Alucard 2


 ハボックは持っていた花束を供えると墓標をじっと見つめる。両手をあわせて目を閉じもう一度目を開いた時、薔薇の香りが鼻孔をくすぐるのを感じて、ハボックは肩越しに振り返った。
「こんにちは」
 振り向いた先に立っていたのは一人の男だった。漆黒の髪に黒曜石の瞳、黒の上質なスーツに身を包んだすらりと背筋の伸びた姿。薔薇の香りはその男からしているのだった。
「………こっ、こんにちは」
 その白い秀麗な顔に思わず見入ってしまったハボックは、男が言った言葉に漸く気づいて慌てて挨拶を返す。僅かに頬を染めるハボックに男はクスリと笑って言った。
「どなたか親しい人のお墓なのかい?」
 男はそう言って花が供えられた墓を見る。ハボックもその視線につられるように墓標を見て答えた。
「オレの両親の墓なんです」
「ご両親の?」
 ハボックの言葉に男は驚いたように目を瞠る。ハボックは男の顔を見つめながら続けた。
「一年前の今日、事故で二人いっぺんに亡くなったんです」
「それは……ショックだったろうに。不躾な質問で申し訳ない」
 すまなそうに眉を顰める男にハボックは笑ってみせる。
「いえ、もう落ち着いたっスから」
 そう答えるハボックを男は気遣わしげに見つめた。スッと手を伸ばすとハボックの頬に触れる。突然触れられて目を瞠るハボックの頬を手のひらでそっと包んで男は言った。
「人との別れはそう簡単に消化できるものじゃない。ましてや愛する者とのとの死別は」
 そう言って触れる手のひらの優しさに、ハボックは男の黒い瞳を食い入るように見つめる。たった今会ったばかりの筈なのにするりと自分の内側に入り込んでこようとする男の手から、ハボックは逃れるように身を引いた。そんなハボックを男は薄く笑みを浮かべて見つめる。自分を見つめる黒曜石の瞳に何故だか落ち着かなくて、ハボックは誤魔化すように言った。
「アンタは?アンタは誰かの墓参りに来たんじゃないんスか?」
 そう尋ねれば男の瞳が僅かに翳る。男は思い浮かべるように遠くを見つめて言った。
「古い友人がね……。亡くなったのはもう随分と前だが。彼は私の存在を理解し、受け入れてくれた数少ない人間の一人だ」
 そんな風に故人のことを語る男をハボックは不思議そうに見る。
「アンタの存在を、って……なんか凄い大袈裟っスね」
 苦笑混じりにそう言ってしまってからハボックは慌てて口を押さえた。
「すんません、オレ、失礼なことを…っ」
「いや、構わんよ」
 恐縮するハボックにそう答えてくれた男を申し訳なさそうにハボックは見る。
「ちゃんと考えてから言えってよく言われるんスけど……」
「誰に?恋人かい?」
「いえっ、ブレダっていうガキの頃からの友人に。それにオレ、恋人なんていないっスから」
 ハボックがそう言えば男は意外そうに眉を跳ね上げた。
「それは意外だ。君はとてもハンサムなのに」
 そう言う男の方がよほどハンサムだとハボックは思う。素直にそう告げれば男はおかしそうに笑った。その魅力的な笑顔にハボックは目を吸い寄せられてしまう。穴があくほど見つめてくる空色の瞳に男は目を細めて言った。
「墓参りの邪魔をして悪かったね。じゃあ」
 そう言って背を向ける男をハボックは咄嗟に呼び止める。訝しげに振り向く黒い瞳を見て、ハボックはうろうろと視線をさまよわせて言った。
「あっ、あのっ、オレ、そこのレストランで働いてるんです。そのっ、今度よかったら……っ」
 何故自分でもそんなことを言ったのかハボックにも判らない。だが、気がつけば男の存在に強く魅了されて、ハボックはそう口走っていた。
「………お前の名は?」
「……ハボック。ジャン・ハボックっス」
 聞かれてハボックは男を見つめて答える。
「私はマスタング。ロイ・マスタングだ」
「ロイ……マスタング……」
 告げられた男の名をハボックは震える声で繰り返した。
 それが、ハボックがロイと出会った最初だった。


09/06/10


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