| psy 第二章 |
| 「どうした、ハボック。とっとと下りろ」 目的の屋敷の前に着いても車を降りようとしないハボックにロイが言う。ハボックはため息をつくと屋敷を一瞥し、もう一度ため息をついた。それでもぐっと手を握り締めると車を降りて後部座席のロイの為に車のドアを開けてやる。 「イヤなのはお互い様だ。ちょっと話をしたらすぐ帰るからな」 単にハボックもリベーラ画伯が嫌いで、だから行きたがらないのだとロイはそう解釈してハボックに言った。そうして、先に立って歩き出すとさっさと案内役の立つ玄関へと行ってしまう。 (あ〜、やっぱわさわさいるよ…) ハボックは普通の人間には聞こえない幽霊達の騒めきを感じ取って顔色をなくした。それでもやはり、ロイだけを行かせるわけには行かず、重い足を引き摺ってロイの後に続く。ボーイに案内されて入っていくロイについて屋敷の中へと足を踏み入れた途端、ハボックの口元がひくりと引きつった。 (うひぃっ、モンスターハウスっっ) 生きている人間の間をさざめきながら幽霊達がすり抜けていく。時代がかった衣装を着たものから現代風の者まで、老若男女さまざまな幽霊は、むしろ人間より数が多いくらいだ。 (何でこんなにいっぱいいるんだっ!げっ、こっちくるなっ、あっち行けっ!!) 普段1体、2体と幽霊達に会うならハボックも別にコワいとは思わない。だが流石にこう数が多いと圧倒されてしまう。それというのも、気を緩めていると霊体である彼らの思考の渦に自分が巻き込まれてしまうからだ。ハボックはゆっくりと息を吐くと首にかけたペンダントトップを軍服の上から握り締める。それは、かつてハボックの祖母がお守りにくれた貴石でハボックを護ってくれるものでもあった。貴石を手にして少し霊たちの意識が遠ざかって、ハボックはホッと息をつく。視線を巡らせてロイが早速くだんの画伯につかまって、ロコツに嫌悪の表情を浮かべるのに苦笑すると、ハボックはパーティ会場の壁際のロイがよく見える位置に立った。そうして、なんとか幽霊達から意識を逸らしていると、不意に話しかけられてハボックはギョッとして声のした方を振り向いた。 「顔色が優れないようだが大丈夫かね?」 そう聞いてくる男をハボックは数度瞬きして見つめた。 (あ…生きてる人間だ) ハボックはそう気づいて、乾いた喉に唾を飲み込むと答える。 「別になんともありません」 警戒心丸出しなハボックに相手は苦笑すると言った。 「君はマスタング大佐のお付きの人だね。…少尉殿か。彼の部下かい?今日はいつもの美人の中尉さんじゃないんだね」 じろじろとハボックを見ながら言う男にハボックは眉を顰めると答える。 「今日は仕事の都合で自分が同行しているんです。何か御用でも?」 ロイの護衛に過ぎない自分に用などあるはずがないのだから早く向こうに行ってくれという態度が見え見えのハボックに、男は困ったように笑った。 「用と言うわけではないのだが、君と話をしたくてね」 そう言う相手をハボックは胡散臭そうに見つめる。ハボックが何も言わないのをいいことに、男はハボックに近づくとハボックの腕にそっと手を載せた。 「私はロベルトと言うんだ。ちょうど今、モデルを探していてね、君はイメージにピッタリなんだよ。是非モデルを引き受けてくれないか?」 「残念ですけどオレは軍人なんで。モデルならそういう人を当たってもらえませんか?」 「そんなことを言わずに是非頼むよ。悪いようにはしない」 男はハボックの腕を握り締めると体を近づけてくる。ハボックが口を開こうとした瞬間、ハボックの腕に載せられた男の手をロイがぐいと捻り上げた。 「あうっ!」 悲鳴をあげる男の手を離してロイがにっこりと微笑む。 「私の部下が何か失礼なことでも?」 顔は笑っていながら目は底冷えのする光を湛えている。そんなロイに男は怯んでもごもごと言いわけをするとそそくさと立ち去ってしまった。ロイは男の背を睨みつけて、次にハボックを睨み上げた。 「何をやってるんだ、お前はっ」 「何って…向こうから話しかけてきたんスよ」 「気安く触らせるんじゃない…っ」 ロイはイラついた様子でそういうとくるりと背を向ける。 「帰るぞ」 「えっ?でも来たばっか…」 ジロリと睨まれてハボックは口を噤むと慌ててロイの後を追った。こんなにすぐ帰ってしまうのなら来た意味がないのではと思ったが、ハボックとてこんな所に1秒だって長くいたい訳ではないのでむしろホッとしていた。ハボックは玄関に車を回すとロイを乗せて早々に画伯の家を後にしたのだった。 |
→ 第三章 |