アフ・チュイ・カック  第二十章


「それでハボックを殺しに来たと言うのか、馬鹿なヤツらめ…っ」
 忌々しげに言うロイをちらりと見てハボックは言う。
「でも、そうしたらもう時間がないってことっスね」
「何かわかったか?」
 カイに聞かれてハボックは首を振った。ヘンリーがハボックを見つめて聞く。
「ねえ、ジャン。ボクも殺されるの?」
「まさか。殺させたりしないよ」
 ハボックは小さな体をギュッと抱きしめると言った。
「カイおじさん、何か気がついたことはない?どんな些細なことでもいいんだけど」
 子供をその腕にしっかりと抱きしめながらハボックが言う。だが、カイは力なく首を振った。
「判らん。殆んど抵抗もしないで殺されたようだったが。皆、信じられないと言うように目を見開いて…」
 そう言ってカイは口元を押さえる。ぐぅとせり出してくる吐き気を抑えるようにきつく目を瞑ると「すまん」と呟いた。
「殺されたのは誰だ?共通点はないのか?」
 それまで黙っていたロイが聞く。カイは思い出そうとするように宙を見つめながら言った。
「最初に殺されたのがベンじいさん。それからダンとアンナ。ジャックとかみさんのケイト。息子のイワンとヤンだ。共通点、共通点か…。特にこれといったものは思い浮かばんな。皆近所だったのとベンじいさんが殺された時見に来てたくらいか。そう言えばあの時ジャンに最初に石を投げつけたのはダンだったな。それからジャックのとこの一家が喚きたてて石を投げたもんだからみんな興奮しちまって…」
「だったら今回ハボックを殺しに来たヤツらに気をつけろと言ってやるんだな」
 なんでもないことのようにさらりとそう言うロイにカイは目を瞠る。
「ジャンを攻撃した連中を狙ってるというのか?」
「今、お前が話した中で判る共通点と言ったらそれだけだろう?だからそう言ったまでだ」
 カイはロイの言葉に信じられないと言う顔をするハボックを見た。その不安に揺れる瞳に幼い頃のハボックの姿を思い出して、カイはフッと笑う。立ち上がってハボックの金髪をかき混ぜると言った。
「そんな顔をするな、ジャン。とにかく俺は村に戻ってみんなに注意するように言おう。だからお前は少しでも早く調べてみてくれ」
 カイはそう言って持ってきた袋を差し出す。
「当面の食料と毛布が入ってる。今度来る時にはまた何か持ってくるが必要なものがあるか?」
 そう聞かれてハボックはふるふると首を振った。
「ありがとう、カイおじさん。でも、今、村に戻ったら危ないんじゃ…」
「ロイの見立てが間違ってなければお前に危害を加えたことのない俺が襲われる確率は少ないだろう。大丈夫、言っただろう、逃げ足には自信があるって」
 カイがそう言ったとき、ハボックの腕の中にいたヘンリーがその腕から抜け出して言う。
「ボクもカイおじさんと一緒に行くよ」
「ヘンリー?!」
「ボクにだって出来ること、あるかもしれないし」
「ヘンリー、何もムリして俺と一緒に来る必要はないんだぞ。ここでジャン達といれば少なくとも安全だ」
「だって、カイおじさんが襲われないんでしょ?だったらボクも平気だよ。それにボク、少しでもジャンの役に立ちたいんだ」
 そう言って笑う子供にカイも笑いかけた。
「そうか、だったら一緒に行こう」
「カイおじさん、ヘンリー」
 ふらりと立ち上がった長身の青年の背中をカイはバシンと叩く。
「何て顔してるんだ。大丈夫、俺達を信じろ」
「そうだよ、ボク達なら大丈夫」
 笑う二人にハボックはくしゃりと顔を歪めるとカイのことを抱きしめた。
「なるべく早く方法を見つけるから。ムリしないで」
「ああ、お前もムリするんじゃないぞ」
 カイはそう言うとヘンリーの手を引いてもと来た道を歩いていく。サキコショルがふわりと舞って二人の後を追いかけていった。暫くして、火のそばに座っていたロイが立ち上がるとハボックの顔を見つめて言う。
「ハボック。もう迷っている場合じゃないだろう。私に聞け。すべて教えてやる」
「ロイ…」
 見つめてくる黒い瞳を見返して、だが、ハボックは首を振った。
「ハボック、お前、いい加減に―――」
「判ってますっ!アンタに聞くのが一番だって事くらい…」
「だったら――」
「オレはアンタの辛い顔なんて見たくないんだっ!」
 そう叫ぶハボックにロイは目を見開く。
「アンタに聞けば手っ取り早いでしょうよ。でも、そのためにはアンタの辛い記憶、全部掘り起こさなくちゃならない。こんな洞窟で眠りにつくしかないくらい辛い記憶なんでしょ?今でも夢でうなされるくらい。こんなの、オレの自分勝手な我が儘だって判ってる。こんな我が儘言ってるうちにどんどん人が殺されるかも知れないのに…。でも、オレは嫌なんスよ。アンタが傷つくのがっ!」
「そんなこと、気にする必要ないだろう。お前は私の契約者で主だ。私の気持ちなどいちいち気にする必要など――」
「アンタが好きなんスよ…っ!」
 呻くように告げられた言葉にロイは呆然として立ち竦んだ。ハボックは両手で目を覆うようにして囁くように言う。
「アンタがオレの側にいてくれるのは契約があるからだし、アンタには今でも忘れられない人がいるのも判ってます。だから、ただ側にいてくれるだけで満足しようって、今まで誰もオレの側にいてくれる人なんて居なかったから、もうそれだけで十分だって言い聞かせてきた。オレはアンタが好きだからアンタのこと、ほんの少しでも傷つけたくない、アンタを守りたい、こんなの、独りよがりの我が儘だってわかってますけど…っ、でもっ」
 ロイは少しずつ大きくなるハボックの声をただ呆然と聞いていた。ハボックは目を覆っていた手を下ろすと、1つため息をつく。そうして驚きに見開かれたロイの瞳を見つめると言った。
「すみません。こんなの、アンタには迷惑っスよね。何、興奮して口走ってんだろ…言うつもりなかったのに。」
 ごめん、と呟いて俯いたハボックは視線の先のロイの手が震えている事に気がつく。顔を上げてロイを見れば泣きそうな顔でハボックを見つめていた。
「ロイ…」
「お前はいつも私には関係ないってそう言ってばかりいたじゃないかっ」
「ロイ?」
「いつだって笑って私を拒絶してっ!間に見えない壁作って、私には関係ないって…っっ!」
 大声を上げるロイを驚いて見つめていたハボックは、その黒曜石の瞳がぽろりと涙を零すに至って慌てて手を差し伸べる。だが、その手をどうしていいか判らずにおたおたとするハボックの腕の中にロイが飛び込んできて、ハボックは固まってしまった。
「ろ、ろいっっ?!」
 裏返った声でそう呼べば腕の中のロイが一層体を摺り寄せてくる。あげた手をどこに置けばいいのか困りきっているハボックにロイはハボックの胸に顔を埋めて言った。
「私もお前が好きだ…」
「…え?」
「好きだと言ってるんだっ!」
 なんて鈍いんだっ、と脚を蹴りつけてくるロイをハボックはなんとか押し留めて言う。
「アンタ、オレが好きだって言ってる意味、判ってますか?」
 困ったような期待するような、そんな色を浮かべる瞳にロイは笑った。
「判ってるさ。こういう意味だろう?」
 そう言ってハボックの首に手を回すと顔を近づける。唇を軽く合わせると言った。
「こういう意味だろう?違うのか?」
 縋るように見つめる黒い瞳にハボックは呟く。
「違いません。でも、アンタ、好きな人が――」
「今私が好きなのはお前だ!なんで判らないんだっ!」
 苛々と怒鳴って睨みつけてくるロイを呆然と見つめていたハボックは、数度瞬くとロイに聞く。
「ほ、んとに?」
「こんなことでウソを言って何になるんだ」
 怒りと少しの不安でキラキラと輝く瞳を綺麗だと、頭の片隅でぼうっと考えていたハボックはほうっと息を吐くとロイを抱きしめた。
「うそみたい…」
「うそなもんか」
 不機嫌そうな声が胸元から聞こえて、ハボックは腕を緩めるとロイの顔を見て微笑む。
「キスしても?」
「聞くな、そんなこと…っ」
 頬を染めて言うロイにハボックはもう一度微笑むとその唇に己のそれを寄せた。恐る恐るチュッと口付けると細い体を抱きしめる。深く合わさってきた唇にロイもハボックの体を抱きしめた。
「ん…んふ…」
 舌をきつく絡め取られ散々に口中を嬲られる。含みきれない唾液がロイの唇から銀の糸となって零れ落ちる頃、ロイの体からはすっかり力が抜け落ちて、がくりと膝が抜けた。
「っと」
 慌ててロイの体を支えるとハボックはロイを抱きしめる。その逞しい胸に頬を寄せて、ロイはうっとりと微笑んだ。
「あ…やべぇ…」
 ぼそりと呟く声に顔を上げればハボックが困ったような顔をしている。ロイは腰に当たる感触に気づいて、目尻を染めながら、それでもはっきりと言った。
「私は構わないぞ」
 だが、ハボックは苦笑すると首を振る。
「ヤですよ、そんな勢いみたいなの。オレはアンタを大事にしたいし、それに…」
「今はそんなことしてる場合じゃない?」
「まあ、有り体に言えば。それにオレ、アンタに触れたらきっと歯止めが聞かないと思うし」
 拙いでしょ、いくらなんでも、と笑い混じりに言うハボックにロイは顔を紅く染めた。ハボックはそんなロイをそっと抱きしめると囁く。
「何もかも終わったらきっと、アンタをオレのものにしますから」
 そう言って笑う男くさい顔にロイの心臓がどくりと跳ねた。
「…約束しろ」
「はい」
 ハボックはそう答えて唇を重ねる。誓いを立てるように深く深く口付けを交わしたのだった。


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