Alucard 11


「う……ん」
 ゆっくりと意識が浮上してハボックは目を開ける。辺りに揺蕩う濃い薔薇の香りに頭の芯がぼうっと霞んでいるようで、ハボックは見慣れない天井をぼんやりと見つめた。
「あ、れ……?オレ、いったい……」
 どうして自分はこんなベッドに寝ているんだろう。なにをしていたのか、なにをしようとしていたのか、思いだそうとしてもちっとも頭が回らない。躯もなんだか妙に重くてハボックが再び眠りに落ちてしまいそうになった時。
「お目覚めですか?」
 聞こえてきた声にハボックは視線を向ける。水のボトルとグラスを載せたトレイを手に入ってきた男をぼんやりと眺めたハボックは、それが先ほどロイに紹介された男だと気づいた。一つ思い出せばどっと記憶が蘇って、ハボックはガバッと起き上がった。
「あ……」
 その途端スーッと目の前が暗くなってハボックはベッドに突っ伏す。バルボアはトレイをベッドサイドのテーブルに置くとハボックの体に手を伸ばした。
「大丈夫ですか?無理をなさいませんよう」
 バルボアはそう言ってハボックの体を楽なようにベッドに横たえる。ハボックはバルボアを見上げて尋ねた。
「あの……オレ、どうして……?」
「お倒れになったのです」
「倒れた?オレが?」
 体力には自身があるし、体も丈夫だ。特に具合が悪かった覚えもなく、倒れたと言われても俄には信じ難かった。
「倒れたって、なんで?」
 思わずそう口にしたもののハボックはバルボアの昏い瞳に口を噤む。その時開いた扉から入ってきたロイが言った。
「過労だそうだよ」
「マスタングさん」
 ロイが手振りでバルボアに部屋から出るように示せばバルボアは軽く頭を下げて出ていく。パタンと扉が閉まるのを待ってロイはトレイのボトルに手を伸ばした。グラスに水を注ぎハボックが起き上がるのに手を貸す。ロイの手からグラスを受け取って冷たい水にホッと息を吐いて、ハボックが言った。
「過労って……オレ、別にそんな疲れちゃいないっスよ」
「気がつかないだけで疲労がたまっていたんだろう」
 ロイがそう言ったがハボックは納得がいかないと言うように眉を寄せる。グラスをテーブルに起き、ハボックはベッドから足を下ろした。
「ハボック」
「今、何時っスか?」
「十時を回ったところだ」
「十時?」
 ハボックが駅についたのが十時だった。綺麗に晴れ渡る空を窓越しに見つめたハボックは、次の瞬間ギョッとして飛び上がった。
「十時って、まさか一日たったんスかッ?!」
 精々二、三時間だと思っていたのにとハボックは顔色をなくして立ち上がる。
「帰らなきゃっ!オレ、仕事あるのに!!」
 急いで帰れば少なくとも夕方からの仕事に間に合うようには帰れるだろう。慌てて飛び出していこうとするハボックを、だがロイがグイと引き留めた。
「無理をしない方がいい、倒れたんだぞ」
「平気っスよ。興奮してあんまり寝られなかったから、きっとそのせいだと思うし。それに店、休めないから!」
「店なら休むと連絡を入れておいた」
 ロイの手を振りきって出ていこうとしたハボックは、聞こえた言葉に驚いてロイを見る。見開く空色にロイは言った。
「店には過労で倒れたから暫く休むと連絡した。だから慌てて帰る必要はない」
「そんな勝手にっ!とにかく帰ります!ご迷惑かけてすみませんでしたッ!」
 ハボックは早口にそう叫んで出ていこうとする。だが、ロイの手ががっちりと腕を掴んでいて叶わなかった。
「マスタングさんっ」
「ここにいるんだ、ハボック」
 ロイはそう言ってハボックの顔に手を伸ばす。白く長い指がハボックの額に触れた瞬間。
「───え?」
ハボックは意識を失って頽れた。


2011/10/18


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