wedding band  第四章


「どうぞ、たくさん召し上がって下さいね。」
温かい料理を前にアニタが言う。ロイは幾つも並んだ皿に目移りしながらハボックに言った。
「そういえば、お前の料理はアニタさんの直伝なのか?」
「そっスね。習ったのも随分ありますよ。」
そう言ってハボックはロイの皿に料理をつぎ分けてやる。早速一口食べて、ロイは嬉しそうに笑った。
「おいしい…」
「よかった、お口にあって。」
ロイの言葉にアニタも嬉しそうに笑う。
「ハボック、この料理のレシピ、教わっといてくれ。」
「はいはい。」
ハボックが笑って答えれば、ビリーが面白くなさそうな顔をした。
「なに?ジャンってばロイさんに食事作ったりしてあげてるわけ?」
「え?…あ、たまにね。」
一緒に暮らしてるとも、ましてやつきあってるとも言えないハボックは言葉を濁して答えると、アニタに言った。
「親父は?」
「今日は商工会の会合に行ってるんだけど、もう帰ってくるはずよ。」
「お父さんは今何をされてるんだっけ?」
ロイに聞かれてハボックは答える。
「駅の近くで雑貨屋みたいの、やってるんスよ。」
ハボックがそう答えた時、玄関のあく音がした。
「帰ってきたわ。」
アニタはそう言うと玄関に出て行く。話し声がしていたかと思うとアニタと共に背の高い金髪の男がダイニング
に入ってきた。
「父さん。」
ハボックと共にロイも席を立つ。
「大佐、オレの親父です。父さん、マスタング大佐だよ。」
男はにっこり笑うとロイに手を差し出した。
「ようこそいらっしゃいました。遅れて申し訳ない。ダニエル・ハボックです。」
「お邪魔してます。ロイ・マスタングです。」
握手を交わすと腰を下ろし、ダニエルはハボックを見た。
「おかえり、ジャン。」
「ただいま、父さん。」
そうしてロイの方に顔を向けると言った。
「マスタングさん、コイツはお役に立っているでしょうか?」
そう言うダニエルとアニタの真剣な顔にロイはにっこりと微笑んだ。
「ええ、とても。最も信頼している部下の一人です。」
ロイの答えにダニエルとアニタは顔を見合わせて安心したように笑う。そんな2人にビリーが面白くなさそうに
口を挟んだ。
「えー、そうかなぁ。車の運転だってヘタクソだし、気が利かないし、とても役に立ってるとは思えないけど…いてっ!」
テーブルの下の脚を抑えてビリーがハボックを睨む。ハボックはそ知らぬ顔でフォークに刺した肉を口に運んで
いた。
「コイツが軍にはいると言い出したときは驚きましたが、まさかマスタング大佐の部下として働くようになるとは
 思いもしませんでした。頑丈なだけが取り得の不器用なヤツですが、どうぞ思う存分使ってやって下さい。」
「…なんだよ、ソレ。」
ダニエルの言葉にハボックが不服そうにぼそりと呟く。ロイはくすりと笑うとわかりましたと答えた。
そうしてアニタの心づくしの料理を食べながら話に花が咲く。ロイとハボックの仕事の話やら、最近のこの町や
人々の様子やら、ビリーの学校の話も出たりして話は尽きることがなかった。

あらかた食事が済んでダイニングからリビングに席を移して少しすると、アニタが食後のコーヒーを持って来て
くれる。それを片手に話を続けていると、誰かが尋ねてきた。
「今頃誰かしら。」
そう言って玄関先に出たアニタが戻ってくるとハボックを呼ぶ。
「ジャン、レティシアが来てるんだけど。」
「レティシアが?」
なんだろう、と呟きながらハボックは玄関に出て行った。二言三言話し合う声がしたかと思うと扉の閉まる音
がして2人が外へ出て行ったのが判る。それに気づいたロイが僅かに眉間に皺を寄せていると、ビリーが言った。
「ねぇ、レティシアとジャンって昔付き合ってたんだろ?」
そう聞かれてアニタが首を傾げる。
「確かに仲は良かったけれど、特に付き合っていたとは聞いてないわ。」
ねえ、とアニタがダニエルに言えばダニエルもそうだな、と答えた。
「でもさ、レティシアはきっとまだジャンのことが好きだよね。今日、駅であった時もすごい嬉しそうだったし、
 今だってこんな時間に尋ねてくるなんてさ。」
「ビリー。憶測で滅多なことを言うもんじゃない。」
ダニエルに睨まれてビリーは口を尖らす。
「だってどう考えたってそうだろ?ジャンも特に付き合ってる人がいるわけじゃなさそうだし、レティシアと結婚
 しちゃえばいいのに。」
「ビリー!」
黙って2人のやり取りを聞いていたロイは徐にカップをテーブルに置くとダニエルたちを見た。
「すみません、少し疲れてしまったので、先に失礼しても…。」
「まあ、ごめんなさい、気がつかなくて。お部屋に小さいけれどシャワーがついてますから、どうぞ使ってくださいな。
 タオルも置いてありますから。」
アニタに言われてロイは軽く頷くと立ち上がった。
「それじゃ、すみません。お先に失礼します。今日は色々お話が聞けて楽しかったです。」
「こちらこそ。どうぞゆっくり休んでください。」
ロイはダニエルに言うとリビングを出て2階へと階段を上がる。それを追いかけるように出てきたビリーが
ロイの背に声をかけた。
「ロイさん!明日は俺、この辺を案内しますから!」
そう言うビリーに肩越しに微笑んでロイは宛がわれた部屋へと入った。閉めた扉に寄りかかってため息を洩らす。
『レティシアはまだジャンのことが好きだよね』
『レティシアと結婚しちゃえばいいのに』
ビリーの言葉が蘇って、ロイはぶるぶると頭を振った。
「私には関係ない…っ」
ロイは吐き捨てるように言うとシャワールームへと入っていった。

シャワーを浴びてロイが出てきても、ハボックはまだ戻っていなかった。
楽しかった筈のひと時が全て消え失せてしまったようで、ロイはぶるりと体を震わせるとろくに髪も乾かさずに
ベッドへともぐりこんでしまう。体を小さく丸めると、ロイはぎゅっと目を瞑ったのだった。

「レティシア、悪いんだけどオレそろそろ帰らないと。」
どうしても2人で話したいというレティシアについて出てきたハボックだったが、いつまでたっても途切れそうに
ないレティシアの話に、正直ウンザリしてきていた。
(ビリーのヤツが大佐にちょっかい出してきてるしな、早く帰んないと…)
ロイがビリーとどうこうなるなどとは思ってはいないけれど、やっぱり心穏やかではいられない。大体本当は
いろいろと心配をかけている母にはロイのことを自分からきちんと紹介したかったのだ。
(それなのにビリーの所為でっ)
落ち着かない様子で何度も時計を見るハボックをレティシアはじっと見つめていた。
(昔は私といる時に時計なんて気にしたこと、なかったのに…)
小さい時から側にいるのが当然だった。いつだって時が過ぎるのも忘れて一緒にいたものだった。ハボック
が士官学校に入ると一人で決めてしまった時はショックだったが、それでも行く前にきっと待っていてくれと、そう
言ってくれるものと思っていたのに。
(久しぶりに帰ってきたと思ったら)
ロイをみつめるハボックの目で、ハボックの気持ちが判ってしまった。
(綺麗な人だけど…でも、男の人じゃないの。)
レティシアは側にいながら自分のことなどまるで目に入っていない様子のハボックを見つめると唇を噛み締める。
(そんなの、絶対に許せないわ。)
レティシアは嫉妬の炎に身を焼かれながらハボックの横顔を見つめていた。

「たいさ…?」
ようやくレティシアを振り切って家に戻ってきたハボックは、ロイがもう休んでしまったと聞いて慌ててロイの部屋を
尋ねた。遠慮がちに叩いたノックに返事はなく、ハボックはそっとノブを回す。灯りの落とされた部屋は闇に
沈んで、ベッドに横たわった人の影が何とか見て取れた。ハボックは足音を忍ばせてベッドに近づくと
横たわる人の顔を覗き込む。ブランケットに半ば埋もれた顔はひどく幼くてハボックはその白い頬をそっと
撫でる。ぎゅっと抱きしめたい衝動を抑えてその美しい瞳を隠した目蓋に優しくキスを落とすと囁いた。
「たいさ…好きですよ。」
そうしてハボックは静かに部屋を出て行った。

闇の中でパチリと目を開いてロイはため息をついた。ハボックが入ってきたとき、応えて起き上がればよかった
のだろうか。でも、今こんな気持ちでハボックの顔を見たらみっともなく詰ってしまいそうで、そんなことは
ロイのプライドが赦さなかった。
『好きですよ』
囁くハボックの声が蘇って、その唇が触れた目蓋が熱を帯びる。
「ばか…」
そう呟くと、ロイは自分の体をぎゅっと抱きしめたのだった。

→ 第五章