my pretty little baby 〜 after 5 years   前編


「じゃあ、ロイ君。これよろしく頼むわね」
「判りました」
 資料室の女性に渡された書類を受け取りながらロイはにっこり微笑む。その微笑に相手がほんのり頬を染めるのをハボックは扉の所からウンザリとした顔で見ていた。
「もう済んだんスか?」
 資料室から出てきたロイにハボックは声をかける。並んで歩き出しながらロイは軽く頷くと手にした書類をひらひらと振った。
「こんなもん、自分で届ければいいのに」
「アンタと話したいんでしょ」
 ロイが面倒くさそうに言うのにハボックが答える。
「本性を知らないっていうのは幸せっスよね」
 ぼそりとハボックがそう言うとロイはじろりとハボックを睨んだ。
「どういう意味だ、それは」
「別に、言葉通りの意味っスよ」
 しれっとしてそう言うハボックの耳をロイは思いっきり引っ張った。
「いてててっっ」
「人聞きの悪いことを言うからだ」
 ロイはふんと鼻を鳴らすと、最後にもう一度思い切りつねりあげてハボックの耳を離した。
「まったくもう、乱暴なんだから…」
 耳を擦りながらぼやくハボックをロイはちらりと見ると言った。
「今日はまだ仕事があるのか?」
「いや、この書類を中佐に届けたらオシマイっス」
 ハボックは小脇に抱えたファイルに目をやると言う。
「だから今日は一緒に帰れますよ」
 にこっと笑うハボックに、ロイは目尻を染めると「そっか」と呟いた。

 司令室に戻ってくるとブレダたちと話し出すロイを置いて、ハボックは執務室へと入っていった。
「中佐、これ、頼まれてた文献です」
 そう言うとファイルをヒューズの机に載せる。ヒューズは書類を書いていた顔を上げると「サンキュ」と言った。
「ロイは?」
「ブレダたちと話してますよ」
 そう答えるハボックをヒューズは見上げる。
「なんスか?」
「いや、何だかんだでそろそろ5年か、と思ってな」
 そう言ってヒューズはペンを置く。
「最初にロイがお前と一緒にいたいって言った時はたまげたけどな」
「まあ、その話はおいといて」
 ハボックは困ったように笑うとそう言う。だが、真っ直ぐに見つめてくる常磐色の瞳にいたたまれず目を逸らした。
「実際の所、お前らってどうなってんのよ」
 あけすけに聞いてくるヒューズにハボックはしどろもどろになる。
「どう…って。実年齢はともかく、見た目子供相手にどうもなりませんよ」
「ロイはそう思ってないんじゃないのか?」
 ヒューズに言われてハボックは言葉につまる。ロイが何を望んでいるのかなんてそんなこと言われなくても5年も前から判っている。だからと言って自分は何を望んでいるのか、ハボックにはよく判らないのだった。答えられずに視線を泳がせるハボックにヒューズはため息をつく。ロイは大切な親友であり、ハボックはかわいい部下だ。出来ることなら二人にとって一番いい形で落ち着いて欲しいと思うが、こればかりは人の気持ちが絡むことでもあり、迂闊には口出しできないと、ヒューズには見守るしかできなかった。

 食事を済ませた後、書斎で何やら調べ物をしているロイのところへハボックはコーヒーを持ってきた。テーブルの上にカップを置くと、ロイのほうを見やる。高い書棚の本を取ろうとして苦心しているロイの側へ行くと、ハボックは手を伸ばしてひょいと目当ての本を取り出した。
「これっスか?」
「…ちっ」
 ロイは悔しそうにハボックの手から本を取り上げる。ハボックはムッとしてロイから本を取り返すと言った。
「せっかく取ってあげたのにそれはないでしょ。礼くらい言ってくれてもいいんじゃないんスか?」
「…この5年で随分背、伸びたのに」
 なんで追いつかないんだと文句を言うロイに、ハボックは一瞬目を瞠ると次の瞬間小さく笑った。
「5年でここまででかくなられちゃ堪りませんよ」
 そう言ってハボックはロイに本を渡した。実際のところ、ハボックはロイにずっと子供でいて欲しいと思っていた。子供のままなら5年前のあの約束も反故になるような、そんな気がして。ぼんやりとそんなことを思っているハボックをロイはじっと見つめると、徐に口を開いた。
「もうすぐ私の誕生日だな」
 その言葉にハボックの体がびくりと震えた。本を手に椅子に座るとコーヒーに口をつけるロイにハボックはわざとらしい明るい声で言う。
「早いもんっスね。誕生日プレゼント、何が欲しいっスか?また、本?それとも新しい万年筆かなにか…」
「ハボック」
 ハボックの言葉を遮るようにしてロイがぴしゃりと言う。言葉を断ち切られて口ごもるハボックの顔を見上げてロイは言った。
「15の誕生日のプレゼントは5年前から決まってるだろう」
 黙り込むハボックにロイは続けた。
「今更替える気も、替えさせる気もないからな」
 そう言いきられて、ハボックは逃げるように書斎を後にした。

「中佐、ブレダが行くはずの出張、オレが行ったら拙いっスか?」
 執務室に入った途端、開口一番そう言ったハボックの顔をヒューズはびっくりして見つめた。
「なんだ、突然」
「だからっ、ブレダの出張、オレが代わっちゃダメっスか?」
「…まあ、別にブレダ少尉でなきゃ絶対ダメだってほどのことでもないが」
 ハボックの勢いに押されてヒューズはそう答える。その答えにあからさまにホッとしたハボックは力のない笑みを浮かべた。
「じゃあ、ブレダに代わってもらいます」
 そう言って慌てて執務室を出て行くハボックにヒューズは首を捻った。
「まあ、別にいいけど…って、ちょっと待てよ、出張に行ったらロイの誕生日にこっちにいられないんじゃないのか?」
 ヒューズはがたりと席を立つと執務室の扉を開ける。だが、部屋の中にはハボックの姿は見当たらなかった。

 数日後、いよいよ今日はロイの誕生日だという日の朝。ハボックはヒューズに頼まれた調べ物をするというロイを中央図書館へと連れてきた。図書館の入り口でロイはハボックを振り返るとうっすらと笑う。その微笑の意味するところを察して、ハボックは思わず目を伏せた。中へ入っていくロイを見送ると、ハボックは家に戻って出張道具を詰めた小さなボストンを手に取った。メモ用紙を取り出すといつからいつまで出張に出かけるという趣旨のことをしたためて、リビングのテーブルの上に置く。ハボックはカバンを持つと駅へと道を急いだ。
 自分が最低なことをしているという自覚はある。5年もの間真っ直ぐな気持ちをぶつけてきてくれたロイの想いを踏みにじるのだ。でも、正直なところ、ハボックには自分の気持ちが判らなかった。ロイのことは好きだ。でもそれがどういう種類の好きなのかが判らない。これまで沢山、恋もしてきた。そのときの気持ちと今の気持ちと同じかと言われると違う気もする。これまで誰かを好きになった時は、ふわふわと足元が覚束ないような、そんな気持ちだった。でも、今はもっと、とろりと自分に纏わりついて身動きが出来ないような、そんな気持ちだ。ロイのことを考えるとざわりと胸がざわめいて、彼が誰かと一緒にいるとぬるりとした生き物が自分に纏わりついて息が出来ないようなそんな気になる。それが一体なんなのか、ハボックは確かめるのが怖くて、出張先へと向かう列車に飛び乗った。

「こんなの、聞いてない…っ」
 ロイはリビングの上においてあった紙を握り締めるとそう呟いた。いつまでも迎えに来ないハボックをいぶかしんでそれでも仕事が長引いているのだろうと簡単に決め付けたロイが家に戻ると待っていたのは、ハボックがしたためたメモだけだった。ロイはくしゃりとそれを丸めるとポケットに突っ込み、急いで家を後にする。走って走って東方司令部の建物が見えてきた頃には、ロイの呼吸は乱れに乱れていた。頬を上気させて倒れそうに建物に入ってくるロイに中の人々がざわめいたが、ロイはそんなことに構わず、司令室へと急ぐ。乱暴に扉を開けるとブレダたちがびっくりして振り返った。
「あれ?ロイくん、どうしたんですか?」
 フュリーが驚いてそう言うのに構わず「ヒューズはっ?」と問う。フュリーが執務室の扉を指差すのに、ロイは数歩で部屋の中を横切ると、ノックもせずに執務室の扉を開けた。
「ロイ?」
 中でホークアイと打ち合わせをしていたヒューズが驚いて顔を上げる。ロイは中へ入ると書類が広げてある机をバンッと勢いよく叩いた。
「何でハボックを出張に行かせたっ?」
「ロイくん、何を…」
 凄い剣幕のロイを宥めようとするホークアイを制して、ヒューズはロイを見つめた。
「何のことだ?」
「だから、出張だ、ハボックを行かせること、ないだろうっ?」
 綺麗な顔を怒りに歪ませてそう怒鳴るロイにヒューズは淡々と答えた。
「出張はアイツから買って出たんだ。元々はブレダ少尉が行くはずだった」
 ヒューズの答えにロイの体が大きく揺れる。目を見開いてロイは呟いた。
「そんな…。だって約束したのに…」
「ロイ?」
「15の誕生日にって約束したのにっ!」
「ロイっ!」
 そう叫んで執務室を飛び出すロイをヒューズは慌てて呼び止める。だが、あっという間に消えてしまった背中にヒューズは舌打ちをしてぼそりと呟いた。
「あのばかっ!」
 ヒューズは自分の怒りが金髪の部下に届けとばかりに宙を睨みつけた。

 ロイは家に戻ると浴室の扉をあけた。洗面台の前に立つと勢いよく水を出してシャワーカランを引き出し、頭からかぶる。結局はそういうことだ。ハボックはロイを拒んだのだ。5年もの間一緒に暮らして、あまりに当たり前に隣りに立っていたから、ハボックも自分と同じ気持ちでいてくれるのだと勘違いしていた。ロイは水を止めると顔を上げて、目の前の鏡に映る自分の姿を見つめる。丸みを帯びた黒い瞳、ふっくらとした唇。どうみても15の少年でしかない姿にロイは拳で鏡を殴った。こんな姿でなければハボックは側にいてくれただろうか。自分を愛してくれただろうか。
 ロイは鏡に縋りつくようにして嗚咽を零した。


→ 後編