Alucard 10


 薔薇の海の中に溺れるように倒れ込んだハボックの長身をロイは支える。意識を失った彼の頬をうっすらと笑みを浮かべて撫でるロイの背後から声がかかった。
「ロイ様」
「バルボアか」
 振り向いた主人の顔に浮かぶ狂喜の表情をバルボアは無表情に見つめる。ロイの腕の中のハボックを見てバルボアは言った。
「もう二度とここから出ることがないとは、全く思いもしなかったでしょうに」
 その言葉の裏にどこか責める響きを感じてロイは僅かに眉を寄せる。
「責めているのか?私を」
「まさか」
 バルボアは主人の言葉に眉を跳ね上げて答えた。
「ロイ様が漸く長い時を共にされる方を見つけた事を心からよかったと思っているのです」
 今度は明らかな皮肉を感じ取ってロイが言う。
「今の立場を選んだのはお前だろう?私は強要した覚えはないぞ」
「ええ。貴方に仕える事を選んだのは私自身です」
 気が狂いそうなほど長い長い時を生きる孤独を埋める為のパートナーとしての地位を、ロイはバルボアに赦しはしなかった。ロイは冷たくバルボアを見て言った。
「それなら文句を言われる筋合いはないな。バルボア、ハボックの為の部屋の準備は出来ているか?」
 己に対するのとは全く違う熱のこもった視線でハボックを見つめるロイにバルボアが言う。
「私が彼に危害を与えるとは思わないのですか?」
 バルボアが己の魂を縛っておきながら一番欲しかったものを決して与えてはくれなかった男を恨めしげに見つめて言えば、ロイは笑みを浮かべて答えた。
「そんなことをするはずがない。お前は利口だからな」
 言われてバルボアは一瞬顔を歪めたが、すぐに表情を消してハボックに手を伸ばす。
「お部屋にお連れしましょう」
 バルボアはそう言うと主人の手からハボックを受け取り抱き上げた。ロイの後をついて薔薇の庭を歩きながら尋ねる。
「でも、どうして彼なのです?必要のない食事を食べるフリまでして。ろくな才能もない彼をどうして?」
「優秀なコックとしての才能があるだろう?」
「貴方には一番必要のないものではありませんか」
「美味かったぞ、お前も食べてみればよかったんだ」
 楽しげに言うロイをバルボアは呆れたように見る。その視線を背後に感じてロイは低く笑った。
「いいさ、時間はたっぷりあるんだ。なんならお前がチェスを教えてくれたらいい。意外とお前以上にいい腕前かもしれないぞ」
 かつて世界に名だたるチェスの名プレイヤーだった男にロイは言う。
「それなら貴方が教えたらよろしいでしょう?チェスの相手をさせる為だけに私を引き入れた貴方なのですから」
 ロイが己を必要としたのはただそれだけと判っていながらその昏い黒曜石の輝きから離れる事が出来なかった。そんな恨み言を口にするバルボアをロイはチラリと振り向いた。
「そうだったかな。あまりに昔のことで忘れた」
 秀麗な顔に酷薄な笑みを浮かべて言い捨てるともう振り向きもせず屋敷へ向かう主人の背を、昏い瞳で見つめるバルボアのハボックを抱く腕にほんの少し力が入った。


2011/09/24


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