Alucard 7


 ハボックは目の前の古い屋敷を口を開けて見上げる。こんな森の奥深く入ったところに建っているとは思えぬほど、屋敷は大きく立派だった。
「すっげぇ……」
 先ほどロイが言っていた長老の話といい、恐らくは由緒ある立派な家柄なのだろう。きっと料理人だって最高の人材を揃えているに違いなく、ハボックはロイの誘いがあったからとはいえ、たかが小さなレストランのコックである自分が料理を作りに来たことを激しく後悔していた。
「どうしよう、オレなんかが料理していいとこじゃねぇよ……」
 ロイの肥えた舌を満足させられるような料理などとても作れない。ハボックは肩にかけたバッグをグッと引き寄せる。自分としてはいい食材を揃えてきたつもりだったが、ロイの目にはいかにも貧相に映るだろう。
「のこのこやってきたオレが馬鹿だった……」
 ハボックがそう呟いて踵(きびす)を返そうとした時。
「ハボック!なにをしている?早く来い!」
 呼ぶ声に顔を上げればロイが短いステップを上がった扉のところからハボックを見ている。ハボックは少し迷ってから駆け寄るとステップの下からロイに向かって言った。
「すみません、マスタングさん。オレ、帰ります」
 ごめんなさい、と頭を下げてハボックはクルリと背を向ける。だが、数歩も行かないうちにハボックはグイと腕を引かれて引き留められた。
「どう言うことだ?帰るって、何故?」
 怒ったような表情でそう言うロイをハボックは直視出来ずに目を逸らす。一度キュッと唇を噛んで、ハボックは言った。
「だって……こんなでっかい屋敷に住んでて、料理人だって一流の人雇ってんでしょ?オレなんかが作れるわけないじゃねぇっスか」
 ハボックの言葉を聞いてロイは目を瞠る。目を逸らしてこちらを見ようとしないハボックに、ロイはフッと笑って言った。
「この家に料理人はいないよ」
「え?」
 驚いて顔を上げるハボックにロイは笑う。
「料理人はいないんだ。ほら、いいから中へ入れ」
 ロイはそう言ってハボックの腕を引く。ロイに導かれるまま大きな玄関扉をくぐって中へ入れば、そこは広いホールになっていた。
「お帰りなさいませ、ロイ様」
「バルボア。ハボックを連れてきた」
 出迎えた男にロイが言う。バルボアと呼ばれた男はハボックを見て言った。
「ようこそ、いらっしゃいました、ハボック様。ロイ様のお世話をさせて頂いておりますバルボアと申します。これからはハボックさまのお世話も申し使っておりますので、なんなりとお申し付けください」
 そう言って深々と頭を下げる男にハボックは目を丸くする。
「いや、お世話ったって……」
 今日はロイのために料理を作りに来ただけで夜には戻るつもりだ。特に世話を焼いてもらう必要もないと困ったような顔をするハボックにロイが言った。
「ハボック、キッチンはこっちだ」
「え?あ……はい」
 ロイの後についてハボックは屋敷の奥へと入っていく。その背をバルボアの昏い瞳がじっと見つめていた。


2011/08/07


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