| アフ・チュイ・カック 第十四章 |
| 「痛むか?」 手当てをしていたカイは顔を歪めるハボックに聞いた。ハボックは微かに首を振って小さく笑う。 「大したことないっス」 そう答えるハボックにロイは消え入るような声で言った。 「ゴメン…」 「ロイが謝ることないっスよ」 オレが勝手に抱きしめたんだし、と言うハボックの両手は火傷であちこち膨れ上がり、腕はシャツのおかげでそこまでは酷くならなかったもののそれでも赤く腫れ上がっている。唇を噛み締めるロイの髪を宥めるように撫でるハボックにカイが口を開いた。 「ジャン、教えて欲しいんだが」 厳しい声でそう言うカイをハボックは見つめる。不安そうに見上げるヘンリーの顔と交互に見つめてハボックは言った。 「ロイは精霊なんです。焔と気体を統べる精霊」 「精霊?魔物とは違うの?」 「精霊はね自然の中に息づいている存在でね、水を司るものや大地を司るものや色んな精霊がいるんだ。ロイは焔と気体を司る精霊でその中でももっとも大きな力を持った精霊王なんだよ。魔物みたいな悪しき存在じゃないんだ」 ヘンリーは目をまん丸に見開いてハボックの言葉を聞いていたがロイの顔を見ると呟くように言った。 「ただのエラソーなサボリ魔じゃなかったんだ」 「なんだとっ」 子供の言葉にムッとするロイにカイはぷっと吹き出してしまう。じろりと睨んでくるロイに手を振ってカイは笑いを引っ込めると言った。 「ロイがその精霊だとして、それじゃあなんでジャンの家に?」 ハボックはロイの顔をちらりと見ると答える。 「契約を結んでしまったから」 「契約?」 聞き返されてハボックは頷いた。 「1ヶ月ほど前、ヘンリーが病気になった時、オレ、山に入ったでしょ?あの時偶然ロイが眠っている洞窟に迷い込んでしまったんです。そこでたまたま契約に必要なメダルを見つけて、わけも判らずに壁に書いてあった古代文字を読んだらそれが契約の文言で…」 ハボックはそこまで言ってロイの顔を見る。 「契約したからにはオレが主だからって。オレの命が尽きて契約から解き放たれるまでオレの側にいると言ってロイはここに来てくれたんです」 ハボックの言葉を聞いてカイとヘンリーはロイをしげしげと見つめた。 「精霊って人間とあんまり変わらないんだねぇ」 「精霊の話は子供の頃に聞いたことがある。だが本当に存在していたなんて…」 頭を振りながらカイはそう言うとロイに尋ねる。 「さっき木が燃えたのも柵が燃えたのもお前さんがやったんだな?」 「ゴメン…ハボックへの酷い仕打ちを見たら頭に血が上って暴走した」 俯き加減にそう言うロイをカイは暫く見つめていたがやがてゆっくりと息を吐いた。 「この一ヶ月、アンタを見ていて俺はロイがウソを言っているともましてや悪しき存在だとも思いはしない。だがなもしロイのことが村の連中にばれたら…」 「ハボックが私を使ってあのじじいを殺したと疑いをかけられる?」 「そうだ」 重々しく頷くカイにロイが聞く。 「ベンじいさんはどうやって殺されてたんだ?」 そう聞かれてカイはハボックと顔を見合わせて答えた。 「体をねじ切られていた。まるで巨大な手が雑巾を絞るようにな」 「残念だが私にはそういう力はないぞ」 「しかし、村の連中はそうは思わんだろう」 カイに言われてロイはむぅと黙り込む。そんなロイにヘンリーが聞いた。 「そういう力を持った精霊はいないの?」 「精霊は人間に害を与えん。人間が愚かなことをしない限りは」 「ベンじいさんがオロカナことをしたとか」 そう言う子供をロイは呆れたように見る。 「お前、結構酷いこと言うな。あのじじいが好きじゃなかったのか?」 ロイに聞かれてヘンリーは小さな声で答えた。 「…だって、ベンじいさん、いっつもジャンに酷いことばっかりしてた。ジャンは何も悪くないのに。死んじゃったのは可哀相だけど、でもきっとバチが当たったんだよ」 「お前…」 視線を落としてそう言う子供をロイはじっと見つめる。それからその細い体を引き寄せるとそっと抱きしめた。 「そんなことを出来る力のある精霊は今では皆、眠っているし、いくらあのじじいが愚かでも命を奪うようなことはしないだろう。だとすればあと考えられるのは…」 「心当たりがあるんスか、ロイ?」 「ないことはないが、しかし…」 はるか昔、誰よりも愛していた存在を奪った悪しき魔物。だがそれは彼が命を賭して封じ込めたはずだ。 「心当たりがあるなら教えて下さい」 ハボックの言葉にロイはギクリとしてハボックを見る。 「…教えたらお前はどうする気だ?」 「オレに出来ることをします」 「お前には魔物を封じ込めることが出来るような力はないだろう?」 「でも、何かできるかもしれない」 「ダメだ」 ロイはヘンリーの体を離すと立ち上がった。 「お前達に危害が及ぶかもしれないと言うならお前達のことは守ってやる。それで充分だろう?」 「他の人たちは?」 「必要ない」 「ロイっ!」 「ダメだっ、絶対にダメだ!!」 ロイは抱きしめた体から命が消えていくあの感覚を思い出してぶるりと体を震わせる。もう二度とあんな思いはしたくない。 「お前には絶対に教えない」 ロイはそう言うと家を飛び出してしまう。後を追おうとしたハボックの服の裾を小さな手が掴んだ。振り向いたハボックの目に不安そうな子供の顔が映って、ハボックはヘンリーの前にしゃがむとその手をそっと握り締める。 「大丈夫。何も怖いことないから。オレが何とかするから何も心配しないで」 そう言ってハボックはにっこり笑うと子供の頭をくしゃりとかき混ぜた。それからカイを見ると言う。 「ロイが教えてくれなくても家にあるばあちゃんの本で調べてみます。何かわかるまで充分気をつけて下さい。それからロイのことは――」 「判ってる、誰にも言わんよ」 「ありがとう」 ハボックは小さく笑うと子供の体を安心させるようにギュっと抱きしめた。それから立ち上がると家の外へと出て行った。 カイの家を出て暫くの間ロイの姿を探していたハボックだったが、どうしてもその姿を見つけられず家へと戻る。家の扉をあけて中へと入ったハボックはロイがリビングの中ほどに立っているのを見つけた。 「ロイ、戻ってたんですか」 ハボックはそう言うとロイに近づいていく。その肩に手をかけるとロイの体を振り向かせた。 「ロイ、何か知ってるなら教えて下さい。オレにはばあちゃんみたいな力はないかもしれないけど、でも何もしないでこのまま手をこまねいているなんて出来ないでしょう。」 「ダメだ」 「ロイっ、お願いだから――」 「嫌だっっ!!」 ロイはそう叫ぶとハボックのシャツの襟元を握り締める。 「教えたらお前は何をする気だ?自分に危険が及ぼうともアレを倒そうとするんだろう?お前に散々酷いことをしてきた村の連中のために。あんな連中、死のうがどうしようがほっとけばいいだろうっ!」 「ロイっっ」 「イヤだっ!お前にもしものことがあったら私は…っ」 ロイはハボックの胸に顔を埋めた。 「お前を失うことにでもなったら私はっっ」 「ロイ…?」 ハボックは縋りついてくるロイを驚いたように見下ろす。どうしてよいか判らずにその肩にそっと手を置いて、ロイの体が震えていることに気がついた。 「ロイ?」 気遣うような声音にロイは震える息を吐く。ゆっくりと顔を上げた視線の先に捕らえた空色の瞳に、それを失う恐怖を思って心臓を冷たい手でギュッと鷲掴まれたように思った。 「…お前がどうしてもこのままにしておけないと言うなら私が何とかする。お前は契約の名の下に私に命じればいい。あの魔物を倒して来いと」 「それは出来ません」 「どうして?簡単だろう、たった一言言えばいいことだ。お前が望めば私はなんだってするぞ」 そう言って見上げてくる黒い瞳にそれを望む強い意志を見つけながら、それでもハボックは首を振る。 「出来ません」 「どうしてっ?どうしてだ、ハボックっ?!」 「これはオレの問題だから」 「私には関係ないというのか?」 「そうです。それに…」 ロイを危険な目にあわせたくない、ハボックはロイを見つめてそう思った。だが、ロイは関係ないと言われたことで深く傷ついていた。 「ロイ、知ってることを教えて――」 「イヤだ。どうしても聞きたいなら言えばいいだろう、教えてくれではなく、教えろ、と」 そう言われて息を飲むハボックの手を振り払うとロイは2階へと駆け上がってしまう。バタンと閉じた扉に背を預けるとずるずると座り込んだ。 「ハボック…ハボック…っ」 (好きだ好きだ好きだ) ぎゅうと抱きしめる体とともに溢れる想いも抱きしめる。いっそこのままハボックと二人でこの村を出て行ければ、そうして二人きりで暮らしていけたらいいのにとそう思うと同時に、そんなことは決してできるはずがないのだという現実がロイに重く圧し掛かった。 (出会わなければよかった…) ロイの中の激しい恋情と絶望を現したかのように、外では叩きつけるような雨が降り続いていたのだった。 |
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