アフ・チュイ・カック  第十五章


 翌日、食料品やら雑貨やらを詰めた袋を手に家を出ようとしたカイは、2階から下りて来たミリアに呼び止められた。
「どこに行くの、父さん」
「ジャンのところへ必要なものを届けにな。今、あまり村の中を歩き回らんほうがいいだろうから」
 そう言うカイにミリアは眉をひそめる。
「どういうこと?」
「ベンじいさんが死んだのは知ってるだろう?昨日、ジャンと一緒に様子を見に行ったんだが」
 カイはベンじいさんの家で村人がハボックにした仕打ちを簡単に話して聞かせた。話を聞くうちにミリアの顔が段々と険しさを増していくのにカイは苦く笑う。
「そんな顔をするな。幸い先生が皆に言ってくれて収まったようだし、連中だって頭が冷えてくればジャンがそんなことをしたなんて考えるのは馬鹿なことだと気づくだろう」
 だが、ミリアはカイの言葉など聞こえなかったかのように低い声で聞いた。
「誰がやったの?そこにいたのは誰?」
「誰って…あの近くに住んでる者は殆ど来てたな。ダンとそのかみさんのアンナと、ジャックのとこは家族みんなで来てたし…。だがあの時は皆、異様な事件に興奮しておかしくなってたから、もうあんなことはしないだろう」
 カイはそう言うと家の扉を押し開けながら言葉を続ける。
「とにかく、ジャンのところにある本で何か判ったかも知れない。話をしてくるから少し遅くなるが、お前も一人でふらふら出歩くなよ」
 そう釘を刺してカイが出かけた後、一人残されたミリアはギリと唇を噛み締めた。
「赦さない…」
 低い呟きはミリアのものとは思えぬほどしわがれ、そうしてその赤褐色の瞳が赤みを増して輝いたのを見たものは誰もいなかった。

「くそ…まったく胸糞悪いぜ」
 ダンはそう呟くと、家の裏手に積んであった小麦の袋をもちあげる。
「絶対アイツがやったに違いないんだ」
 そう言いながらダンはすぐ隣のベンじいさんの死に様を思い浮かべた。まるで雑巾のように絞られた体は無残にも引きちぎられ、とても人間業とは思えない。
「アイツのばあさんは力のある呪術師だった。アイツ…ジャンにだって同じような力があるに決まってる。自分を蔑ろにしていたベンじいさんを恨んで殺したに違いないんだ。それなのに…」
 診療所の老医師も雑貨屋のカイもどうしてジャンの肩を持つんだ、不満そうに鼻を鳴らしてダンがふと射した影に視線を上げると、そこには雑貨屋の娘、ミリアが立っていた。
「ミリアじゃないか、何か用か?」
 ダンはそう聞いたがミリアは何も言わずにダンを見つめている。その瞳が酷く赤いような気がして、ダンは思わず一歩後ずさった。
「ミ、ミリア…?」
「みんなしてジャンに石を投げつけたんですって?酷い事するのね」
「いや、だって、お前、ベンじいさんの死に方を見たか?あんなことが出来るのはこの村じゃアイツしかいないだろうがっっ!!」
 叫んだ言い訳に何の反応も示さないミリアにダンは必死に言い募る。
「このままにしておいたらきっとこの村の連中を皆殺しにするに違いないんだ。今のうちに始末しておかないときっととんでもないことになるっ!」
 ダンはそう言うといい事を思いついたと言うように顔を綻ばせた。
「そうだ、ジャンはお前の父さんのところに出入りしてたな。手を貸さないか?お前だって死にたくないだろう?何か飲み物に毒を混ぜてジャンに飲ませるんだ。そうすれば一件落着だ。な?お前もお前の父さんも助かるんだ。悪い話じゃないだろう?」
 へらへらと笑う男にミリアは低い声で言う。
「ジャンはいつだって村のことばかり考えてた。アンタたちみたいな酷い連中ばかりのこの村のことを。ジャンのおばあちゃんが呪術師だったってコトだけで、アンタたちはいつだってジャンに酷い事ばかりして…。今度は殺せですって?よくもそんなことが言えるわね、この、恥知らずっ!!」
 ミリアはずいとダンに近づいた。
「ジャンが赦しても私が赦さないわ。これからは私がジャンを守るのよ。私にはその力がある。アンタたちなんてみんなみんな死んでしまうといいっ!!」
 ミリアがそう叫ぶのを驚いて見つめていたダンは自分の体がゆっくりと捩れていっている事に気がついた。膝から下が右によじれていき、腰から上が左に捩れていく。激しい痛みと共に自分の顔が絶対不可能と思える方向に捻じ曲がっていくのを、ダンは呆然と感じていた。
「ひ…」
 ブチブチと何かが切れる音がして。
 それが自分の肉が引きちぎられる音だと気づいた時、ダンの体は血しぶきを上げて千切れていった。

「ちょっと、ダン!小麦の袋1つ持ってくるのに一体どれだけ時間がかかってるのよ」
 アンナは待てど暮らせど帰って来ないダンに痺れを切らせて家の外へと出る。途端に鼻をついた匂いに顔を顰めた。
「なによ、この匂い…」
 つい最近嗅いだことのある匂いに、それがなんだったかと必死に思い出そうとする。家の周りを回って裏手に出たアンナはそこらじゅうに飛び散る血に立ち竦んだ。目玉が飛び出るほど見開いた目にその血溜まりの真ん中に立つスラリとした姿が映る。その背がゆっくりと振り向いた時、アンナはぺたんと尻餅をついた。
「ミリア…」
「アンタもジャンに酷い事、したの?」
 そう聞かれてアンナは必死に首を振る。
「しっ、してないっ!してないわっ!!私はただダンやジャックたちがジャンに石を投げつけるのを見てただけよっ!!」
 そう叫びながら尻で後ずさるアンナを紅く光る目で見つめてミリアが言った。
「止めなかったのなら同罪よ。死になさい」
 そう言ったミリアの唇の端がうっとりと持ち上がる。更に濃い血の匂いが立ち込め、そうしてそこにはただの肉塊と化した血まみれの体が取り残された。


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