アフ・チュイ・カック  第六章


 食事を終えて二人は連れ立って家の外へと出る。ハボックの後について歩きながらロイは村の中を見渡した。
「ジャンっ!」
 道を歩く二人の下へ小さな男の子が走り寄ってくる。ハボックは脚にしがみ付いてきた男の子の腕を解くと膝をついてしゃがみ込み男の子の顔を見て話しかけた。
「ヘンリー。もう具合はいいのか?」
「うん、ジャンが薬草とって来てくれたからだよ。ありがとう」
「どう致しまして。でも、まだムリしちゃダメだよ」
 ハボックがそう言って男の子の髪をなでたとき、ヒステリックに子供を呼ぶ声が聞こえる。
「ママが呼んでる、ヘンリー」
 だが、ヘンリーは困ったように母親の方を振り向いただけで行こうとはしなかった。
「ヘンリーっ!こっちに来なさいっ!!」
「行くんだ、ヘンリー」
 ハボックに促されて、ヘンリーは泣きそうな顔をするとハボックの頬に口付ける。
「ありがとう、ジャン。また遊びにいくからっ」
 ヘンリーは早口でそう言うと母親の元へと走っていった。自分のところへ来た子供を庇うようにしてハボックを睨みつけると、母親は子供をつれてそそくさと立ち去ってしまう。ロイは僅かに目を見開いてそれを見つめていたが不愉快そうに眉を顰めるとハボックに言った。
「おい、アレは昨日診療所にいた子供じゃないのか?」
「そうっスよ、元気になって良かった」
 立ち上がるとにっこり笑ってそう言うハボックにロイは思わず声を荒げた。
「お前が取ってきた薬草のおかげで治ったんだろうっ?礼の一つも言うべきじゃないのか?」
「言ってくれたでしょ、ヘンリーが」
「母親が言うべきだと言ってるんだ。当然のことだろう?それが、なんだ、あの態度はっ?」
 ちっとも怒った様子のないハボックにロイは苛々と言う。そんなロイにハボックは苦笑した。
「いいんスよ、ヘンリーが言ってくれただけで」
「お前…っ」
 カッとなったロイが言葉を重ねようとした時、通りの向こうから声がした。
「見るんじゃないよ、呪いがかかったら大変だからね」
「あの、やたらと綺麗な連れは誰だ?魔物じゃないのか?」
 それらの声のした方をロイが睨めば、バタバタと窓や扉の閉まる音がする。そのあからさまにハボックを避ける様子にロイはふるふると震えるとハボックを睨みつけた。
「お前はっ!あんなことを言われても平気なのかっ?呪術師は妖術遣いじゃないんだぞ。自然と大地の声を聞く者だ。それをあんな…っ」
 激昂するロイにハボックは困ったように笑うと言う。
「彼らを責めないでやってください」
「ハボックっ!」
 黒い瞳を怒りにキラキラと輝かせるロイを綺麗だと見つめながらハボックは言った。
「ねぇ、ロイ。人が生きていくためにはね、幸せだなって思えることが大事なんスよ」
 突然そんなことを言い出すハボックにロイは目を瞠る。
「幸せだって手っ取り早く思える方法は、自分より不幸せな存在がいればいいんです。あそこにあんな哀れなヤツがいる。それに比べれば自分はなんて幸せなんだろうって」
 ハボックはそう言うと小さく笑った。
「彼らにとってオレはより不幸な存在なんスよ。呪術師なんて忌まわしい力を持って、村人から疎まれて、誰も愛してくれることのない哀れな存在。オレがいることで彼らは自分が幸せだと思うことが出来る」
 だからいいんです、と言うハボックにロイは絶句したが、次の瞬間大声で怒鳴った。
「そんなバカなことがあっていいもんかっ!だったらお前はどうなるんだっ?誰かの幸せの為に不幸になっていいヤツなんていないんだぞっ!」
「でも、彼らには守るべきものがあるでしょう。それは家族だったり家だったり仕事だったりそれぞれだろうけど。その守るべきものの為にも彼らは幸せでありたいんですよ」
「だったら、お前は――」
「オレには失くすものも守るべきものもありませんから」
 だからいいんです、と微笑むハボックにロイは息を飲む。そんなロイの様子に気づいた風でもなくハボックが思いついたように言った。
「ああ、守りたいものならあるかな」
 そう言って愛しそうに目を細める。
「この村。オレはこの村を守りたい。村もこの村に住む人たちも」
 そんなことを言うハボックをロイは信じられないように見つめた。
「バカなことを…っ、お前にあんな態度を取るヤツらを守りたいだとっ?」
 怒りに震えるロイにハボックは苦笑する。
「オレはこの村が好きっスよ。父さんと母さんが出会ったこの村が。ばあちゃんが命がけで守ったこの村が」
 ハボックの言葉に尋ねるような視線を向けるロイにハボックが言った。
「最後の1年間、ばあちゃんが寝たきりだったのは、この村を悪しき魂から守って精も根も尽き果てたからだ。ばあちゃんが守った村をオレは守りたい。でも、オレにはばあちゃんのような力はないから」
 オレに出来る精一杯のことをするだけ、と言って笑うハボックにロイは胸が苦しくなった。
(あの男は強いヤツだった。強大な力で自然の力をねじ伏せこの村を守った)
 だが、とロイは思う。
(コイツも強い。何もかも受け入れてしまうだけの大きな心を持ってるんだ)
 ロイはこっちだと先に立って歩くハボックの背を見つめながら思う。
(誰よりも強くて誰よりも優しい)
 ロイは出会って間もないハボックと言う人間に心惹かれ始めていることに、まだ気がついてはいなかった。

「おはよう、カイおじさん」
 ドアベルをカランと鳴らして扉を開けると、ハボックは中へと入っていく。それについて中へと入ったロイは店の中を興味津々で見渡した。
「おはよう、ジャン。おや、そちらの綺麗なお兄さんは誰だい?」
 店の商品を出していた男にそう聞かれてハボックは困ったように笑う。
「あー、えと、彼はロイ。えー、あの――」
「訳あってハボックの所に居候する事になった。よろしく頼む」
「そうなのか。俺はカイ。ご覧の通り雑貨屋を経営しとる。よろしくな」
 そう言って差し出された手をロイは握り返した。
「おじさん、今日、オレに出来ること、ある?」
「だったら悪いがベンじいさんのところに行って屋根の修理をやってくれんか。だいぶ雨漏りしとるらしいんだ」
「ん、わかった」
 にこりと笑うハボックにカイが言う。
「ジャン、いるものがあるなら言っといてくれたら帰るまでに用意しとくよ」
「ありがとう、じゃあこれ、いるもの書いてきたんだけど」
 そう言ってハボックが遠慮がちに出したメモを受け取るとカイは頷いた。
「工具、借りていい?」
「ああ、裏の倉庫に置いてある。適当に見てくれ」
 頷いて出て行くハボックの背を見送ると、ロイはカイの顔を見る。
「ここへ来るまでの間に村人に会った。ここの連中はいつもアイツにあんな態度をとっているのか?」
 責めるようなロイの口調にカイは困ったように目を伏せた。
「俺はジャンが小さい時分から知ってるがね、思いやりのあるホントにいい子なんだ。だが、村の連中はジャンが呪術師の出だと言うだけで忌み嫌っとる」
「呪術師は自然と大地の声を聞く者だ。忌み嫌うような存在じゃない」
「きちんと理解できない連中が多いんだよ」
 カイはそう言うと深いため息をついた。
「ジャンがまだ十かそこらの時だ。旅人の一人が持ち帰ってはいけない玉石をこの村に持ち込んだ。それはかつて世の中を混乱に陥れた悪しき魂が封印されたもので、その玉石が持ち込まれたことでこの村は魔物の支配下に置かれる所だったんだ。それを阻止したのがジャンのばあさんでな、彼女のおかげでこの村は怖ろしい運命から逃れることが出来たんだ」
「だったら感謝こそすれ忌み嫌うなんておかしいだろう」
「彼女は確かにこの村を守った。だが、強大な力と言うのは恐れられる。村の連中はいつか彼女が村に危害を与えるような存在になるんじゃないかと恐れたんだよ」
「馬鹿なことを…っ」
 吐き捨てるようなロイの言葉にカイは頷く。
「全く馬鹿なことだ。だが連中は耳を貸さん。その上ジャンのことも…」
 カイはロイの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「どういった理由でアンタがジャンと一緒に住む事になったのかは知らんが、あの子はいい子なんだよ。だからもし出来ることならずっと一緒にいてやってくれ。ジャンがあんなに明るい顔をしているのを見るのは本当に久しぶりなんだ。アンタにこんなことを頼むのは間違っているのかも知れんが」
「頼まれるまでもなく一緒にいるつもりだ」
 ロイはそう言うとカイに聞く。
「倉庫と言うのはどこだ?」
「そっちのドアから出て裏へ回ってくれ。すぐ判る」
 ロイは頷くと商品の棚が並ぶ奥にあるドアを開いて外へと出て行った。


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