| 幼愛 第三十四章 |
| 「よしっ、今日の訓練はこれで終わりっ」 ハボックはそう言うとくるりと背を向けて駆け出そうとする。咄嗟にその腕をむんずと掴んで副官の軍曹が言った。 「隊長っ!このあとのミーティングは何時からにするんですか!」 「えー、そんなの明日にしようよ。もう夕方じゃん」 子供のように口を尖らせて言うハボックに軍曹は顔を顰める。 「夕方?まだ太陽はあんなに高いところにあるじゃないですか。アホな事言わんで下さい」 「んじゃ、今日は疲れたから明日にしよう!」 そんな事を言って再び走り出そうとするハボックに引き摺られかけながら軍曹は声を張り上げた。 「隊長っ!いい加減にせんとホークアイ中尉に言いつけますよっ!」 そう言えば自分より随分と年若い隊長はムゥと頬を膨らませる。ひどく意地悪なことをしているような気になりながらそれでも負けずに腕を離さずにいると、ハボックは「わかったよ」と不服そうに言った。 「それじゃ今から10分後に集合ってことで、遅刻厳禁だからなっ」 そうして今度こそ走り出すハボックに皆が悲鳴のような不満の声を上げる。縋るように見つめてくる幾つもの視線に軍曹はため息をつくと言った。 「とりあえず片付けは後にしてみんな、ミーティングに行ってくれ。そうでもせんとそれこそホントにホークアイ中尉に出てきて貰わんといけなくなりそうだ」 その言葉に皆やれやれと建物に向かって歩き出す。軍曹も一際大きなため息をつくと一緒になって歩き出した。 バンッと勢いよく司令室の扉が開いたと思うと、埃だらけのハボックが飛び込んでくる。そのまま一直線に執務室に向かうとノックもせずに扉を開けたハボックは中に誰もいない事に気付いて眉を寄せた。 「あれ?大佐は?」 「まだ戻って来てねぇよ」 ハボックの勢いに呆気に取られていたブレダがそう答える。ハボックは勢いよくブレダを振り返ると言った。 「なんでっ?もう帰ってくる時間だろ?」 「列車が遅れてんだろ。そんなのいつもの事じゃねぇか」 そう答えるブレダにハボックが思い切り顔を顰める。不貞腐れたように執務室の扉に寄りかかるハボックにブレダが言った。 「そんな事より、ハボ、お前くせぇぞ。演習の後、そのままここに来たろ」 「だって大佐、もう帰ってると思ったから」 「まだ当分帰って来ねぇって。シャワー浴びて来い、シャワー!」 思い切り嫌そうな顔でブレダにそう言われてハボックはしぶしぶ司令室を出るとシャワールームに向かう。下士官用のそれの扉を開ければまだ中に残っていた部下達が一斉にハボックを見た。 「あれ、隊長。戻ってきたんですか?」 「大佐、まだ帰ってなかった…」 ハボックはそう言うと服を脱ぎ捨てシャワーブースへと向かう。中に入り、コックを捻ると頭上から降り注ぐ滴に全身を打たれながら目を閉じた。 漸くロイと想いを通じ合わせたものの、ロイはその3日後にはホークアイを連れてセントラルに出張に行ってしまった。絶対ついて行くと言ったハボックをロイは「今回は女性同伴でなければ都合の悪いところがあるから」と言ってホークアイを連れて行ってしまった。不服そうに睨むハボックにロイは苦笑して口付けるとその耳元に囁いたのだ。 『一週間だ、ハボック。飛んで帰ってくるからいい子にして待っていてくれ』 その言葉に続いて与えられた熱を思い出してハボックはシャワーを浴びながら熱い吐息を吐いた。そうすればむくりと頭をもたげる自身にハボックは眉を顰める。こんなにもたった一人の人が欲しくて待ちわびた事など初めてで、ハボックはキュッと唇を噛んだ。 「大佐のバカ…」 自分を置いていったばっかりか約束の時間になっても帰ってこないなんて――。ハボックはソープを取るとガシガシと頭を洗い始める。そんなに乱暴に洗ってはダメだと笑って優しく髪を洗ってくれた事を思い出したハボックは殊更乱暴に髪を洗った。そのままの勢いで体も洗ってしまうとシャワーを止め、タオルを片手にブースを出る。濡れた体を拭きもせずに大股で歩くハボックに部下達が困ったように目を逸らした。 「あ、その、た、いちょう…っ」 中の一人が微妙に目を逸らしながらハボックに声をかける。一度ならず何度かハボックと肌を合わせたことのあるその部下は、以前とは違った艶やかさを見せるハボックにドキドキしながら言った。 「なに?」 不機嫌そうに答えるハボックは細めた目で上目遣いに部下を見る。濡れた髪をかき上げる仕草にゴクリと唾を飲み込むと言った。 「あ、いやその……皆がまた一緒に飲みに行かないかと…最近ずっと行ってませんし」 あわよくば酒を交わした後もハボックと一緒に過ごせれば、と淡い期待を抱いて吐き出された言葉は続くハボックの一言で無残にも切って棄てられた。 「悪いけど、もうあの店には行かない」 「えっ?」 「だってオレに触っていいのは一人だけだもん」 ハボックはそう言うと鮮やかに笑う。それから小首を傾げると言った。 「まあ、飲みに行くだけならいいって言うかな。聞いてみないと判んないけど」 それだけ言ってハボックは呆然としている部下達を置いてロッカーに向かう。おざなりに拭いて服を着込むと、勢いよくロッカールームを飛び出した。そのまま廊下を駆け抜けると司令室へと一直線に走って行く。さっきと同じように扉を乱暴に開けると、ブレダが嫌そうな顔をした。 「ハボ、お前なぁ、ちったぁ静かに出入りできねぇのかよ」 「大佐はっ?!」 ハボックがそう言った丁度その時、執務室の扉が開いてロイが顔を出す。 「おい、もう少し静かに…と、ハボック」 嗜める言葉を言いかけた途中でハボックがいる事に気付くと顔を緩めた。 「ただいま、ハボ――ッう、わっ?!」 声をかける途中でハボックに飛びかかられて、ロイはその長身を支えきれずに背後に倒れ込んでしまう。強かに背中をぶつけて呻き声をあげるロイに構わず、ハボックはその唇に噛み付くように口付けた。 「ハボ…ッ、んっ、んんーーーッッ!!」 突然の事に目を白黒させるロイに構わずハボックはその唇といわず頬といわずあちこちにキスを落とす。床に押し倒したロイの上に馬乗りになると言った。 「たいさっ、すっげー会いたかったッ!!」 「そっ、それは私も一緒だがっ、ちょっ、ハボっ?!」 圧し掛かってくるハボックを慌てて押し返すロイにハボックは口を尖らせる。ギュッと抱き返してくれない事に不満そうに言った。 「なんでギュッってしてくれないんスか?たいさはオレに会いたくなかった?」 「会いたくなかったはずがないだろう?私だってずっと会いたかったさ」 「1週間も放っておかれて、オレ、寂しくて仕方なかったんスから!」 ハボックは泣きそうな顔でそう言うとロイの肩口に顔を埋める。「シよ」と呟く声にロイはギョッとしてハボックを押し返した。 「待て!ハボック、ここがどこだか判ってるのかッ?!」 「司令室。あ、ここじゃ拙いっスか?じゃあ執務室に行く?」 「ハボーックっっ!!」 ロイはハボックの勢いに押されそうになりながらも必死に声を張り上げる。そうすればロイに跨りながらも行儀よく背筋を伸ばすハボックにロイは言った。 「ハボック、ここは職場だ。職場じゃそういうことはしたらいけないんだ、いいな」 「でも、オレ。1週間もほって置かれて死にそうなんだもん。大佐、他のヤツとヤっちゃダメって言うし」 「当たり前だっ!」 「オレも大佐でないとヤだし」 「…ッ!…いや、それならいいんだが」 思わず張り上げそうになった声を飲み込んでそう言ったロイは頭上から降ってきた冷ややかな声にギクリと身を強張らせる。 「ちっともよくありません、大佐。ここをどこだと思ってらっしゃるんです?」 氷点下の冷気をまとう声に恐る恐る振り向けばホークアイがその綺麗な顔に怒りを湛えて立っていた。ロイは有能な副官に引きつった笑いを浮かべて見せると言った。 「ここは司令室だ。わかっているとも、中尉」 「ハボック少尉、大佐の上から下りてちょうだい」 「アイ、マァム」 ホークアイの言葉にハボックは素直にロイの上から下りる。手を伸ばしてロイが立ち上がるのを助けると、ピシリと背を伸ばして立った。 「悪いけれどこの書類を総務まで持っていってくれるかしら」 ホークアイはそう言って書類を手渡すとハボックを司令室から追い出してしまう。ジロリとロイを睨むと言った。 「プライベートの付き合いにまで口を出す気はありませんが、大佐」 「うん、それはありがとう、中尉」 「……きちんと躾けてくださらなければ困ります。それが出来ないなら職場内恋愛は禁止ですっ」 「判った。善処しよう」 ははは、と乾いた笑いを浮かべるロイをホークアイは執務室に追い立てる。恐らく今日はホークアイがいいと言うまでハボックとは会わせてもらえないだろう。 「これからずっとあんな調子なんでしょうか…」 ロイとホークアイの姿が扉の向こうに消えるとフュリーがポツリと呟いた。その涙が滲んだ瞳にブレダもがっくりと肩を落とす。 「そりゃハボのこと頼むとは言ったけどああなるとは……」 友人の幸せを望む気持ちに変わりはないが、己の心の平安も欲してやまないブレダ達だった。 2008/09/13 |
| 第三十三章 ← 「男を誘い捲くる黒ハボを助けようとする白ロイ」というリクでございました。………すみません、なんか微妙に違うじゃんって感じですね。どうも最初はそういうつもりで書いてるのに、いつの間にかグググとリクからはなれちゃうんですよね、毎度orz ホント申し訳ない。こんな話になってしまいましたがほんの少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいです。 |