写真2  前編


「ハボック、出かけるぞ」
「は?えと、どこへ?」
 久しぶりに休日が重なった日、朝食を終えてとりあえず溜まっていた家事をあらかた片付けたハボックがちょっと一息入れていると、コートを持ってもうすっかり用意万端でかける準備を整えたロイがダイニングに顔を出して言った。どこへと聞いたハボックには答えず、ロイはさっさと玄関へと行ってしまう。ハボックは仕方なしに飲んでいたコーヒーのカップをキッチンのシンクに突っ込むと慌ててロイの後を追った。玄関に置いてあったジャンパーを引っつかんで外へ出ればロイはもうだいぶ先を歩いている。
「もう、何なんだよ」
 ハボックは鍵をかけると駆け出した。ロイが角を曲がる直前に追いつくと並んで歩きながらロイに聞く。
「急にどこ行くんスか、大佐」
 だがロイはちらりとハボックを見上げただけで何も答えなかった。そうしてスタスタ歩いていくロイについて行きながらハボックは首を捻る。
(ケーキ屋の新作…はこの間出たばっかだし、お気に入りの駅前のパン屋はこの時間だと焼きたてパンには中途半端だし、古書店めぐりかな。だったらデカイ袋持って来ればよかった)
 ハボックがロイの目的をああでもないこうでもないと考えている間に、いつの間にやら商店の立ち並ぶ界隈に差し掛かっていた。ロイはケーキ屋にもパン屋にも古書店にも目をくれず歩いていく。そうしてある店の前に来ると、ピタリと立ち止まった。
「ここだ」
 そう言ってさっさと中に入っていくロイの後に続きながらハボックが見上げた店名は。
「…洋品店?」
「ハボック、さっさとしろ」
 思わず足を止めて店の名前を見つめてしまったハボックにロイの声が飛ぶ。ハボックは慌てて店の中に入ったものの、そのいかにも高級品を扱ってますという店の雰囲気にすっかり気後れしてしまった。
「いらっしゃいませ、マスタング様」
 奥から店の主人と思しき初老の男が出てきてロイに挨拶をする。ロイは軽く頷くとハボックを呼んだ。
「大佐、オレ、大佐がスーツ選ぶんならその間外で待ってますから」
 どうにも落ち着かないとばかりにそわそわとそう言うハボックにロイは呆れた声を上げる。
「お前の服を作るのにお前が出て行ってどうする。主人、すまんがコイツに合いそうな布を幾つか見繕ってくれるか?」
「かしこまりました」
 そう言って店の中へ消えていく男を見送って、ハボックは慌ててロイに言った。
「ちょっと、大佐。オレの服って、なんスか。オレ、服なんて作るつもりないっスよ。大体そんな金、ありません」
 しかもこんな高級な店、と今にも店から飛び出していきそうな雰囲気のハボックにロイは苦笑すると言った。
「別にお前に払えなんて言わんから安心しろ」
「は?それって大佐が払うってことっスか?そんなますます服なんて作れませんよ。大体――」
「ハボック、私が口を聞いていいと言うまで喋るな」
「はあっ?アンタ何言って…」
「命令だ、喋るな」
「〜〜〜っっ!!」
 きったねぇ、とハボックが呟いている間に店の主人が反物を幾つか抱えて出てくる。ロイと主人が呆然と立っているハボックの顔に合わせて、これがいい、あれがいいと選んでいる間ハボックは訳がわからず半ばパニック状態だった。
(一体、何なんだよ、何でいきなりスーツ?)
 ちらりと見てしまった値段は目が飛び出るほどの金額だ。
(今更払えって言われたらどうしよう…)
 ハボックが青くなっているのにも気づかず、ロイはスーツの布を決めてしまうと店の主人に向かって言う。
「スーツに合わせてシャツも作りたい。後、ネクタイや靴なんかの小物もな」
(一体いくらかかんだよっっ)
 サラリと言ってのけるロイにハボックは眩暈がするのを禁じえなかった。

「ハボ、お前、なんか疲れてねぇ?」
「あー、一体いくら請求がくるのかなぁって…」
 そう思うと眠れなくて、と言うハボックにブレダが聞く。
「なに、何か高い買い物でもしたのか?」
 不思議そうな顔をするブレダを暫し見つめて、ハボックははあああと長いため息をついた。
「なぁ、駅の近くの紳士服屋知ってるだろ?アソコでスーツ作ったら一体いくらくらいかかんのかな」
「はあっ?駅前の?あそこ、それこそ財界のトップだのなんだのが作りに行くとこだろ?そんなとこ、値段の見当もつかねぇよ。大体オレ達には縁のない店だろ?」
「だよねぇぇぇ」
 驚いて答えるブレダにハボックは机に突っ伏す。
「なに、お前まさかアソコで服、作ったりしたの?」
「大佐がね」
 恐る恐る聞いたブレダはハボックの言葉にホッとした表情を浮かべた。
「なんだ、だったらお前に関係ないじゃん」
「作ったの、オレの服なんだもん」
「は?」
「しかも上から下まで全部オーダーメイド」
 目を丸くして見つめるブレダにハボックは言う。
「金払えって言われたらどうしよう」
「そりゃお前…」
 なにか妙案でも言ってくれるのかと期待して見上げるハボックにブレダは言った。
「カラダ売れば?」
 途端に飛んできたペンやら消しゴムやらをブレダは必死になってよけたのだった。

「ハボック、私はこれから会食の予定が入っているんだが」
「はい」
「先日頼んだスーツ、出来たと連絡があったんだ。帰りに寄ってとってきてくれるか?」
「…え?」
「頼んだぞ」
 そう言うとロイはさっさと執務室を出て行ってしまう。
(まさか取ってくるついでに支払いして来い、とか…)
 思わず顔から血の気が引いていくのをどうすることも出来ず、かといって取りに行かないわけにもいかず、ハボックは司令部からの帰り道、先日の洋品店に寄ったのだった。
「あの…」
 店の扉をあけて恐る恐る中へ入れば先日の主人が顔を出して、ハボックをみるなりにこりと笑う。
「いらっしゃいませ、出来上がっておりますよ」
 そう言って奥から大小取り混ぜて箱を幾つか取り出してきた。
「あわせてご覧になりますか?」
 そう聞かれてハボックは慌てて首を振る。
「いや、取りに来ただけだからっ」
「そうですか」
 主人は頷くと、箱を袋に入れてくれた。ハボックは引っつかむようにそれを受け取ると店を飛び出したのだった。

「あ、やべ。お代のこと聞くの忘れた」
 家の玄関をくぐって荷物を置くなりハボックはハッとして言った。場違いな空気にあわてて飛び出してしまったが本来ならあそこで払わなくてはいけなかったのではないだろうか。
「…ま、いいか。どうせオレには払えないし」
 ハボックはそう呟くと家の中に入っていく。どうしても払わなくてはいけないのならその時はとりあえずロイに払ってもらうしかないだろう。ハボックは2階に上がっていくと寝室に入り箱の中身を取り出してはクローゼットにかけていった。
「こんなの作ってどうするつもりなんだろう、たいさ」
 ハボックは見るからに上等な服たちを見てため息をつく。こんなものを自分が身につけたところでとても似合うとは思えない。
「大佐とは違うんだからさ…」
 ロイならこんな服もさり気なく着こなしてしまうだろう。ハボックはもう一つため息をつくとパタンとクローゼットを閉じ、何か腹に入れようとキッチンへと下りていった。

「お帰りなさい。おなかは?」
「十分食べてきた。コーヒーだけくれないか」
「はい」
 ハボックはロイからコートを受け取りながら答える。ロイは疲れた様子でリビングのソファーに腰掛けると、コーヒーを入れようとキッチンへと入っていったハボックに向かって声をかける。
「スーツ、できていただろう?」
「はい、受け取ってきました」
 そうして少ししてコーヒーを持ってきたハボックに向かって聞いた。
「着てみたか?」
「それより大佐、オレ、お代払ってこなかったんスけど」
 心配そうな顔をするハボックにロイは微笑んで言う。
「後で請求を回してもらう事になってる」
「…オレ、払えませんよ?」
「最初に言ったろう、お前に払えとは言わないって」
 コーヒーに口をつけながらそう言うロイにハボックは眉を顰めた。
「それって大佐が払うってことっスよね。なんでスーツ?オレ、大佐にスーツ作ってもらう理由がないんですけど」
「恋人に贈りたいって思うのはいけないことか?」
「恋人って…」
 サラリとロイが言ってのけた言葉に顔を紅くしながらハボックが言う。
「誕生日でもないのにあんな高価なもの貰えません。つか、オレにあんな高級な服は似合わないっスよ」
「プレゼントって言うのはあげたいからあげるものなんだ。他に理由なんていらないだろう。それにあの服、お前の髪や瞳の色と合わせて選んだんだからな。似合わないわけがないだろう」
「でも…」
 いつまでも納得しようとしないハボックにロイは苦笑して言う。
「大体お前のサイズに合わせてオーダーメイドで作ったんだぞ。お前が着なくて誰が着られるんだ」
「や、そりゃそうなんスけど…」
 参ったなという顔をしながらそれでも尚、何か言おうとするハボックの腕をロイはグイと引き寄せると、ハボックの唇が何か言葉を紡ぐ前に自分のそれで塞いだのだった。


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