この章ではロイがハボック以外の相手とセックスするシーンが僅かですが含まれます。そういったものが絶対に嫌だと思われる方はお避けください。



心の奥深くに眠る君へ  第四章


 そうしてハボックの記憶が戻らぬまま、時はゆっくりと流れて行く。失った記憶の上に新たな記憶を刻み込んで、ハボックはゆるゆると日々を過ごしていた。護衛官としての仕事も特に問題なくこなしていく。軍人としてのハボックの行動は殆んど本能と化しており、記憶がないからと言ってさほど左右されるものではなかった。かつての友人が、部下が、新しいそれとして定着していく中で、ただロイの存在だけが落ち着く場所を探してふわふわと漂っているような、どう相対せばいいのか判らぬまま、ハボックはロイとの生活を続けていた。
(わかんないのはオレがバカだからかな…)
 相変わらず自分を見つめるロイの視線の意味も、一緒に暮らす意味もハボックには判らない。時折、ハボックの記憶を揺さぶろうとするようにロイが話す昔話も、ハボックには遠い出来事のようにしか感じられなかった。それでもハボックは少なくともロイと一緒にいることで生まれる穏やかな空間が気に入っていた。その日も、ハボックはロイにコーヒーを差し出しながら、ロイと過ごすひと時にのんびりとした気分で口を開いた。
「大佐って伊達に大佐やってるわけじゃないんスね」
 何となくバカにされたような気がしてロイはカップを受け取りながらハボックを軽く睨んで聞き返す。
「どういう意味だ、それは」
「や、だって」
 と、ハボックは向かいの席に腰を下ろすとカップに口を付けながら答えた。
「今日の会議だって、相手に有無を言わさなかったし、この間の銀行強盗の時だって、あっという間に犯人をやっつけちゃったし」
 すげぇっス、と笑うハボックの顔を見て、ロイはずきりと胸が痛む。そう言うハボックの瞳に浮ぶのは、単に自分に対する尊敬の念と親愛の情だけだ。怒っていても拗ねていても笑っていても、かつてハボックの瞳に宿っていたのはそんなものではなかった。ロイはそんなハボックの姿に耐え切れずにカップを置くと立ち上がってハボックを見下ろした。
「たいさ?」
「ハボック、私は…」
 不安そうに見上げてくる空色の瞳にロイはグッと唇を噛み締める。強引に抱きしめたら記憶が戻るのだろうか。
 そんなことを考えながらハボックを見つめていると、ハボックが落ち着かなげに瞳を逸らす。そんな姿に居た堪れず、ロイは何も言わずにリビングを出ると夜の中へと出て行ってしまった。

「え?今日もメシ、いらないんスか?」
「ああ。遅くなるから先に休んでいてくれ」
 夕方の執務室で、書類から顔も上げずにそう言うロイをハボックは呆然と見つめていた。あの日以来、ロイは家を空けるようになった。朝も昼も、必要なこと以外口を聞こうとしないロイに、ハボックはどうしてだかきりきりと痛む胸を持て余す。
(オレ、なんか悪いこと、したかな)
 そう考えて、思い出せないと言うこと自体が悪いことなのだと思い至る。
(なんで思い出せないんだろう…)
 思い出そうと考えれば考えるほど、曖昧になっていく。それでもロイ以外の人間とはそれなりに上手くやっていけているのに、ロイとの関係は日が経つにつれてギクシャクとなっていっていた。
(どうしよう…)
 ハボックは唇を噛み締めてそう思う。
(どうしよう、どうしよう…)
 まるで小さな子供のように途方に暮れて、ハボックはオレンジ色に染まる執務室の中でロイの姿を見つめていた。

「…っ」
 ロイは行きつけのバーのカウンターで酒のはいったグラスを煽るとため息をついた。あの事故からもう数ヶ月が経とうと言うのに、ハボックの記憶は一向に戻る気配がなかった。記憶を呼び戻すきっかけになればと話す昔話も全く効き目はなく、それでも記憶のないままに今ハボックが軍隊という組織の中で順調に自分の居場所を確保しつつあるのが、ロイには堪らなく辛かった。最近ではそんなハボックを強引に押し倒してめちゃくちゃに犯してしまいたい気持ちがこみ上げて、それを辛うじて押さえる事に必死になっている。ほんの僅かな時間でも2人きりで過ごすことが怖くて、ロイは昼も夜もハボックを避けていた。その事がハボックを傷つけていることにも気がついていたが、正直、もうロイには自分の衝動を抑えておく自信がないのだった。
「お一人?」
 柔らかな声にハッとして顔を上げれば、すらりとした美女が自分を見下ろしていた。金色の髪を緩やかに巻き上げて頭上でひとつに止めている。深い青の瞳が魅惑的な光を湛えてロイを見つめていた。
「ご一緒してもよろしいかしら」
 薄っすらと微笑む紅い唇に、ロイは微笑み返すと椅子を勧める。彼女の為にカクテルを注文すると、ロイはまるで昔から知っている人のように穏やかに言葉を交わし始めたのだった。

 ロイはベッドに腰かけたまま、自分の前に立つ金髪の美女に向かって手を差し伸べた。艶然と微笑む彼女をそっと引き寄せると腕の中に封じ込めそっと唇を合わせる。バスローブの襟元から手を差し入れれば、しっとりとした女の肌がロイの指に触れた。
(そういえば、ハボック以外の人間と肌を合わせるのは久しぶりだ…)
 バスローブを脱がせ、白い肌に指と舌を這わせながらロイはふと思った。ハボックと付き合う前の自分は夜ごと違う相手と過ごしていた。別にいい加減の気持ちで相手を抱いていたわけではないし、そのことで何を思うわけでもなかった。だが、ハボックと出逢ってハボックを愛するようになってロイは変わっていった。
 自分がこんなにもたった一人の人間に執着できるのだと初めて知って、だが、それは決して不快なものではなく、同じように相手にも求められると言うことがどれほど幸せなのかということを知ることが出来た。そうして今でもロイは変わらずハボックを愛している。だが。
(お前にとって私という存在はなんだったんだろうな…)
 ハボックが記憶を失ってからというもの、ロイはなんとかそれを取り戻そうとかつて一緒に出かけた場所に足を運び、一緒に過ごした時間を語り、一緒に見つめたものを見つめ、必死にハボックの記憶を揺さぶってきた。しかし、そのたびハボックはその空色の瞳に困惑の表情を浮かべてロイを見つめるばかりで。
「どうかなさって?」
 柔らかな声が頭上から聞こえてロイは物思いから引き戻された。思いに沈んでいたことなど微塵も感じさせないよう微笑むと、その滑らかな肌に指を這わせる。
「貴女のあまりの美しさに呆然としていました」
 ロイの言葉にうっとりと微笑む美女をベッドに押し倒すと、ロイはその肌に舌を這わせ始めた。綺麗な盛り上がりを見せる豊かなバストを揉みしだけば、赤い唇から絶え入るような喘ぎが零れる。男の物とは違う大きな乳首を唇に含み、舌先でこね回せばもどかしげに腰が揺れた。手を滑らせて女の脚の間に這わせると既にしっとりと濡れて解けている事に、ロイは苦笑を浮かべた。どんなに優しく愛してやっても消して自分から潤うことのない男の体と違って、女の体はもう、男を迎え入れるべく準備を整えている。ロイは自分を受け入れさせる為に、丹念に解してやる時のハボックの表情を思い出していた。舌で、指で、濡らして慣らしている間恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、それでもロイとひとつになりたいと必死に耐えているハボックは、もうそれだけで堪らなく可愛かった。
『たいさぁ、も、いいから…っ、はやく…きて…っ』
 恥ずかしさと快楽に堪りかねて縋りついてくるハボックと体を重ねる時の喜びは何にも勝ってロイを虜にして。
「ねぇ、あなた…」
 欲に染まった青い瞳に、愛しい人の姿を重ねて、ロイは女の体に身を沈めていった。


→ 第五章