| 幼愛 第一章 |
| クスクスと笑う声。ぴちゃりと濡れた音。熱い息遣い。安物のベッドが軋む音の上を湿った肉と肉がぶつかる音が響く。低い呻き声が聞こえたかと思うと荒い呼吸が取って代わる。暫くして衣擦れの音が聞こえたかと思うと扉が開いて長身の男が出てきた。 「おい、ちょっと待てよっ」 中からドタドタと足音と男の声がする。ガタガタと音を立てて扉から顔を出すと、男は長身の男に向かって言った。 「ちょっと待てって。まだ途中――っ」 「もうヤダ。アンタ、ヘタクソなんだもん」 肩越しに振り向いて素っ気なくそう言われた男は言葉に詰まる。その男に向かってひらひらと手を振って。 「もっと上手くなったらまたヤろうぜ、じゃあな」 にっこりと笑ってそう言うとハボックはもう振り向きもせず歩き出したのだった。 「大佐ぁ、早くこっちの書類にもサインくださいよ」 ハボックはガリガリと書類にペンを走らせるロイに向かって言う。ロイは忌々しげにハボックをチラリと見上げると言った。 「急かすな、ちょっと待ってろと言っただろうっ」 「んなこと言ったって…」 唇を突き出して文句を言うハボックに、だがロイはそれ以上何も言わずに目の前の書類に取り掛かる。ハボックは1つため息をつくとポケットから煙草を取り出して火をつけた。咥えた煙草を吸おうとしてそのまま大欠伸をするハボックをロイは思い切り睨みつける。 「お前なぁ、上司の前で平気で煙草を吸うわ、欠伸をするわ…。一体私をどう思ってるんだっ」 「どうって…」 そう聞かれてハボックは困ったように首を傾げた。 「…尊敬してるっスよ、勿論」 「なんだ、その微妙な間は」 ロイはそう言ってハボックを睨むとペンを放り出す。自分が書類を広げている大ぶりな机の端に腰を引っ掛けて煙草を吸っている部下を見上げた。輝く金色の髪と空を切り取ったような空色の瞳。くるくるとよく表情の変わる顔は実は意外にも端正で、人懐こい笑みを浮かべたハボックはとても魅力的だった。実際、彼が率いる小隊の部下達からはとても慕われていて、中には上司に対する敬愛の念以上のものを抱いているものもいるようだ。そのやる気のない言動に反して、実は軍人として高い能力を持っていることも彼を部下達からして魅力的に見せているのだろう。ロイにとってもハボックはまたかけがえのない部下であったし、人の好き嫌いが激しいロイにしては珍しくとても気に入った相手だった。 「オレ、今日予定があるから残業したくないんスよね」 「予定? デートか?」 そう聞かれてハボックは少し考えてから答える。 「んー、パーティ…っスかね」 「なんだ、はっきりしないな」 そう言うロイにハボックはムッと眉を顰めると言った。 「なんだって大佐に関係ないじゃないっスか、プライベートなんだし。それよりさっさとサインください」 そう言ってハボックが差し出す書類をロイはじっと見つめたが乱暴に取り上げるとガシガシとサインをする。 「ほら、これでいいんだろうっ」 「どうも。んじゃ、仕事頑張って下さいね」 ひらひらと書類を振ってハボックは執務室を出て行く。その背を見送っていたロイは「関係ない」という一言に思った以上に傷ついている自分に驚きながら、閉じた扉をじっと見つめていたのだった。 「あれ、もうお帰りですか?」 執務室から出てきたロイにフュリーがそう聞く。ロイは嫌そうにため息をつくと答えた。 「今日はもう、全然働く気がしない。車を回して貰ってくれ」 そんなロイに「いいのかなぁ」と内心思いつつも、フュリーは言われたとおり車を手配する。ロイはコートを羽織って司令室を出ると、玄関前に待っている車へと向かった。警備兵がドアを開けるのに頷きながら中へ体を滑り込ませるとやがて車は静かに動き出す。暮れ始めた街をぼんやりと見つめていたロイの脳裏にハボックの空色の瞳が浮かび上がった。それと同時にハボックの他愛ない一言に傷ついた心がチクリと痛む。 (一体なんだと言うんだ…) その痛みがどこから来るものなのか、よく判らずにロイは軽く頭を振った。丁度車は繁華街を通り、薄暗い車内にネオンの色とりどりの光が射し込む。ロイはふとこのまま家に帰りたくなくなって、ハンドルを握る警備兵に向かって言った。 「ここで止めてくれ」 言われて止まった車の中からロイは自分で扉を開けると下りてしまう。 「ごくろうだったな、ここまででいい」 「えっ、マスタング大佐っ?!」 自宅までのつもりが突然下りてしまったロイに警備兵は慌てて声を掛けたが、ロイはそれには構わずネオンに彩られた街を歩いていく。当てもなくウロウロと歩いた末、あまり上品とは思えぬ酒場へと入っていった。 カランとドアベルを鳴らして入った店内は薄暗く、煙草の煙と酒の匂いが充満している。ロイは僅かに眉を寄せたが、そのままカウンターに向かうとスツールに腰を下ろした。視線で尋ねるバーテンダーに酒を注文すると、出てきたグラスに口をつける。そのまま暫く飲んでいると、店の奥からワッと歓声が上がった。 「…?」 なんだろうと視線を向ければ十数人の屈強な男たちが盛り上がっている。やんやと騒ぐ男たちをどこかで見たようなとロイが思ったとき、輝く金色が光を弾いて光った。引かれるようにその光の主を見たロイの目が大きく見開かれる。 「ハボック…」 屈強な男たちに囲まれて楽しそうに笑っているのはハボックだった。男たちを見たことがあると思ったのも道理で、彼を取り囲んでいるのはハボックの小隊の部下達だ。ハボックは男たちの真ん中で酒を飲んでいたが、自分の隣で一生懸命喋っている男の首に腕を回すとグイと引き寄せる。その唇が男のそれに重なるのを見たロイは驚きに目を瞠った。舌を絡めて深い口付けを繰り返すハボックの肩を、他の男が叩く。そうすればハボックは口付けていた男を離し、肩を叩いた男の方を見て笑った。その微笑みに紅くなって何やら喋っている男に、ハボックは一言二言返すとその襟元を掴む。さっきの男にしたのと同じように深い口付けを交わすハボックを最初の男が後ろから抱き締めた。それに構わず口付けているハボックのTシャツを捲り上げるとその胸を弄る。そうすれば、今度はハボックと口付けていた男が負けじとばかりにハボックのズボンをくつろげて中へと手を滑り込ませた。二人の男たちに体を弄られながらキスをしていたハボックは唇を離すと楽しそうに笑う。もの欲しそうに見守っていた他の男に気付くと、チョイチョイと指で招きよせた。誘われて男は顔を輝かせるとハボックに近づきその体を弄り始める。 「……」 呆然とその様子を見ていたロイの耳にバーテンの言葉が聞こえた。 「あーあ、アイツらまた店で始めやがった…」 やめろって言ってんのに、とバーテンはぼやくとハボックに見惚れていたウェイターに声をかける。 「おい、ヤるなら上でヤれって言って来い」 そう言うバーテンの声にだが、ハボックに見入っていたウェイターは気付かない。バーテンはチッと舌を鳴らすと声を荒げた。 「おい!そこでヤるなって言って来いっつってんだよ!」 「え…あ、はいっ」 紅い顔でウェイターは答えるとテーブルの間を抜けてハボック達に近づいていく。もう、半裸に近い状態になっていたハボックにしどろもどろになりながらバーテンの言葉を伝えた。ハボックはぺろりと舌を差し出すと苦笑する。傍らの男に何やら囁けば、男は顔を輝かせてハボックを抱き上げた。店の二階に続く階段へと向かうハボックと男に残された男達が声を上げる。ハボックは男の腕の中から顔を上げると笑った。 「お前らも来いよ。みんなで楽しもうぜ」 男達を誘うハボックの声だけが妙にはっきりとロイの耳に届く。ハボックに誘われた男達は嬉々としてハボックを抱いた男に続いて二階へと上がっていった。身動きできないままハボック達の姿が消えるのを見守っていたロイは、バーテンのため息に我に返る。「やれやれ」とグラスを磨き始めるバーテンに言った。 「おい、アイツらはよくここに来るのか?」 「え? ああ、週に二回くらいかな」 「来る度、その…あんなこと、を?」 ロイがそう聞けばバーテンは苦笑する。 「ああ、あの金髪の男が性質悪くってなぁ。誰彼構わず男を誘うんだよ。今日のはアイツの知り合いの連中ばかりだったみたいだけど、普段は気に入ったヤツに声かけちゃサカルわけ。結構具合はいいらしいって話でさ、まあ噂を聞きつけたヤりたい盛りの若い連中が店に来るようになって、こっちとしちゃ売上上がってるんであんまり文句も言えないんだけどね」 でも、流石に店の中でヤらせるわけにゃいかないから、と苦笑いするバーテンの声を聞きながら、ロイは呆然とハボック達が上がっていった階段を見つめ続けていたのだった。 |
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