アフ・チュイ・カック  第三十八章


 心の望むまま求めあって、眠りについたのは夜が明ける頃だった。そのまま昼までうつらうつらとベッドで過ごした二人だったが、太陽が中天を過ぎた頃、ハボックがむくりと起き上がった。
「ハボ…?」
 突然離れたぬくもりにロイが不満げに声を上げる。ハボックはロイの黒髪をくしゃりと混ぜると言った。
「オレ、腹が減ったっス」
「え?」
 ぐぅぅっと腹の虫を鳴らすハボックをきょとんとして見上げたロイは、その情けない顔に噴き出してしまう。顔を赤らめるとハボックは言い訳するように言った。
「だって昨日は結局夕飯食ってないんスよ。風呂入ってそのままここに来ちゃったから」
「お前が連れてきたんだろう、服を着る暇もくれなかったじゃないか」
「んなこと言ったって…」
 ハボックは髪をくしゃりとかき上げると言う。
「だって、アンタが欲しかったんですもん」
 そう言って見下ろしてくる男くさい顔にロイはゾクリと背筋を震わせた。
「あ、また欲しくなってきた…」
そう呟いて圧し掛かってくるハボックをロイは慌てて押し返す。
「は、腹が減ったんだろうっ!」
「うん…でも、アンタも喰いたい…」
「もう喰うところなんて残ってないっ!!」
「えー、まだいっぱい残ってるじゃないっスか」
 こことか、こことか、と言いながらあちこちにキスを落とされてロイの息が上がっていく。
「ハ、ボ…っ」
 ロイが熱に潤んだ瞳でハボックを見上げた時、ハボックの腹がぎゅるるると音を立てた。
「あ、やっぱダメだ、腹減った」
 ハボックはそう言ってロイの肩口に突っ伏すとガバリと起き上がる。
「メシにしましょう。考えてみたら丸一日食ってないんスよ、オレら」
 ハボックはそう言うと勢いよくベッドから下りた。
「あ、そうか。昨日タオルいっちょでここに来たんだっけ」
 ハボックはベッドの周りのどこにも服がない事に首を傾げていたがポンと手を叩いて頷く。クローゼットから服を取り出すと手早く身につけ、ベッドの上で呆然とハボックを見つめているロイに言った。
「急いでメシ作りますからロイもはやく着替えて下りて来てくださいね」
 それだけ言ってバタバタと寝室を出て行ってしまうハボックを見送ったロイはハッとして熱を帯び始めていた自分の体を見下ろす。
「も…ハボックのバカっ!!」
 ロイは真っ赤になって叫ぶと枕をドアに投げつけたのだった。

 暫くして下りて行けばハボックがちょうどチャーハンの皿を両手にキッチンから出てくるところだった。
「お、ぴったり」
ハボックはそう言うとダイニングテーブルに皿を置く。
「も、とにかく腹減ったんで簡単で腹にたまるもんにしたっスから。夜は今夜こそちゃんと作りますからね」
 そう言ってにっこり笑うハボックにロイはムスッととして椅子に腰を下ろした。なんだか機嫌の悪いロイにハボックが心配そうに聞く。
「あの、どっか調子悪いっスか?昨日、オレ、随分好き勝手やっちゃったから…。一応ちゃんと慣らしてしたつもりだったんスけど、痛いとことかあります?あ、もしかして――」
「いいっ!もう言うなっ!」
 ロイは真っ赤になってそう怒鳴るとハボックを睨んだ。まったくそんなことを言われてどう答えろというのだ。確かに体はだるいし、大きな声では言えないが正直まだ繋がっているような気がする。だからと言ってそれを口に出来るほどロイは恥を知らないわけではなかった。
「それ以上言ったらもう二度としないからなっ!」
 キッと睨まれてハボックはシュンとうな垂れてしまう。ロイは1つため息をつくとスプーンを手に取った。
「温かいうちに食べるぞっ。私だって腹がすいてるんだ」
 そう言ってさっさと食べ始めるロイをハボックは上目遣いに見つめると、自分もスプーンを手に食べ始める。しょぼしょぼと食べているハボックをチラリと見るとロイはハボックに言った。
「食事の後は何かやることがあるのか?」
「え?…あ、洗濯くらい、っスけど。シーツ、洗わな、い、と…」
 顔を赤らめたロイにまたジロリと睨まれてハボックはモゴモゴと口ごもる。ロイはスプーンを置くと言った。
「なら食器は洗っておくからさっさと洗濯を済ませろ」
「あ、はい…」
 よくわけが判らないままハボックは頷くと食事を続ける。間もなく食事を済ませると後片付けをロイに任せて洗濯をしに部屋を出た。さして洗う食器もなかったのでロイの方はアッと今に終わってしまう。ソファーで本を広げて待っているとハボックがバタバタと部屋に駆け込んできた。
「終わりましたけどっ」
 そう言って「何事だろう」とロイを見る様子が飼い主の顔色を伺う犬を思わせてロイはくすくすと笑う。ソファーから立ちあがると不安げに首を傾げるハボックの手を取って言った。
「散歩に行こう。いい天気だ」
 そう言って微笑めばハボックの顔がパッと明るくなる。
「はいっ!」
 満面の笑みを浮かべて答えるハボックと指を絡めて手を繋ぐと家の外へと出た。雲ひとつない空は綺麗に晴れ渡りやわらかな風が吹いている。ハボックはロイの手を引くと言った。
「そこの丘の上まで行きましょうか」
「ああ」
 そう答えればハボックが優しく笑う。あそこに花が咲いているだの、あのさえずりの主はどの鳥かだの、そんな他愛もない会話を交わしながら緩い坂道を上っていく。ややあって小高い丘の上に辿り着けば眼下にはキラキラと輝いて流れる川の流れがあった。
「綺麗っスね」
「そうだな」
 ロイがチラリと見ればハボックは輝く川の流れを見つめている。その空色の瞳がゆっくりとロイの方を見ると柔らかく微笑んだ。
「アンタに会えてよかった」
 そう言うハボックにロイも微笑み返す。
「私も、お前に会えてよかった」
 そう言うとロイはポケットからメダルを取り出してハボックに差し出す。空色の瞳が嬉しそうに細められてハボックはメダルを受け取るとギュッと握り締めた。腕を伸ばせばロイがその中にすっぽりとおさまってハボックの胸に頬を寄せる。
 それぞれの腕が想う人の背に回されて。互いをギュッと抱きしめあう2人の周りを風が優しく吹き抜けていった。


2007/11/9


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