chap.1


「おい!まだここに誰かいるぞっ!」
「大丈夫かっ?しっかりっ!!」
「子供じゃないか、もう大丈夫だぞ」
 士官学校に入ったばかりのロイ達は、爆弾テロで破壊された列車の生存者の救助活動に人手が足りないからと借り出されていた。
「おい、こっちにいるのは母親か?」
「ダメだ、母親はもう…」
「おい、お前、この子を頼む」
「えっ?」
 救助活動を手伝っていたロイはいきなり小さな子供を押し付けられた。泥や粉塵で薄汚れて、だが奇跡的にもかすり傷1つ負っていない金髪の子供は、ショックで口もろくに聞けない状態だった。
「頼むって言われても…」
 ロイは仕方なしにその子をよいしょと抱き上げる。
「救護兵のところにでも連れて行けばいいか…」
 ロイはそう独りごつと子供を抱えたまま歩き出した。混乱する人々の間をすり抜けて歩いていると、不意に腕の中の子供がひくっとしゃくりあげる。慌てて顔を覗き込めばさっきまでショックで凍り付いていた子供は、空色の瞳からポロポロと涙を零していた。
「怖かったな、もう大丈夫だから…」
 ロイはそう囁くと子供の体をぎゅっと抱きしめてやる。そうこうする内に救護所の前までたどり着いたロイは垂れ幕をくぐって中に入り、スタッフに声をかけた。
「すみません。生存者なんですが、誰かこの子の面倒を…」
「まぁ、まだこんな小さな子が…。もう大丈夫よ、さ、こっちに…」
 スタッフの差し出す手にロイが子供を預けようとした時。子供の細い腕が伸びてロイの首にしがみ付いた。
「あら」
「おい、手を離せ」
 ロイが子供の体を引き離そうとするが、子供はぎゅっとしがみ付いて離れようとしなかった。
「ここにいれば安全だから」
 ロイはそう言って何とか子供を下ろそうとしたが、子供はふるふると首を振って頑として離れようとしない。その様子に救護所のスタッフがため息をついて言った。
「仕方ないわね。悪いけど貴方、その子を抱いていてあげてちょうだい」
「えっ?でも…」
「ショックをうけているのよ。貴方の側にいたいと思っているなら無理に引き離さない方がいいから。ね?」
 そう言われてしまえばロイに断る術はない。ロイは仕方なしに邪魔にならないように救護所の隅にいくと子供を抱いて座り込んだ。子供はロイの首に腕を回してしがみ付くとロイの肩口に顔を埋める。涙に濡れたその顔を見下ろして、ロイはふぅとため息をつくとその背を優しく撫でてやるのだった。

「で、それがお前の隠し子か?」
「…ヒューズ」
 ロイは部屋に入ってくるなりとんでもないことを言うヒューズを睨みつけた。椅子に腰掛けるロイの腰の辺りに金髪に空色の瞳をした子供が纏わりついている。
「この間の爆弾テロ事件の生存者だろ、その子」
「ああ」
「親はどうしたのよ、親は」
「同乗してた両親は助からなかった。調べてみたら駆け落ち同然に結婚しててな、親族もなし」
「だったら施設に入れるべきだろう?」
「…離れないんだよ」
 ロイはため息をついて子供の頭を撫でた。ヒューズは器用に片眉を上げると子供の側に近寄り、跪いて話しかけた。
「あのなぁ、このお兄ちゃんはな、学生さんなの。お前はしかるべき施設に行って貰うしかないんだよ」
 ヒューズはそう言うと子供の腕を取った。途端。
「うわあああああっっっ!!!」
 凄まじい絶叫が子供の唇から迸る。びっくりしたヒューズが子供の腕を放し、ロイが子供の体を抱き寄せて宥めるように背を撫でるとようやく子供は叫ぶのをやめた。
「…何なんだよ、一体」
「だから離れないんだって」
「それにしてもすげぇ声…」
「コイツの名前、教えてやろうか?」
 ロイはたまげているヒューズに向かってニヤニヤと笑いながら言う。
「ジャン・ハボックっていうんだ」
「ハボック…そりゃまたピッタリのお名前で」
「だろ?」
 ヒューズは酷く警戒して自分を見つめてくる水色の瞳にひらひらと手を振るとベッドに腰を下ろした。
「で、そのハボックちゃんをどうするのよ」
「ん、引き取るよ」
「はあっ?!」
 さらりと言われた言葉にヒューズは目を丸くする。
「何言ってんだよ、お前。引き取るってお前17だろう?しかもこんな寮に入っててどうやって引き取るんだよ」
「近くに家を買う。幸い親が遺してくれたものがあるしな。事情が事情だけに私が引き取る事に文句を言う人間もいないだろう」
「学校はどうするんだ?」
「勿論続けるさ。私がいない時間、この子の面倒を見てくれる人物を呼び寄せてるところだ」
 そう言ってハボックの髪を優しく撫でるロイをヒューズは呆れた顔で見つめた。
「何だって、お前、その子にそんな肩入れしてるんだ?」
「…さあな」
 ロイは愛おしそうにハボックの髪をなで続けながら優しく微笑んでいた。

「今日からここで暮らすんだ」
 ロイはそう言ってハボックの手を引いて家の中に入った。
「二人で住むには少し広すぎるが、学校の近くでないと困るのでな。狭いよりはいいだろう?」
 そう言いながら二人がリビングに入ると、中で待っていた人物が立ち上がった。30を少しすぎたばかりだろう、黒い髪にエバーグリーンの瞳の男は黒い背広に身を包み、ぴしりと背筋を伸ばして立っている。ハボックはその人物を見ると、ロイの後ろに隠れるように立った。
「ハボック、彼はロナルド・ノーマン。私がいない間お前の面倒を見てくれる」
 ロイに紹介されてノーマンはハボックに向かってお辞儀をした。
「始めまして、ハボック様。ノーマンと申します。マスタング様がご不在の間貴方様のお世話を仰せつかっております」
 にっこりと微笑むノーマンに向かって、ロイはハボックを押し出した。ハボックは不安そうにロイとノーマンを見比べていたが、ノーマンが手を差し出すとおずおずとその手を握り返した。
「私は小さい頃のマスタング様のお世話をしていたのですよ。今度また、お二人にお使えすることができてとても嬉しいです」
 微笑みながらそう言うノーマンにハボックはパッと顔を輝かせた。
「ノーマン、あまり変な話をするなよ」
 ロイは苦笑しながらソファーに腰を下ろす。
「貴方様の威厳を損なうような、ですか?」
「ノーマン」
「失礼しました。今、お茶をお持ちします」
 ノーマンはそう言うと部屋を出て行く。その背を見送っているハボックにロイは声をかけた。
「おいで、ハボック」
 呼ばれてハボックはロイの前に立つとその膝に手を置いてロイを見上げる。ロイはハボックの金色の髪を撫でながら言った。
「明日からは私は学校があるのでね、朝早くから出かけて夜にならないと帰らない。訓練の関係で帰ってこられない時もある。それでも本来なら寮に入らなくてはいけないのを無理を言ってここに住むんだからな。ノーマンはお前の面倒を見てくれる。食事の世話やその他身の回りのこと。それからマナーや上流階級の人間との付き合い方なんかを教えてくれる。お前はノーマンの言うことをよく聞いて、私のいない間いい子にしているように。できるな?」
 ロイの顔をまっすぐに見つめていたハボックはこくりと頷くとロイの脚に頭を載せた。ロイが微笑んでその髪を玩ぶように撫でてやるとハボックは安心したように目を閉じる。その綺麗な空色の瞳が見えなくなってしまったことをロイが残念に思っていると、ノーマンがトレイを持って戻ってきた。
「どうぞ」
 ノーマンが丁寧に入れたお茶をロイの前に差し出すと、ロイはぽんぽんとハボックの背中を叩いた。残念そうにロイの脚から離れると、ハボックはその隣りにぽすんと腰を下ろす。ノーマンはそんなハボックに微笑むと温かいミルクが入ったカップをハボックの前に置いた。
「ハボック様にはこちらを」
 そう言われてハボックは小さな手でカップをとるとそっと口を付ける。
「あまい…」
「少しだけお砂糖を入れたんです」
 優しく微笑んでそう言うノーマンにハボックは嬉しそうに笑った。

「お帰りなさいませ」
 出迎えに出たノーマンにロイはコートを預けると中へと入っていく。いくらも歩かない内に金色の塊りが足元に飛びついてきた。
「お帰りなさいっ」
「ただいま、ハボック」
 ロイは脚にしがみ付くハボックの体をひょいと抱え上げるとリビングへと入っていく。ハボックを抱いたままソファーに腰を下ろすとハボックを見つめて言った。
「今日は遅くなるから先に寝ていなさいと言っただろう?」
「だって…っ」
 やんわりと叱るロイにハボックは泣きそうな顔をした。
「ハボック様はマスタング様にお伝えしたいことがあったんですよ」
 その時、部屋に入ってきたノーマンがとりなす様に言う。その言葉にハボックは元気付けられるようにロイに言った。
「あのね、今日、ノーマンと一緒に花壇に花を植えたの」
「花を?」
「そうっ、だから明日学校に行く前に見て欲しくて…」
「夜のうちにお伝えしなくてはと思って待ってらしたんですよね」
 ハボックの言葉に付け足すようにそう言ったノーマンをロイは軽く睨んだ。
「だからってまだ5つの子供がこんな時間まで…。あんまり甘やかさないでくれよ、ノーマン」
そう言われてノーマンは苦笑する。ハボックは言いたいことを言って安心したのか眠たそうに欠伸をした。
「ほら、もう寝なさい」
 ロイがそう言うとハボックはロイの首に腕を回してしがみ付く。ロイはやれやれと言うようにため息をつくと、ハボックを抱えて立ち上がった。リビングを出て2階に上がるとハボックの部屋に向かった。扉を開け電気を点けると、ハボックの体をベッドの上にそっと下ろした。離そうとしないハボックの腕をぽんぽんと叩くとハボックは渋々と腕を離した。
「早く寝ないと、明日の朝一緒に花を見られないだろう?」
 ロイの言葉に一瞬目を瞠ると、ハボックは慌てて目を閉じた。そんなハボックにくすりと笑うと、ロイはハボックの額にキスを落とす。
「お休み、ハボック。いい夢を」
 そう囁けばハボックがうっすらと目を開いて「おやすみなさい」と呟いた。ロイはハボックの体にブランケットをかけてやると、明かりを消して扉を閉めた。階下に下りると再びリビングに戻り、ソファーにどさりと腰を下ろす。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「いや、もう休むからいいよ」
ノーマンの言葉にロイはそう答えて、天井を見上げると言葉を続けた。
「あの子はどうだ、ノーマン?」
「賢いお子様ですよ。飲み込みも早くて大抵の事は一度言えば覚えてしまわれます。勘がよろしいんですね。どこがポイントなのかすぐ見極められます」
「…お前にしてはベタ褒めだな」
「将来が楽しみかと」
 笑ってそう言うノーマンにロイは1つ息をつくと言った。
「そろそろ1ヶ月か。その他の勉強も始めてもいい頃だな。最高の人材を揃えてくれ」
「右腕をお育てになりますか?」
「…なかなか信頼出来て使える人間と言うのは少ないものだな。せっかく士官学校に入ったのに、今のところ使えそうなのはヒューズくらいだ。若干、遠い未来と言う気もしなくもないが、自分の背中を預ける人間だからな。多少時間がかかるのは仕方ないさ」
「ハボック様も大変な方に捕まったものですね」
「私が向こうに捕まったのかもしれないぞ。私を離そうとしなかったんだからな」
 ロイはそう言うと思い出したように付け加えた。
「ああそれと、ハボックを絶対…」
「外に出すな、ですか?」
「…そうだ」
「右腕にお育てになるなら外のことも色々知っておいた方が宜しいのでは?」
「外のことなど、ここにいてもいくらでも知る方法はあるだろう。アイツは私だけ見ていればいい」
 楽しそうにそう言うロイに、ノーマンは恭しく頭を下げた。


→ chap.2