兵とか」
「いいえ、お一人でした」
しかも本当に一人で抜け出したのだと知れてハボックは頭を抱える。ハボックはホークアイにロイが一人で出て行ってしまった事と後を追う旨伝えるように言うと通りへと駆け出していった。
「ったくもうっ、どうしてこのタイミングで出て行くかなぁ…」
ある意味期待通りと言えばそうなのだがはっきり言って迷惑以外の何ものでもない。ハボックはさっき自分がかけた電話の内容を思い出しながら眉を顰めた。
「これで大佐に何かあったら自分で自分が赦せねぇな」
そう呟きながら小走りに道を行けばロイが普段息抜きによく使う喫茶店が目に入る。ギィと扉を押して中に入るとマスターに声をかけた。
「こんちは、マスター。マスタング大佐、今日は来てないか?」
「こんにちは、ハボックさん。いや、今日はまだ来てないね」
髭のマスターの返事にハボックは舌を鳴らしてガシガシと頭をかく。苛々とひとつ息を吐くと言った。
「もし大佐が来たら絶対ここに引き止めといて!」
ハボックは大声でそう言うと店の外へと飛び出していった。

秋の空は晴れやかに澄み渡って綺麗な水色だ。普通ならその澄んだ空色に気持ちも明るくなっていくのだが、今日のロイはその空色が気に触って仕方なかった。
「せっかく外に出てきたのに、これじゃ見張られてるみたいだ」
ボソリとそう呟いた時、道沿いにこじんまりとした喫茶店が目に入る。ロイは立ち止まって店を見ていたが、足を向けると店の方へと歩いていく。扉をあけて中に入ると初老の男が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。
ロイは窓際の席に腰をかけるとカフェオレを注文する。少しして出てきたカップに口をつけたロイは首を傾げた。
「美味いけど……この味じゃない」
自分が今飲みたいのはこれじゃないとロイはため息をつく。普段なら疲れを取ってくれるであろう甘さに、逆に疲れを感じながら窓の外へ目を向けたロイは店の前を行き過ぎた車がバックで戻ってくるのを目を丸くして見つめていた。
「なんだ、あれは」
カップを手にポカンとして車の動きを見ていたロイは、その車がいきなりハンドルを切って店に向かって走ってくるのを見てギョッとする。
「逃げろッ!」
と、店の中にいる客に向かって叫べば、ようやく窓の外へ目を向けた客たちが慌てて席を蹴って逃げ出した。
グワシャーンッ!!と大きな音とガラスの破片を撒き散らして店に飛び込んできた車に客たちの悲鳴が上がる。発火布を取り出そうとポケットを探ったロイは、目当てのものを執務室の机の抽斗においてきてしまった事に気付いて舌打ちした。
「くそっ」
その時、再び動き出した車が自分目がけて突っ込んでこようとする事に気付いて、ロイは慌てて店の外へと飛び出す。通りを走るロイの耳に車のエンジン音が聞こえて、ロイはあたりを見回すと狭い路地へと飛び込んだ。この狭さなら車も追っては来ないだろうと振り向けば、ボディをへこませながら強引に路地に押し入ってくる車にロイは目を丸くする。呆然としたのは束の間、ロイが車に背を向け走り出すと車がガガガガガと家の壁をこすりながら迫ってきた。
「嘘だろうっ」
いくらなんでもメチャクチャだと思いつつ、だがそのメチャクチャに轢き殺されたりしたら冗談では済まない。ロイは狭い路地を走りながらあの時はハボックが助けてくれたのだとふと思って慌てて首を振った。
「前の事を思い出して何になるっ」
ロイはそう呟きながら左右に目を走らせる。逃げる場所を探すうち短い路地が終わって広い通りへと飛び出した。ロイはつんのめりそうになりながら方向を変えると通りに沿って走り出す。悲鳴と怒号があちこちから聞こえる中をロイは全速力で走った。
「絶対守るとか言ったくせに…ッ」
肝心な時に自分の傍にいないハボックを罵りながらロイは走る。空気を求めて肺が悲鳴をあげ、全身に血液を送り出す為心臓が物凄い勢いで脈打った。酸素が足りなくてガンガンと頭が霞み足がもつれそうになる。このままでは轢き殺されるのは時間の問題だと思った瞬間、走るロイとすれ違うようにして金色の輝きが行き過ぎた。
「え?」
肩越しに振り向いたロイは銃を構えたハボックが車の前に立ちはだかるのを見る。
「あぶな…ッッ」
鉄の塊がハボックを跳ね飛ばすと思った瞬間、構えた銃が火を噴き車はコントロールを失うと急速に道を外れて道沿いに並んだ街灯に突っ込んだ。物凄い音と煙が立ちこめ、ロイはハボックの姿を見失う。ゾッとして駆け寄ろうとしたロイは、醜くひしゃげた車からゆらりと人影が出てくるのを見て足を止めた。その手が銃を構えているのに気付いたロイがハッとした時、その手をロイの視界から遮るようにハボックがロイの前に立つ。ハボックの銃を持った手が向けられた時、頭から血を流した男は呻くように言った。
「何故だッ?貴様はマスタングを殺す為に雇われたんじゃなかったのかッ?!」
その言葉にロイが体を大きく震わせるのとハボックが構えた銃が男の眉間を撃ち抜くのがほぼ同時だった。男の体がゆっくりと仰向けに倒れるのを見届けて振り向いたハボックをロイは信じられないものを見るように見上げる。辺りが騒然とする中、ロイとハボックは互いに一言も口を聞かぬまま見つめ合っていたのだった。

「大佐」
憲兵の間を縫って近づいてきたホークアイが声をかける。縁石に腰掛けていたロイがどこも怪我をしていない事を確認してホッと息を吐くと、ロイの背後に立っているハボックに言った。
「ご苦労様、大佐を連れて司令部に戻って――」
「中尉、ブレダ少尉を呼んでくれ」
言葉を遮るようにしてそう言うロイをホークアイは目を丸くしてみる。ロイは立ち上がるとハボックに背を向けたまま言った。
「コイツは信用できない」
「大佐?」
そう言ったきり黙り込んでしまったロイと無表情のままやはり何も言わないハボックをホークアイは訳がわからぬままに交互に見つめたのだった。



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