Alucard 12


 ウトウトと、眠っては目覚めるを繰り返す。夢と現の境界線で、ハボックは何度も薔薇の海に佇む姿を見たと思った。


「ん……」
 僅かに眉を寄せて小さく呻いたハボックはゆっくりと目を開ける。パチパチと瞬きすると、静かに体を起こした。大きなベッドから足を下ろして立ち上がり、カーテンが引かれた窓に向かう。カーテンの隙間から外を見れば、真っ暗な空に白い月がぽっかりと浮かんでいた。
「今日、何日だろう」
 ロイに乞われて料理を作るために彼の家を訪れたハボックは、料理の後庭を案内されている最中に倒れてしまった。目覚めたハボックはロイから過労が原因と告げられ、店にも暫く休む旨伝えておいたからここで休養していくよう引き留められてしまったのだった。
 結局その後、ベッドでうつらうつらと眠って過ごす日々が続き、過労だなどと思っていなかったハボックも気づかぬうちに疲れが溜まっていたのだろうかと思う。こうしてシャンと目が覚めてベッドから降りたのは久方ぶりで、ハボックの中では時間の感覚がすっかりおかしくなっていた。
「すっかり迷惑かけちゃった。マスタングさんにも店にも」
 ロイが連絡しておいてくれたと言うからうっかり首になってはいないと思うが、流石にいい加減戻らないと拙いと思う。ロイに話をしたいと思ったハボックは、今が何時かと部屋を見回してこの部屋には時計がないことに気づいた。
「オレの時計、止まっちまってるし」
 発条 (ぜんまい)式の時計は巻いておかなかったせいで妙な時間で止まったままになっている。ハボックはため息をつくと部屋の扉を押し開けそっと外に出た。
 闇に沈んだ屋敷はシンと静まり返って人の気配がしない。今は夜中なのだろうかとハボックは足音を忍ばせて廊下を歩いた。
「考えてみりゃ、オレ、マスタングさんの部屋知らないじゃん」
 部屋を訪ねるにしろこの広い屋敷では一つ一つ部屋を訪ねて歩くわけにはいかない。ハボックは仕方なく階段を下りて一階に向かった。
「夜中なのかな。みんな寝てるみたいだ」
 ロイの姿は勿論、あのバルボアという男の姿もない。庭に続く扉を見つけたハボックはそっと扉を押し開けて外へ出た。
「やっぱ凄いよなぁ、この薔薇」
 月の光の下、何千、何万もの薔薇の花が咲いている。噎せ返るような甘い香りの中、ハボックはゆっくりと薔薇の間を歩いた。
「この香りのせいかなぁ、夢でこの庭、見た気がする」
 うとうとと眠りを貪る間、薔薇の海を見たような記憶がある。その中に背筋の伸びた姿があったとハボックが思った時、不意に肩に手を置かれてハボックは飛び上がった。
「ッッ!!マスタングさんっ?」
 振り返ればいつの間にそこに立っていたのか、薄く微笑むロイの顔を見てハボックは目を見開く。驚きのあまり咄嗟に言葉が出ないハボックにロイが言った。
「こんなところにいて、大丈夫なのか?」
「あっ、はい。すんません、オレ……っ、あの……今何日の何時っスか?」
 ポリポリと頭を掻いて尋ねてくるハボックを、目を見開いて見つめたロイは次の瞬間プッと吹き出す。クスクスと笑われて顔を赤く染めたハボックに、ロイは何とか笑いを引っ込めて言った。
「今は夜中の二時だ。あれから一週間経つ」
「一週間っ?オレ、そんなに寝込んでたんスか?」
 信じられないと呟くハボックをロイはじっと見つめる。
「それだけ疲れが溜まってたんだろう」
 そう言ってロイはハボックの頬に手を伸ばすとそっと撫でた。
「ご、ご迷惑かけてすみませんでしたっ」
 その手から逃れるように一歩後ずさって、ハボックはペコリと頭を下げる。それから体を起こしロイを見つめて続けた。
「朝になったら帰ります。連絡したっていっても、あんまり休んだら首になっちまう」
 そう言うハボックにロイは薔薇を一本折って差し出す。驚いたように目を見開いたハボックの手を取り薔薇を握らせると、ロイは体を寄せて言った。
「ハボック、ここで私専属のシェフにならないか?」
「え?」
「ここで……ずっと私と一緒にいてくれ」
 そう囁く黒曜石に、ハボックは縛り付けられたように身動きできず、見開いた瞳でロイを見つめたのだった。


2012/05/30


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