Alucard 6


「ええと、ガーリックオイルは入れたし、エビと玉ねぎ、サフラン、ローリエ……あと忘れ物はないかな」
 ハボックはパスタ作りの為の材料をバッグに詰め込みながら呟く。入れ忘れがないことを三度も確かめてハボックはバッグを閉めた。
「これでよし」
 そう言って壁の時計を見れば列車が出るまであと15分もない。
「やば…、もうこんな時間っ!」
 ゲッと叫んでハボックはバッグをひっつかんでアパートを飛び出した。全速力で走って駅にたどり着くと発車のベルが鳴り響く中、なんとか列車に飛び乗る。最後尾のデッキの床に重たいバッグをおろし息を整えながら、ハボックはやれやれと額に流れる汗を拭った。
「よかった、間に合って」
 準備していて列車に遅れたのでは笑えない。ハボックはホッと息をつくとバッグを持ち上げ列車の中へと入っていった。さほど乗客のいない車内を中程まで進むと、ハボックはバッグを網棚に上げて座席に腰を下ろす。窓を開ければ爽やかな風が入ってきて、ハボックは窓枠に腕を載せて流れる景色を見つめた。
 漸くロイから連絡が来て、今日はいよいよロイの家へ行く日だ。忙しい合間を縫って買いおいていた食材を手にロイが住む街へ列車で向かいながら、ハボックの胸は期待と不安でいっぱいだった。
「本当に忘れ物、ないよなぁ……」
 基本的な調味料や鍋くらいならあると聞いていたが、考えたメニューに合わせた食材は持参しなければならない。現地で買うことも考えたが知らない土地で欲しいものが揃わなくても困るし、なによりハボックは一刻も早くロイに会いたかった。
「マスタングさん、元気かな……」
 電話の声を聞いた限りでは変わりないようだった。ハボックは流れる景色を見つめながら、少しでも早く列車が進むようにと願っていたのだった。


「ハボック!」
 改札を出た途端聞こえた声にハボックは振り向く。そうすればロイが車の傍らに立って手を挙げていた。
「マスタングさん!」
 ハボックはパッと顔を輝かせロイの元へと走っていく。走り寄ってきたハボックに、ロイが優しく笑って言った。
「悪かったな、わざわざこんなところまで。疲れたろう?」
「いえっ、そんな事ないっス。すみません、迎えにきてもらっちゃって。住所教えてもらったから一人で行けたのに」
「歩きじゃ時間がかかる。それに少し判りにくいところだからな」
 ロイは言ってハボックに乗るように促す。ハボックは材料の詰まったバッグを後部座席に放り込み、助手席に乗った。それを見てロイは運転席に滑り込みハンドルを握る。ゆっくりとアクセルを踏みながら言った。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「はい。マスタングさんも元気そうでよかったっス。ずっと忙しかったって聞いたから」
 疲れた顔をしているのではとも思ったが、ロイは最後に会った時と変わった様子はなかった。相変わらずの男っぷりにハボックが思わず見惚れていれば、ロイがチラリとハボックを見る。流し目のような黒曜石の瞳の輝きにハボックがドキンと心臓を跳ね上げたのを、知ってか知らずかロイが言った。
「ちょっと一族の長老に許可を取らなければいけないことがあってね。思ったより時間がかかってしまったんだ」
「一族の長老?……って、マスタングさんの家って由緒ある一族なんですね」
 何かするのに許可がいるなど自分の感覚からは想像がつかない。感心したように言うハボックにロイは苦笑して答えた。
「なに、カビが生えたような古くさい一族さ」
「そんなことないっしょ!」
 整った顔立ちといい、優雅なたち振る舞いといい確かにロイは名門の出なのかもしれない。そんなことを考えている内に車はいつの間にか街中を外れ深い木立の中へと入っていっていた。ムッとするほどの緑の中をロイは危なげない手つきでハンドルを操る。唐突に森が切れて、ひらけた場所に出るとロイが言った。
「ここだ」
「……凄い」
 言われて目の前を見れば聳(そび)え建つ大きな洋館に、ハボックは目を見開いたのだった。


2010/10/28


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