wedding band 第六章
「レティシア、話があるなら早くしてくれないか。」
ハボックはレティシアの腕を振りほどくと言う。苛立ちを含んだ空色の瞳にレティシアは唇を噛み締めた。
「昔はそんな言い方、しなかったじゃない。」
レティシアはそう言って声を荒げた。
「いっつも時間を忘れて一緒にいて…どこに行くのも一緒で…ずっと一緒にいられると思っていたのに勝手に
士官学校なんか入ってしまって!それでも、きっと待っていてくれって言ってくれると思ってたのに!!」
レティシアの剣幕にハボックは目を丸くすると答えた。
「ちょっと待てよ、レティシア。勝手に入ったとか、待っていてくれとかって…。オレ達、そんな間柄じゃなかったろ?」
「私はずっと好きだったわよ!ジャンだってそうだったんじゃないの?!それを、なに?いくら綺麗な人だからって
あんな男の人のこと、物欲しそうに見ちゃって…っ」
「レティシア?!」
「綺麗な顔してジャンのこと、誘惑したのね。そうでなきゃジャンが男の人なんかに興味持つはずないもの。
イヤらしい、男のくせしてジャンのこと―――」
パンッ、と。
レティシアの頬で乾いた音がして、ハボックもレティシアも凍り付いた。ハボックは思わず叩いてしまった手をもう
片方の手で握り締める。
「ご、ごめんっ、レティシア…っ。でも、大佐のことを悪く言わないでくれ。」
「どうして?本当のこと、言っただけじゃないっ」
「レティシアっ!」
ハボックは声を荒げるとレティシアを睨んだ。
「大佐はそんなこと、する人じゃない。もしそれ以上大佐のこと悪く言うなら、いくらレティシアでも赦さない。」
そう言われて息を飲むレティシアにハボックは言葉を続ける。
「オレは小さい時からずっとレティシアのこと、兄弟みたいに思ってた。しっかり者で頼りになって、一緒にいると
楽しくて。でも、それ以上の気持ちを抱いたことはない。もしオレが思わせぶりな態度をとってたなら謝るけど…。
でも、ごめん。オレにとってレティシアは昔も今も大切な友人だよ。」
レティシアは泣き出しそうになりながらハボックを見つめると言った。
「あの人が好きなの?どうして私じゃダメであの人ならいいのよっ!」
「レティシアがダメなんじゃない。オレにとってあの人でなきゃダメなんだ。」
そう言うとハボックは薄っすらと笑う。
「会った最初から好きだった。側にいる時間が増えて、いろんな面が見えて、ますます好きになって…。オレなんて
きっと相手にもしてくれないと思ったけど、でも大佐もオレのこと好きだと言ってくれて、すごい嬉しくて…。」
ハボックは一度そこで言葉を切ると、あたかもそこにロイがいるように宙を見つめた。
「好きなんだ。誰よりも。男とか女とかそんなの関係ない。あの人だから好きなんだ。」
そう言って幸せそうに笑うハボックにレティシアは返す言葉を失う。ごめん、と言ってレティシアの横をすり抜け、
通りに向かって走っていくハボックの足音を聞きながら、レティシアはその場に蹲って涙を零した。
町の小さな小学校についたロイとビリーは、ざわざわと授業中の微かな騒めきを零す建物の中へと入っていった。
「勝手に入ってしまっていいのかい?」
「大丈夫、見学いつでもどうぞ、っていうとこだから。」
ロイに聞かれてビリーはそう答えると、空いている教室をロイと見て回った。
「理科室。夜、友達と忍び込んで怒られましたよ。」
「音楽室。友達とどっちが太鼓やるかでケンカして、その拍子に太鼓破っちゃって結局誰も出来なかったんですよ。」
ビリーは覗く教室ごとに思い出をロイに聞かせる。ロイはビリーに肩を抱かれたまま黙って聞いていた。
「あ、ここ。生徒会室なんですよ。各クラスの代表委員が集まって会議したりして。」
ビリーはある教室を指差すとロイを連れて中へと入る。ぐるりと見回すとビリーはため息をつきながら言った。
「懐かしいなぁ、全然変わってないや。」
そう言うビリーの腕から逃れてロイは壁際に歩み寄った。そこには集合写真が幾つも貼ってある。
「これは?」
「ああ、代々の代表委員の写真です。」
ふぅん、と頷きながら写真を見ていたロイは、ある一枚の前でピタリと足を止めた。何人もの男の子と女の子が
並んで映っているその中に。金色の髪に空色の瞳を輝かせて笑う子供の頃のハボックと、そして。そのハボック
に寄り添うようにしてハボックの腕にしがみ付く栗色の髪の女の子。
「これ、ハボックと…レティシア?」
「ああそうですね。一緒に代表委員やってたんだっけ。やっぱ仲いいよなぁ。」
ビリーの言葉にさっきハボックと腕を組んでいたレティシアの顔が思い浮かんだ。まるで勝ち誇ったように自分を
見て笑った顔が。
ロイはぐっと唇を噛み締めると教室を飛び出していた。
「えっ?ロイさんっ?」
慌てて追いかけてくるビリーの呼ぶ声にも答えずロイは廊下を走り抜けると建物の外へと出て行く。校庭を
横切り校門の近くの木の下で、ビリーはロイの腕をようやく掴んだ。
「待って、ロイさんっ!」
肩を掴んでロイを振り向かせたビリーは、その目にうっすらと涙が浮んでいるのに気づいてハッとする。暫く言葉
もなくロイの顔を見ていたビリーは低い声でロイに聞いた。
「ロイさんが好きな人って…もしかしてジャンのこと?」
ぴくんと震えて瞳を伏せるロイの姿にビリーはそれが肯定の意味だと理解して唇を噛み締めた。
「なんでよりによって、ジャンなわけ?」
信じられないと言うようにビリーは言葉を吐き出した。それからロイの肩をぐっと掴むと言う。
「ロイさん、俺じゃダメなの?ジャンなんかやめとけよ。こんな、ロイさんを悲しませて、俺だったらこんなことしない。
ロイさんを泣かせるような、そんなこと絶対しないからっ!」
「ビリー…。」
「大事にする。俺、本当にロイさんのこと好きだから。だから俺と付き合ってよ。ね?」
ビリーはそう言うとロイをぎゅっと抱きしめた。そしてロイの体を引き寄せると唇を近づけていく。ロイはハボックと
よく似た面差しが近づいてくるのをぼんやりと見つめていたが、ビリーの吐息を感じた瞬間、ハッとしてビリーを
突き飛ばしていた。
「…っ、ロイさんっ」
「ごめ…ごめんっ、私は…っ」
自分を見つめるビリーの姿がハボックの姿と重なり、ロイはぽろりと涙を零す。
「ハボックが好きなんだ…っ」
「ロイさんっっ!」
駆け出したロイの後を追ってビリーも通りへと飛び出す。角を次々と曲がっていくロイを追って走ったビリーは
ある角を曲がったところでロイの姿を見失ってきょろきょろと辺りを見回した。
「ロイさん…っ!」
ビリーの叫びに、だが答える姿はどこにもなかった。
「大佐?」
家に戻ったハボックは、そこにロイの姿がないことに眉を顰める。2階に上がり洗濯物を片付けるアニタに
ハボックは問いかけた。
「母さん、大佐どこにいるか知らない?」
「あら、マスタングさんならビリーと一緒に出かけたわよ。」
「ビリーと?!」
「あなたを待たなくていいのかって聞いたんだけど、いいんだって。何か書き置きしてない?」
アニタに言われてハボックは階段を駆け下りると、出かける前にロイがいたダイニングに飛び込みそのテーブル
の上に置かれた紙片に気がついた。乱暴に取り上げて目を走らせるハボックの顔がみるみる内に険しくなる。
「あのヤロウ…っっ」
ハボックは紙を投げ捨てると物凄い勢いで部屋を飛び出た。玄関の扉を壊れそうな勢いで開け放ち、外へ飛び
出したハボックがどっちへ行こうかと家の前で左右を見渡した時。俯き加減でこちらに向かって歩いてくるビリー
の姿が目に入った。
「ビリーっっ!!」
ハボックの声にハッと顔をあげたビリーは、自分を呼んだのが誰か判るとくしゃりと顔を歪めた。そうしてすごい
勢いで走ってきたかと思うと、ハボックが何か言う前に走ってきた勢いのままハボックに殴りかかってくる。
「っっ!?なにするんだっ?!」
「うるさいっ!!お前なんて死んじまえっっ!!」
「なんだとっ?!お前、大佐はどうしたっ、大佐はっ?!」
我武者羅に殴りかかってくる腕をかわしてハボックは叫んだ。ハボックの言葉にピタリと動きを止めたビリーを
ハボックが訝しんで見つめる。ビリーはハボックを睨みつけると言った。
「なんでお前なんだよっ!なんでロイさんはお前なんかが好きなんだっ?!」
「ビリー?!」
「俺ならロイさんのこと、泣かせたりしないのにっ!女なんかといちゃいちゃして、ロイさん悲しませるようなこと
絶対しないのにっ!!」
ビリーの言葉にハボックは目を丸くした。
「ちょっと待て!大佐が自分からオレのこと好きだって言ったのか?大体泣かせたって…え?女といちゃ
いちゃって…」
ロイが自分たちのことをビリーにばらしたのかとか、女とどうこうとか、ハボックはさっぱり話が見えなくて混乱
する。ビリーはそんなハボックを苛々と見つめた。
「さっき親父の店の近くでレティシアと腕組んで歩いてただろう?見たんだからな。ロイさんのこと、なんだと
思ってんだよっ!レティシアと二股だなんて、ちきしょうっ!なのになんでお前が好きだなんて言うんだよっ!!」
ビリーはそう叫ぶとまたハボックに殴りかかってくる。ハボックはその腕をかわしながら掴むと後ろ手に捻りあげた。
「いてぇっ」
ぐいと地面に押さえつけられてビリーが悲鳴を上げる。ハボックはビリーを見下ろしながら険しい声で聞いた。
「レティシアといるとこ、大佐も見たのか?!」
「そうだよっ!ロイさん泣いてたんだからなっ!」
肩越しに睨みあげながら答えるビリーの言葉にハボックは舌打ちする。そうしてビリーを見つめると言った。
「オレとレティシアはなんでもない。オレが好きなのは大佐だけだし、お前に渡す気もない。」
「な…っ、よくもいけしゃあしゃあとそんなことっ!」
「レティシアにはきちんと話をした。そもそもオレとレティシアはなんでもないんだからな。」
ハボックはそう言うとビリーの腕を離した。
「大佐はどこだっ?」
「わかんないよ、どっか走って行っちゃって…。」
追いかけたけど見失ったと腕を擦りながら呟くビリーを置いて、ハボックは走り出したのだった。
訳もわからず走って走って、気がついたら川べりの草原(くさはら)にロイは立っていた。きらきらと陽に輝く
川面(かわも)を見つめていたロイは、ゆっくりと草の上にしゃがみ込む。川から吹く風が涙を乾かして、ロイは
ため息をつくと膝を抱えて瞳を閉じた。初めてハボックの生まれ育った場所に来られる事を楽しみにしていたのに、
ハボックの両親に会えて、彼をこの世に生み出し育んでくれた人たちに会うことが出来て、とても嬉しかったはず
なのに、今、自分はどす黒い想いを抱いてこんなところで蹲っている。
(ずっと小さい時から彼女はハボックの側にいたんだ…。)
ハボックの腕にしがみ付くようにして笑う幼いレティシアの顔が浮んでくる。それがさっき見たレティシアの顔と
重なって、ロイは唇を噛み締めた。
(男の私なんかより、彼女の方がハボックには似合ってるのかも…。美人だし、スタイルだってハボック好みだし。)
自分でそう考えてロイは心が千切れそうになった。じわりと溢れてくる涙をどうすることも出来なくて膝に顔を
こすり付ける。
(ビリーにハボックが好きだって言っちゃったし、どんな顔して会えばいいんだ…)
とてもこの後、ハボックの家に戻る気になどなれはしない。ロイは草原に溶けてしまえとばかりにぎゅうと体を
縮めるのだった。
「くそ…っ、どこ行っちゃったんだろう…」
ハボックはきょろきょろと通りを見渡しながら呟いた。狭い町とはいえ、人一人探すのにはやはり広いと感じる。
「まさか何かあったんじゃ…」
自分で言った言葉にぞくりと体を震わせると、ハボックは必死の思いでロイの姿を探すのだった。
→ 第七章