Alucard 9


「どうぞ」
 ハボックはそう言ってロイの前に皿を置く。湯気を上げる熱々のパスタからは仄かにサフランのよい香りがした。
「シーフードのサフランソースパスタっス。お口に合うといいんスけど」
 遠慮がちに言うハボックに頷いてロイはフォークを手に取りパスタを口に運ぶ。サフランを加えたホワイトソースがパスタやエビやホタテに絡んで実によい味を引き出していた。
「うん、いい味だ。サフランの加減が絶妙だな。とても旨い」
「ホントっスか?……よかったぁ」
 食べるロイの口元を凝視していたハボックは、ロイの言葉を聞いてへなへなとしゃがみ込む。その様子にロイはクスリと笑った。
「サフランをね、少量の水を加えてすり鉢で擂ってから使ってるんス。それをパスタが茹であがる直前にホワイトソースに加えてるっス」
「そうか、だからこんなにいい香りがするんだな」
 ロイは言いながらパスタを食べる。サラダと共にあっと言う間に完食して、満足そうに息を吐き出した。
「最初に出てきたコンソメスープも旨かったし、実にいい腕だな、ハボック」
 パスタより先に出てきた黄金色に澄んだコンソメスープを思い出してロイが言う。期待していた以上の賛辞にハボックは照れくさそうに顔を赤らめた。
「ありがとうございます。そう言って貰えて嬉しいっス」
 ハボックはそう言ってから「あ」と思い出したように声を上げる。
「そうそう、デザートがあるんスよ。オレンジのシャーベット。口がさっぱりするっスよ」
 ハボックは厨房に引っ込むと少ししてガラスの器に盛ったシャーベットを持ってくる。見た目も爽やかなそれは口にすれば爽やかな香りと共に溶けて、ロイは満足げに目を細めた。
「美味しかったよ、ごちそうさま」
 ロイは最後にナプキンで口元を拭いてハボックに頷く。嬉しそうに笑ったハボックが食後のコーヒーを置いて近くの椅子に腰を下ろすのを見て、ロイはカップを手に取りながら言った。
「わざわざすまなかったな。私の我儘につき合わせて」
「とんでもないっス!あんな立派な厨房で料理が出来て、すっげぇ楽しかったっス。……ちょっと緊張もしたけど」
 小さな声でそう付け足すハボックにロイはクスクスと笑う。ハボックがハアと息を吐き出して、ひと仕事やり終えた達成感を味わっていればロイが言った。
「お礼に庭を案内しよう。おいで、ハボック」
「え?あ、はい!」
 立ち上がって部屋から出ていくロイの後をハボックは慌てて追いかける。屋敷の奥にある扉を開いて外に出るロイの後に続いたハボックは、目の前に広がる風景に目を瞠った。
「すげぇ……」
 広い庭を埋め尽くす一面の薔薇。色も形も様々な薔薇が咲き乱れる様にハボックは息を飲んで立ち尽くした。
「ハボック……ハボック」
「あ……はいっ」
 繰り返し呼ぶ声に気づいてハボックは辺りを見回す。庭の中に立つロイのところへ駆け寄るとハボックは庭を見た感動をそのまま口にした。
「凄い庭っスね。こんなにたくさんの薔薇、見たことねぇっス」
 ハボックはそう言って改めて庭を見回す。うっすらと笑みを浮かべて立っているロイに視線を戻して言った。
「これだけの薔薇を育てるの、大変っしょ?」
「他にすることもないからな、時間なら幾らでもあるし」
「他にって……そう言えばマスタングさん、仕事はなにをされてるんっスか?」
 ふと思いついた疑問をハボックは口にする。だが、ロイは答える代わりに白い薔薇を一本、ポキリと折ってハボックに差し出した。
「……ありがとうございます」
ハボックは差し出された薔薇を受け取る。その途端強い甘い香りがハボックの鼻孔を擽った。
「甘い……」
そのあまりに強い香りに目を瞠ったハボックの手に無意識に力が入る。チクリと棘が指を刺して、ハボックは顔を歪めた。
「いたッ」
「大丈夫か?」
 ロイは言ってハボックに手を伸ばす。薔薇を取り落としたハボックの手を掴み、傷ついた指を己の口元に引き寄せた。
「え……?マスタングさん?」
 なにをするのかと見つめるハボックの視線の先で、ロイはハボックの指を舐める。赤い舌が傷口に触れればゾクリと背筋を何かが走り抜けて、ハボックは慌てて手を引いた。
「だっ、大丈夫っスから」
 ハボックは傷ついた指をもう一方の手で握り締めて言う。ロイは薔薇を拾い上げ、長い指で棘を折り取ってハボックに差し出した。
「すまなかったな、棘を取ってから渡すべきだった」
「いえ!オレがうっかりしただけっスから」
 ロイの言葉にハボックは慌てて首を振る。ロイの手から薔薇を受け取り改めてその香りを嗅いだ。
「凄い濃厚な香りっスね。くらくらするくらい……」
 そう言った言葉の通り、強い甘い香りに酔ったように頭がくらくらする。
「あ、れ……?」
 不意に視界が狭まり、ハボックは崩れるようにその場に倒れ込んだ。


2011/09/11


→ Alucard 10  
Alucard 8 ←