wedding band 第三章
「ただいまっ!ロイさん、連れてきたよ!」
扉を開けるなりそう家の中へ向かって怒鳴るビリーに答えるように、バタバタと足音がしてエプロンをつけた
女性が顔を出した。
「まあまあ、遠い所をようこそいらっしゃいました。」
そう言ってにこやかに笑う女性は年の頃でいったら40代半ばだろうか、蜂蜜色の髪に青い瞳の笑顔の優しい
人だった。
「母さん、ロイ・マスタング大佐だよ。ロイさん、俺のお袋。」
紹介されてロイは手を差し出した。
「初めまして、ロイ・マスタングです。今回は図々しく押しかけてしまって…」
「アニタ・ハボックです。いつもジャンがお世話になって…。何もないところですけど、どうぞゆっくりなされて下さいね。」
そう言って笑う姿はハボックに良く似ていた。
「ビリー、ジャンはどうしたの?」
ロイを家の中に招きいれながらアニタが聞く。
「ん、駅前でレティシアと会ってさ、なんか話が長くなりそうだから置いてきた。」
ビリーがそう言ったとき、バンッと扉が開く音がしてハボックが飛び込んできた。
「ビリーっ、お前〜〜っっ!勝手に大佐を連れて行くなっっ!!」
「あれ、なんだよ。もっとゆっくり話してくればいいのに。」
ロイさんのことは俺に任せてくれていいから、としれっとして言うビリーにハボックが目を吊り上げる。
「ふざけんなっ!お前は出てこなくていいんだよ!大体お前、学校休みじゃないんだろ、とっとと帰…っ」
ハボックがぎゃんぎゃんとビリーに向けて怒鳴っていると、目を細めたアニタがハボックの耳をぎゅうぅっと
引っ張った。
「てっ!あいててててっっ…っ、何すんだよ、母さんっ」
「何するんだじゃないでしょう、久しぶりに家に帰ってきて、きちんとただいまも言えないの?アンタは。」
腰に手を当てて背の高い息子を睨みあげるアニタに、ハボックはシマッタと言う顔をする。持ったままだった
荷物を床に下ろすと、ハボックはアニタの体を抱きしめて口を開いた。
「ただいま、母さん。元気だった?」
「お帰りなさい、ジャン。アンタこそ、元気だった?怪我したりしてない?」
小柄な体をハボックの腕の中にすっぽりと収めて、アニタは手を伸ばすとハボックの頬を撫でる。ハボックは
くすぐったそうに微笑むとアニタを見つめて言った。
「母さんの方こそ、なんかまた小さくなったような…。」
「何言ってるの、ますます逞しくなっちゃって。」
愛おしそうに息子を見上げてアニタは言った。そんな2人の様子を見ていたロイは、ハボックがとても愛されて
育ったのだろうと思う。時には厳しく、時には優しく、愛情を込めて育てればこんな男ができるのかとロイは
ハボックをみつめて微笑んだ。
「結婚式からすぐこっちなんて、慌しくて疲れたでしょう?今、お茶をお持ちしますからお座りになって。」
アニタはロイに椅子を勧めるとキッチンへと入っていく。ロイはリビングの壁に飾られた写真に目を留めると
近づいて覗き込んだ。
「これ、小さい時の?」
「そうっス。恥ずかしいからあんまり見ないで下さいね。」
照れたように笑うハボックをちらりと見て、ロイは写真を覗き込む。そこには釣り竿を持っていたり、サッカー
ボールを蹴る瞬間だったり、ハボックだけでなく、彼の兄弟たちの写真もたくさん飾ってあった。
「ロイさん、ロイさん、これ、俺ですよっ」
小さな男の子が乳飲み子を抱えて踏ん張って立っている写真を指差してビリーが言う。落とすまいと必死に
抱えるその子の表情が可愛くて、ロイは目を細めた。
「この赤ん坊がビリー?」
「そうですっ、可愛いでしょ?」
確かに抱かれてきょとんとしている赤ん坊も可愛いことは可愛いのだが、ロイとしては抱いている男の子の
方に目がいってしまう。
「抱いているのはハボック?」
「え?あー、そうですね…ジャンだ、コレ。」
おそらくは無意識だろう、幼いハボックの顔にそっと触れるロイの様子がなんだか面白くなくて、ビリーは
ロイの腕を引っ張った。
「こっち、もっといい写真があるんですよ。」
そう言ってビリーがロイに写真を示そうとすると、
「おい、ビリー。馴れ馴れしく大佐に触んじゃねぇって何度言ったらわかんだよっ」
途端にハボックがビリーとロイの間にねじ込んでくる。
「なんだよっ、写真見せてんだろ、じゃますんなよ、ジャンっ」
「お前に説明してもらわなくてもオレがやるからいいの。」
「ああっ?お前さっき恥ずかしいから見るなとか言ってたじゃないか。」
「うるさいな、大佐が見たいっていうなら別にいいんだよっ」
「もうっ!いい加減にしなさいっ!マスタングさんが呆れてるじゃないの。」
「「いででででっっ」」
ぎゃんぎゃんと言い合う2人の耳をキッチンから出てきたアニタが思い切り引っ張った。
「ひどいよ、母さんっ」
耳を押さえて涙ぐみながら文句を言うビリーを睨み、そうしてばつの悪そうな顔をしているハボックを睨んでアニタ
は言う。
「ほんとに、いい年してみっともない。」
そうしてキッチンに戻ると紅茶のセットを載せたトレイを持って出てきた。
「お茶が入りましたわ、マスタングさん。」
言われてソファーに腰を下ろしたロイの前にアニタは紅茶を注いだカップを差し出す。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「ごめんなさいね、みっともなくて…」
恥ずかしいわ、と言うアニタにロイは微笑んだ。
「賑やかでいいですね。私は一人っ子なので、正直羨ましいです。」
そう言ってロイは紅茶のカップに口を付ける。そして壁の写真に視線を投げると言った。
「いい写真ですね。」
「ありがとう。どれも大切な思い出なの。」
「そうでしょうね。」
にっこりと微笑むロイの隣りにどさりと腰を下ろしてビリーが言った。
「俺のが一番いい写真でしょっ?兄弟の中じゃ一番ハンサムだって言われてんですよ。」
「誰が一番ハンサムだっ!」
ロイに圧し掛からんばかりに近づいているビリーの肩を掴んで目を吊り上げるハボックを、ビリーも負けじと睨み
返した。
「いい加減にしないと、アンタたち夕飯抜きよ。」
一発触発の空気にアニタの冷ややかな声が響き、うっと言葉に詰まる2人にロイはくすくすと笑い出してしまった。
「たいさぁ…」
情けなく目尻を下げたハボックの顔を見るにつけ、ますます笑いが止まらない。肩を震わせて笑うロイにハボック
はむぅと唇を突き出したのだった。
お茶を飲みながら楽しく話をした後、疲れているだろうから夕飯まで部屋で休んでいてくれと言われて、ロイは
2階の一室に上がっていた。
「ホントはオレと一緒の部屋でもいいんスけどね。」
そう言うハボックにロイは苦笑する。
「そう言う訳にもいかんだろう。」
そうして、そろそろオレンジ色に染まりだした空にむけて窓を開け放った。
「いいお母さんだな。」
窓際に寄りかかってそう言えば、ハボックも窓辺に寄って来て窓枠に手をついて外を見ながら答えた。
「昔っからあんなカンジで、全然頭あがんなくて。」
ハボックは空を見上げながら言葉を続ける。
「礼儀やルールには煩かったけど、それ以外のことはあんまりうるさいこと言わないで黙ってみててくれたな。
もっともあんまりエスカレートしてくると怒られたけど。」
「耳をひっぱって?」
「あれ、痛いんスよ〜。」
情けない顔をするハボックにロイはくすりと笑う。
「お前が言うことを聞かないときは、私もああするかな。」
「…カンベンしてください。」
ハボックはそう言うとロイの側に寄ってその手を取った。
「いつだってアンタの言うこときいてるじゃないっスか。」
「そうだったか?」
ロイの言葉に意地悪っスね、と囁いて、ハボックはロイにそっと口付けていった。
→ 第四章