| アフ・チュイ・カック 第三十三章 |
| 夕食が出来たと呼びにいった時もハボックはまだ眠ったままだった。あまりに穏やかなその顔にふと不安を覚えたが、ハボックの胸がゆっくりと上下するのを見てカイはホッと息をついた。ハボックの側を離れたがらないロイの為に食事をトレイに載せて運んでやれば、ロイが微かに笑って見せた。 「お前さんも少し休んだ方がいいぞ、ロイ」 部屋を出かけにそう言えばロイはハボックから視線を離さずに答える。 「ああ、食事を済ませたら少し休むよ」 穏やかな声を聞きながらカイは部屋の扉を閉じた。 次の日。 そっと部屋を覗けばひとつのベッドで寄り添って眠っている二人の姿に小さく笑ってカイは扉を閉める。階下に下りて昨日と同じようにダイニングに腰掛けているミリアに話しかけた。 「おなかすいたろう、すぐ朝ごはんにするからな」 そう言ってキッチンに立つと、ミリアが椅子を降りて側にやってくる。じっと見つめてくる赤褐色の瞳を見返してその栗色の髪を撫でた。それから冷蔵庫からレタスとトマトを取り出すとレタスをわしわしと千切り、トマトを食べやすい大きさに切る。ミルクとパンを温めながら卵を取り出すと甘いスクランブルエッグを作った。 「ほら、食事にするぞ」 そう言って皿を手にダイニングへと行く。パタパタと軽い足音を立ててついてきたミリアがちょこんと腰掛けたその前に朝食の皿を並べてやった。黙々と食べるその幼い姿を見つめてカイはため息をつく。 「どうするべきなんだろうな、俺は」 考えてもすぐには出ない答えにカイは頭を振ると食事を始めたのだった。 その日の午後、ノックの音に家の扉を開ければ、村長と老医師、二人の村人、それとヘンリーの母親が息子の手を引いて立っていた。 「村のみんなを代表して話を聞きにきた。中に入れてもらえんだろうか」 カイは村長たちの顔を見、ヘンリーの顔を見て小さくため息をつく。 「ちょっと待ってくれ」 そう言って一度扉を閉めると2階に上がりハボックたちの部屋をノックする。細く開いた隙間から顔を覗かせたロイにカイは言った。 「話を聞きたいと言って村の連中が来ている。どうする?俺から全部説明していいか?」 そう聞けばロイは部屋の中をチラリと振り返って答える。 「ハボックはまだ眠ってるんだ。説明するのはカイに頼みたいが、私も側で聞いていていいか?」 「勿論だ。足りない部分やおかしいところがあったら言ってくれ」 そう言うカイにロイは頷くと一度部屋の中に戻る。眠るハボックの頬を愛おしそうに撫でると、額にひとつキスを落とし部屋を出てきた。カイはロイと共に下に下りると扉を開けて村長たちを中に入れる。 「ロイ!」 嬉しそうにそう呼ぶヘンリーにロイは微かに笑うと椅子に腰を下ろした。カイはもう一度2階に上がるとミリアの手を引いて連れてくる。 「その子は?」 老医師に聞かれてカイは少女の髪をなでて答えた。 「ミリアだよ」 「えっ?!」 驚く皆の顔を見回してカイは口を開く。 「全部話すよ。全部な」 カイは自分に言い聞かせるように言うと話し出した。ロイがハボックと住み始めたところから知っていることは全て。最後のア・プチとの戦いやミリアが子供になったいきさつはロイが補足して話した。 「ちょっと待ってくれ。だったらその魔物に村が襲われるようになった原因はミリアにあるんじゃないのか?ミリアがそのバケモノの封印を解かなければこんなことにはならなかった筈だろうっ!」 村人の一人が荒々しく立ち上がって怒鳴る。カイが辛そうに顔を歪めて何か言おうとした時、ロイが先に口を開いた。 「ア・プチの封印を解いたのは確かにミリアだが、その原因はそもそもお前達が作ったんだろう?」 「なにっ?」 睨んでくる村人をじっと見つめてロイは言葉を続ける。 「お前達はずっとハボックに何をしてきた?かつてこの村を守ってくれた呪術師とその孫であるハボックに何をした?ミリアはただ、自分の大切な幼馴染を守ろうとしただけだ。確かにその方法は褒められるものではなかったし、彼女自身、ハボックの愛を得たいが為に暴走もした。だが、それを全て彼女が悪いと責める資格がお前達にあるのか?」 ピシリと言いきられて皆俯いてしまう。ロイはミリアの髪を撫でながら言った。 「ミリアはもう、十分に罰を受けた。これ以上彼女を責める権利は誰にもない。そうだろう、カイ」 「ロイ…」 カイはロイの言葉に目を潤ませるとミリアの体を抱きしめる。その時、ヘンリーの母親が小さな声で言った。 「この子は目を離すとすぐにジャンのところに遊びに行っていたわ。私はそれが嫌だった。呪術師なんてなんだかとても恐ろしかったし、だからいつもジャンのところへは行くなと言っていた」 「呪術師は怖ろしい存在じゃない。大地と自然の声を聞く者だ」 ロイがそう言えば母親はひとつ瞬きして続ける。 「でも、この子は私の言うことなど聞かずにしょっちゅうジャンのところへ行っていて。その事を責めればいつも“ママは ジャンのことを知りもしないくせに”ってそう言って」 母親はロイの顔をまっすぐに見ると言った。 「今からでも遅くはないかしら。ジャンのことを知るのに遅すぎはしないかしら」 「ママ…!」 母親の言葉にヘンリーは嬉しそうに顔を輝かせる。母親は息子の体をギュッと引き寄せると言った。 「私達はもっとジャンの事を、呪術師のことを知るべきだわ。今度のことはずっとその一番大切なことから目を逸らし続けてきた私達が呼び寄せた災い。もう二度と同じ事を繰り返さない為には私達はもっと知らなくてはいけないんだわ」 ヘンリーの母親の言葉に村長と老医師も頷く。さっきまでミリアを責めていた村人も居住まいを正すとスマンと呟いた。 「時間はまだいくらでもある。何をするにも遅すぎるなんて事はない」 ロイはそう言って微笑む。 「それにきっとハボックも喜ぶ」 そう言うロイにカイもヘンリーも嬉しそうに笑った。 「ホントに何から何まで世話になっちゃって…」 あれから10日ほどが過ぎて、ハボックとロイはカイの家の玄関に立っていた。 「もっといたっていいんだぞ。まだ本当に調子が戻ったわけじゃないんだろう?」 カイがそう言えば、ハボックがロイの顔を見る。 「うん、でもロイがいるから」 そう言って互いの顔を見て微笑みあう二人にカイは言った。 「そうだな、もう一人じゃないんだったな」 カイは笑って言葉を続ける。 「何かあったらいつでもおいで。待ってるから」 「ありがとう、カイおじさん」 「そっちこそ何かあったら言ってくれ。私に出来ることがあれば」 そう言うロイにカイは僅かに目を瞠って、それから言った。 「そうだな、とりあえずはジャンを頼むよ」 「言われなくても」 「なんスか、オレが子供みたいじゃないっスか」 ちょっと拗ねたように言うハボックにカイとロイは笑みを零す。 「当座必要なものは揃えておいたつもりだ。何か足りないものがあったら言ってくれよ」 「ありがとう」 そう答えてハボックとロイはゆっくりと歩き出す。その背を見送っていたカイは袖を引っ張られていつの間にか側に立っていたミリアを見下ろした。 「今度、二人のところに遊びに行こうな」 カイはそう言ってミリアを抱き上げると家の中へと入っていった。 |
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