心の奥深くに眠る君へ  第一章


「ハボックさーん!お届け物でーす!」
 出かけようとしていたハボックは届いた荷物に慌ててサインをする。
「はいよ、ご苦労さんっ」
「毎度どうも〜」
 ハボックは手にした緩衝材のついた封書の差出人を見てにっこりとした。
「あ、来たんだ、コレ。結構早かったな」
「来たって、なにがだ」
 同じく出かけようとしていたロイが玄関先に来てハボックに聞く。
「あ、たいさ」
 ハボックは振り向くとロイと入れ替わりにもう一度家の中に入りながら答えた。
「この間オークションで競り落としたヤツ。後で大佐にあげますよ」
 そう言ってハボックはリビングに入ると、壁際のマガジンラックに手にした封筒を放り込む。
「オークション?何を買ったんだ?」
「へへ、あとでのお楽しみ」
 ハボックは急いで玄関に戻ってくるとロイを押し出しながら笑った。そうして鍵をかけるとロイを急かす。
「ほら、大佐、急がないと遅刻!」
「…そうだったな」
 そう言って、ロイはハボックが回してきた車に乗り込むと慌てて司令部に向かうのだった。

「よっ、お疲れ〜」
 司令室に入るとハボックはそう言ってブレダの肩を叩いた。
「午前中、なんかあった?」
「いんや、今日は至って平和なもんだったぜ」
「えー、だったら出勤してりゃ良かった」
 残念そうに言うハボックにブレダがわははと笑う。ブレダは吸っていた煙草を灰皿に押し付けると席を立った。
「んじゃ、オレは昼飯食ってくるわ」
「おう」
 ハボックがそう答えた時、目の前の電話が鳴り響き、ハボックは受話器を取り上げながらブレダに手を振る。それに答えて手を振りながら司令室を出たブレダの後を少ししてハボックが追いかけてきた。
「あれ、どうした?」
「ん、なんか駅まで人を迎えに行ってくれってさ」
「ああ?んなの、警備兵に行かせりゃいいじゃん」
「大佐の客なんだと」
「んだよ、人使い荒ぇな」
「ま、午前中休みだったし」
 ハボックはそう言って笑うと食堂へ向かうブレダと別れて駐車場へと向かった。

 運転席に座って煙草を取り出そうとしたハボックは、一瞬考えてパッケージを胸ポケットに戻す。
「煙草嫌いな客だとうるせぇしな…」
 そう呟いてアクセルを踏み込むと司令部の門をくぐり駅へと走り出した。家を出たときには晴れ渡っていた空が今ではどんよりとくもってきている。
「雨になるのか?」
 そう言って見上げた視界の端に荷物を積み上げて走るトラックが入ってきた。どう見ても積み過ぎじゃないかと思われる荷台の荷物を縛るロープは、見ているだけでギシギシと鳴る音が聞こえてきそうだ。ハボックは眉を顰めると、トラックから距離を置こうとスピードを落とそうとした。その時。
 ブツンッと切れたロープがハボックの乗る車の屋根を叩いた。ハッとして見やった先に支えを失って崩れ落ちてくる荷物が飛び込んでくる。
「くそっ!」
 咄嗟にハンドルを切りながらアクセルを踏み込むハボックの車の上に、トラックから崩れ落ちた荷が覆いかぶさっていった。

「ブレダ少尉っ!」
 病院の扉をくぐるなり、受付のすぐ近くで立っているブレダに向かってロイが叫んだ。落としていた視線を上げてロイを見るブレダの肩をグッと掴んでロイが言う。
「病室はどこだ、ハボックの様子は?!」
 真っ青な顔で聞いてくるロイにブレダは低い声で答えた。
「病室は2階の210号室です。落ちてきた荷物と車のフレームの間の空間に上手い具合に体が入ったおかげで怪我の方はたいしたことは…。頭を打って3針ほど縫ってます。それ以外はあっちこっち打ってるくらいなんですけど、ただ…」
 足早に歩きながらブレダの話を聞いていたロイは目指す病室にたどり着くとノックもせずに扉を開ける。
「ちょっ…大佐っ、待って下さい、まだ話おわってない…っ」
「ハボックっ!!」
 止めようとするブレダの言葉も聞かずにロイは病室に飛び込むと、ベッドに半身を起こしているハボックを抱きしめた。
「ハボック、全く、どれほど心配したか…」
「ちょっ…なにするんスかっ!!」
 ぎゅっと抱きしめてくるロイをハボックは必死になって振りほどく。息を荒げ背にした枕に背中を擦り付けてハボックはロイに向かって叫んだ。
「アンタ、誰っ?!」
「…は?」
 ハボックの唇から零れた言葉を理解できずにロイはハボックをまじまじと見つめる。その空色の瞳がまるで知らない人を見るように自分を見つめている事に気がついてロイは目を見開いた。
「大佐、ちょっと、こっちへ。ハボック、あとでな」
 ブレダは怯えて固まっているハボックに声を掛けるとロイの腕を掴んで病室から連れ出した。訳が判らないという顔で見つめてくるロイにブレダはため息をつくと言った。
「なんにも覚えてないんです。俺達のことどころか自分がどこの誰かすら」
「…記憶喪失?」
 掠れた声で言うロイにブレダは頷く。
「とにかく、主治医のところへ。詳しいこと話してくれますから」
 そう言うブレダにロイは半ば呆然としてよろよろと廊下を歩き出したのだった。

「あの程度の怪我で済んだのは全く奇跡的としか言いようがありませんよ」
 ロイ達を前に医者はそう話出した。
「もし後少しでも荷が落ちた場所がずれていたり、彼の体の位置が僅かでも――」
「前置きはいい。必要なことを話せ」
 ピシリと言うロイに医者は一瞬口をつぐむと咳払いを一つして話しだす。
「怪我自体は大したものではありません。頭の傷も3針程縫ったとはいえ深いものではないです。他の傷も打ち身や裂傷といったものです。ただ、頭を強く打ったことによる記憶の混濁が…」
「どの程度で元に戻る?」
 ロイに強い視線で聞かれ、医者はハンカチで額の汗を拭う。
「それは何とも…」
「…戻るんだろう?」
 ロイにしては信じられないような自信のない声にブレダはハッとしてロイを見た。僅かに眉根をよせたロイの顔にさっきのハボックの声がかぶさる。
『アンタ、誰っ?!』
 見慣れたハボックの唇から発せられた想像もしなかった言葉。ブレダはロイの心中を察して、瞳を閉じると拳を握り締めたのだった。


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