アフ・チュイ・カック  第十三章


 ベンじいさんの家に着くと家の周りには大勢の人が集まっていた。カイはハボックを振り向くと言う。
「ジャン、俺の側にいろよ」
 こんな状況下ですら自分のことを気遣ってくれるカイの言葉にハボックは僅かに目を見開いた。泣きそうに目を細めると小さく頷くハボックを連れて、カイは診療所の老医師の側へと向かう。
「先生!」
 人垣の間から声をかければ、初老の男が振り向いた。カイとハボックが側まで来ると口を開く。
「カイ、来たのか」
「ああ、先生、ベンじいさんが死んだって、殺されたのか?」
「うむ、殺されたと考えるしかないだろうが…」
 口ごもる老医師にカイとハボックは問いかける視線を向ける。
「どういった力が働いたのかさっぱり判らんのだ」
「というと?」
「体がねじ切られたようになっとる」
「ねじ切られた?」
 顔を見合わせるカイとハボックに老医師は言う。
「大きな手がベンじいさんの頭と足を掴んで雑巾を絞るようにねじ切ったとしか思えんのだ」
 医師の言葉にハボックは目を瞠ると尋ねた。
「中に入ってもいいっスか?」
「構わんが気持ちのいいもんじゃないぞ」
 そう言われて、だが二人は家の中へと入る。ムッと立ち込める血の匂いに顔を顰めながら寝室へと入っていけば部屋中に血が飛び散っていた。
「凄いな…」
 呻くように言うカイを置いてハボックはベッドに近づくとかけられていたブランケットをめくる。現れた無残な姿にハボックは息を飲んだ。
「酷い…」
 よろりとよろめくハボックの体を支えてカイが言う。
「大丈夫か、ジャン」
「誰がこんなことを…」
 到底人の死としては甘受できないようなむごい死に方をした老人の骸を前にハボックはギュッと唇を噛み締めた。その死に様にかつてのリンの死を思い起こして、ハボックは恐怖に手足が冷えていくのを感じていた。

 ハボックが家の外に出ると、家の周りを取り囲んでいた村人達がざわりとざわめいた。ハッとしてうつむき加減だった顔を上げると、村人達が恐れと嫌悪の表情でハボックを見ている。
「アイツがやったのかもしれない」
「ベンじいさんはアイツのことを嫌っていたからな、きっとそうだ…っ」
「アイツだ、アイツがベンじいさんをっ!!」
 膨れ上がる声に言葉も見つけられずに立ち尽くすハボックの後ろから出てきたカイが村人達の声に慌てて大声をあげた。
「何をバカなことを言ってるんだっ!ジャンがそんなことをするはずがないだろうっ!!」
 カイは村人達の顔を見回して言葉を続ける。
「大体ベンじいさんの遺体を見たのか?あんなの人間に出来るわけが――」
「呪術だっ!呪術を使ったんだっ!村のみんなを皆殺しにするつもりなんだっ!!」
「気をつけろっ!殺されるぞっ!!」
「そんな…オレはなんにも…っ」
 ハボックがエスカレートする村人達に言い返そうとした時。
 ビュッッ!!
「あっ!!」
 飛んできた石がハボックに当たる。次々と投げつけられる石にハボックは頭を庇うように腕を上げた。
「やめろっ!!やめんかっ!!」
 カイの制止の声に耳を貸す人間は一人もおらず、むしろ投げつけられる石は増える一方だ。ガツッと音がしていくつもの石がハボックを直撃して、カイはハボックの腕を掴むとその場から走り出す。
「逃げるぞっ!!」
「追えっ!殺さないとこっちがやられるっ!!」
 ドッと追いかけようとする村人達に老医師の声が飛ぶ。一瞬躊躇する村人達を置いて、カイとハボックは家へと走って戻ったのだった。

「大丈夫か、ジャン」
「ええ…」
 息を弾ませてカイが聞けばハボックが頷く。石をぶつけられてあちこちに痣を作り血を滲ませているハボックの姿にカイは顔を顰めた。
「中へ入って手当てを」
「いえ、大丈夫ですから」
「ダメだ、ほら、中に入って!」
 カイがグイと腕を引いて中に入ろうとするが、ハボックは首を振って入ろうとしない。
「ジャン!」
「ロイが心配するから」
 そう答えるハボックにカイがハッとしてハボックを見る。
「気持ちは判るが…だがそのままというわけにもいかんだろう」
「オレなら本当に大丈夫ですから…」
 ハボックがそう答えたとき、家の扉が勢いよく開いた。
「ジャン?!帰ってきたの?!」
 転がるように飛び出てきた子供がハボックにしがみつく。ハボックの顔を見上げたヘンリーが驚いて叫んだ。
「ジャンっ?それ、どうしたのっ?!」
「ヘンリー、なんでもないから大きな声出さないで」
「でも…っ」
 ハボックが騒ぎ立てる子供をなんとか宥めようとしていると声が聞こえた。
「おい、ハボックが戻ってきたのか?」
 そう言いながら中から出てきたロイがハボックの姿を見て息を飲む。しまったと言いたげに目を閉じたハボックの腕をロイが掴んだ。
「誰にやられたっ?」
「ロイ」
「カイっ!誰がやったっ?!答えろ!!」
「…村の連中がジャンが呪術を使ってベンじいさんを殺したんだろうと騒ぎ出してな、石を――」
「カイおじさんっ!」
 カイの言葉にワナワナと体を震わせるロイの腕を宥めるようにハボックは擦る。その時、ハボックはロイの様子がおかしい事に気がついた。
「ロイ…?」
 何かが焦げるような匂いがしてハボック達は辺りを見回す。
「なに、この匂い?」
 不安そうにヘンリーが聞いたとき、カイの家の周りを囲っている木の柵に火がついた。
「なっ、なんだっ?!」
 驚いたカイが、慌てて家の横手にある水場からバケツに水を汲んでくるとザアッとかける。
「あつっ?!」
 ロイの腕を擦っていたハボックが熱さのあまり思わず手を離してまじまじとロイを見つめた。
「ロイ…?!」
 怒りに目を輝かせるロイ自身が熱を発しているのだと気づいてハボックは息を飲む。ジジ、と音がしてロイの足下の草が焦げるのを見てハボックは声を上げた。
「ロイっ!ロイ、やめてくださいっ!」
 ロイを宥めようとその体に触れようとしてあまりの熱さにハボックは出した手を引っ込める。
「ロイっ!!」
「…もうたくさんだ。どうしていつもいつもお前が傷つけられるのを黙って見ていなくてはならないんだっ?!お前 を傷つけるヤツらなど燃えてなくなればいいっ!!」
 ロイがそう叫んだ時、庭に立っていた木がボッと炎に包まれた。
「うわっ?!」
「きゃあっ!!」
 カイとヘンリーが悲鳴を上げ、カイが水を取りに走る。あたりが焦げる匂いに包まれた時、ハボックは腕を伸ばすとロイの体を抱きしめた。
「怒らないで、ロイ!落ち着いてくださいっ!ロイ、頼むから…!!」
 熱さに眩暈がしてロイに触れる部分が燃え出すように思いながら、だがそれでもハボックはロイを抱く手を緩めはしなかった。
「ロイっ!やめて!ジャンが燃えちゃうっ!!」
 ヘンリーの声にハッとしたロイは自分を抱きしめるハボックを見上げる。
「ハボ…」
 ぶすぶすとあちこちから上がる煙に自分が何をしたのかようやく気づいてロイは慌てて空を見上げた。二言三言早口で呟けば村の上空がみるみる内に雲に覆われる。ぽつりと滴が落ちてきたかと思うと、瞬く間に大粒の雨が降りだした。その途端、ハボックの体がゆらりと傾ぐ。
「ハボっ!!」
「ジャンっ!!」
 地面に蹲るハボックにロイがしがみ付くように手を差し伸べ、カイとヘンリーも慌ててハボックの側へと駆け寄る。
「とにかく中へ」
 大粒の雨に打たれながら言うカイに頷いて、ロイはハボックに肩を貸すと家の中へと入っていったのだった。


→ 第十四章
第十二章 ←