| アフ・チュイ・カック 第十六章 |
| 扉を叩く音に答えて開ければそこには袋を抱えたカイの姿があった。 「こんちは、ジャン」 「カイおじさん。どうぞ、入ってください」 言われて中に入ったカイはロイの姿が見えない事に眉を顰める。 「ロイはどうした?」 「2階にいます。昨日、ケンカしちゃって…」 そう言ってハボックはカイに椅子を勧めるとコーヒーを落とし始めた。 「例の心当たりのことか?」 「ええ、教えてくれって頼んだんスけど、絶対にイヤだって」 そう言って目を伏せるハボックにカイは小さくため息をつくと、袋の中身をテーブルに空ける。 「とりあえず思いつくものを持ってきた。今はあまり出歩かん方がいいだろう」 「すみません、いつも。気を使ってもらって…」 カイは恐縮するハボックの背を叩くと笑った。 「ジャン。そういうときは『ありがとう』と言うんだ。それにお前さんは俺にとって家族みたいなものだからな。別に気をつかってるわけでもなんでもないさ」 「カイおじさん…」 ハボックはカイの言葉に心底嬉しそうに笑う。カイはそんなハボックに頷くと表情を引き締めた。 「それで、何か判ったのか?」 「まだ全部調べたわけじゃないんで」 ハボックはそう言うとコーヒーのカップと一緒に数冊の本を持ってくる。 「最初はばあちゃんが封印したヤツが、何かのきっかけで戻ってきたのかと思ったんスけど」 ハボックは言いながら本を広げた。 「なんか読んでると感じが違うんですよね。ベンじいさんのところに残ってた気配みたいなものと、この本から感じられるものと、それに何よりリンが殺された時に見たアイツとは違う気がする」 「お前さんがそう思うのなら間違いないだろう」 カイはそう言いながらコーヒーを啜る。 「お前のそういう勘はばあさん譲りだろうからな。信じていいと思うぞ」 カイの言葉にハボックは頷いて言った。 「それに、ロイが知っているってことはここ10数年の話じゃないと思うんスよ。はっきり聞いてないけど、ロイは随分長い時間眠っていたみたいだ。もしそうならばあちゃんが封じ込めたアイツのことは知らないと思うし」 ハボックはそう言うと考え込むように唇を噛み締める。それからカイの顔を見ずに言った。 「ねぇ、カイおじさん。オレ、無理矢理にでもロイから知っていることを聞き出した方がいいんでしょうか」 視線を自分の膝の上の手に落としたままハボックは言葉を続ける。 「ロイはずっと昔、とてもつらい目に会ったらしいんです。ここに来てからも夢で魘されるくらい辛い目に。きっと眠りについていたのだってそんな記憶を封じ込めてしまいたいからなんだろうに。それなのにオレがロイを目覚めさせてしまって…。ロイが知っていることはきっとロイの辛い記憶に繋がってる。ロイが言いたくないというものを契約を振りかざしてまでムリに言わせることがいいのか、正直オレには判らないんスよ」 「ジャン」 ハボックは視線を上げると苦々しく笑った。 「村に大変なことが起ころうとしているのに、何言ってるんだって思ってるでしょうね。呪術師の血を引く者として、どうして村を守る為に必要なことをするのを躊躇うんだって。でも、オレ…」 ハボックは両手で顔を覆うと呟く。 「ロイを傷つけたくない…。守りたいんです。ロイに会う前はオレに失って怖いものなんて何もなかった。ただ村を守っていければいいんだって、それがオレがここにいる理由なんだってずっと思ってた。でも、オレ、ホントは欲しかったんスよ。守るものが。失いたくないって思うほど大切なものが。ロイがここにいるのは契約の為だけだとしても、それでもオレはロイを守りたい。傷つけたくない…っ」 カイは吐き出すようにそう言ったハボックを息を飲んで見つめていた。それからフッと笑うとハボックの肩を抱きしめる。 「ジャン、俺はそれを聞いて安心したよ」 「カイおじさん?」 「お前はいつだって聞き分けのいい顔をして、どんな酷い仕打ちを受けても笑って赦してしまって…。俺にはいつもそんなお前が何もかも諦めてしまっているように見えて心配だったんだ。だが…よかった、ロイが来てくれて本当によかった…!」 カイはそう言うとハボックに向かって笑った。 「いいさ、お前さんがやりたいようにすればいい。ロイからムリに聞き出したくないというならそれで構わん。お前のばあさんが残した本を調べれば、ちょっと時間はかかるかもしれんがきっと何か判るだろう。それまでは互いに身の回りに気をつけていればいい。だからお前がやりたいようにしなさい」 「…ありがとう、カイおじさん」 カイの言葉に安心したように笑うハボックの背をバンッと叩いてカイが言う。 「そうとなったらこの本だ。よし、さっそくいろいろ調べて…って、こりゃ全部古代文字で書いてあるのか?俺にはとても読めんな」 困ったようにそう言うカイにハボックはくすりと笑うと本を手に取った。 「オレが調べますから大丈夫っスよ」 「そうか、すまんな。俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」 すまなそうに頭をかくカイにハボックは頷く。カイは椅子から立ち上がると言った。 「とりあえず、俺は村の様子を見てこよう。何か変わったことがあるかもしれんし」 「ええ。でも気をつけて、カイおじさん」 「大丈夫だ。逃げ足には自信がある」 カイはそう言って笑うと家を出て行く。その背を見送るとハボックは腰を下ろし、再び本に目を通し始めた。 時計の音だけが響く中、一心不乱に本を読んでいたハボックはふと気配を感じて振り返った。そこに立っていた細い姿に優しく笑う。 「ロイ」 ハボックは立ち上がるとロイに聞いた。 「おなか空いたでしょう、昨日のスープでよければありますよ」 そう言ってキッチンに行こうとするハボックの腕をロイが掴む。 「ロイ?」 ロイは黒い瞳を苦しげに細めると言った。 「ハボック、お前がどうしても知りたいと言うなら…」 ロイはそう言ってハボックをじっと見つめる。 (教えて、そうして私が守ればいい。ハボックがこの村を守りたいと言うなら、私はハボックを守るだけだ) そう思ってロイが更に言おうとした時、ハボックの手がロイの肩に置かれた。そうして緩く首を振るとハボックは言う。 「いいんです。ムリを言ったオレが間違ってました。だからその事はもう忘れてください」 「え?」 「それを言うには辛いことも話さなきゃならないんでしょう?ごめんなさい、もう無理、言わないから」 ハボックはそう言うとロイを見下ろして笑った。 「大丈夫、調べればきっと判るし、だから心配しないで」 ハボックは安心させるようにロイの手を叩くとキッチンに行ってしまう。ロイはハボックの背を見つめながら顔を歪めた。いつもいつも、ハボックは自分と距離を置こうとする。優しい言葉で自分との間に見えない壁を作ってしまうのだ。 (どうして…私ではお前の力にもなれないということか?) かつて、誰よりも守りたいと思っていた存在も最後の最後には自分を突き放した。そうして自分を置いて一人で行ってしまった。 (好きなのに) そう告げることが出来たら何か変わるかもしれない。だが、そう告げたことで今この居場所すら失ってしまったら。 (せめて私にお前を守らせてくれ) (何もせずに失う不幸を、再び私に味あわせないでくれ) ハボックの背を見つめながら、ロイはどうすることも出来ずにただ立ち尽くしていた。 |
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