wedding band 第一章
「大佐んトコにも来ました?招待状。」
ハボックが執務室の扉を開けるなりそう言う。相変わらずまともにノックもしやしないその態度にロイは僅かに眉
を顰めたが、口に出しては別の事を言った。
「ああ、マシュウ・ペリー准尉の結婚式だろう?」
「そうそう、行くんでしょ?」
さも当然とロイの机に手をついて言ったハボックは、自分を見上げるロイの唇にチュッとキスを落とす。途端に
ごしごしと軍服の袖で口を拭くロイに、ハボックは情けなく目尻を下げた。
「アンタ、ひでぇっスよ、ソレ。」
「うるさいな、処構わず不埒を働くからだろう。」
「不埒って…」
むぅと頬を膨らませてそんな事を言うロイをハボックはため息混じりに見つめる。もっと大胆なこともしているのに、
今更唇を触れさせるくらいのキス一つに不埒も何もないもんだとハボックは思った。
「休みが取れればな。」
「大丈夫っスよ〜。めでたいことなんだし。色々世話も焼いたんだから最後まで面倒みないと。」
お気楽にそう言うハボックに今度はロイがため息をついた。確かにペリー准尉のこの結婚は、ロイとハボックが
いろいろと世話を焼いてやった結果の産物だ。彼女とうまくいかないというペリーの愚痴をハボックが聞いてやり、
その相談をハボックがロイにするという形でロイも女性との付き合い方をペリーに手ほどきしてやったのだ。
「まだ1ヶ月以上先の話だし、あらかじめ中尉に言っておけば大丈夫ですって。」
「だが日帰りじゃいけない距離だろう?」
「ま、ね。でも何とかなりますって。」
能天気に笑うハボックに、ロイはハボックが交渉してくれるならまあいいか、と思うのだった。
「結局4日しか休み取れなかったっスね。」
結婚式を3日後に控えた日の午後、ハボックは執務室で書類に埋もれるロイにコーヒーを差し出しながら言った。
「私にしてみれば中尉が4日も休みをくれたのは奇跡だと思うがね。」
それもこの書類の山たちを片付けない限り、4日どころか1日だって休みをもらえないことだってありうるのだ。
「それで、大佐。ちょっと相談があるんスけど。」
「相談?」
ロイはペンを置くとハボックを見上げる。ハボックはトレイを小脇に抱えて机に寄りかかると言った。
「マシュウの実家からだとオレの実家まで近いんですよ。それこそ駅二つ分くらい。で、物は相談なんスけど
結婚式の帰りにオレんち寄りません?」
「お前のうちに?」
「ええ。結婚式の前日にこっちでて、式場の近くに泊まって翌朝結婚式出て。でもってそのままうちの実家行って
2泊。どうっスか?」
「だが迷惑じゃないのか?」
ロイがそう言えばハボックは首を振った。
「全然。昔は兄弟がぞろぞろいましたけど、今じゃ親父とお袋だけだし。大佐が行くっつったら喜びますよ。」
「だが…。」
迷う素振りのロイにハボックはにっこりと笑う。
「それにオレも大佐のこと、紹介したいし。」
ね、とニコニコと微笑まれて、ロイはしょうことなしに頷いたのだった。
「たいさっ!早くしないと列車に遅れる!」
ハボックが玄関先で苛々と足踏みする。
「ちょっと待てっ!あと、これを入れて…っ」
ロイは最後の荷物を詰め込むとカバンの蓋を閉めた。大ぶりのトランクを抱えて玄関まで行けば、ハボックがそれを
ひょいと取り上げる。
「荷物持ちますから、鍵、閉めてっ!」
「わかった。」
ガチャガチャと扉を閉めるとロイは既に走り出しているハボックの後を追いかけた。両手に荷物を持っているにも
係わらず素早いハボックにロイはようやく追いつくと、ハボックのカバンに手を伸ばす。
「自分で持つ。」
「いいっスよ。アンタに持たせるよりオレが持ったほうが早く走れますし。」
そう言われて確かにそうだと思いつつも何となく面白くない。ロイはほんの少し眉を寄せるとハボックを追い越して
走っていく。微かに目を見開いてスピードを上げたハボックと一緒に並んで駅までの距離を走りきると、列車は
間もなく発車する所だった。
「たいさ、早くはやくっ!」
扉を背中で押さえて呼ぶハボックの脇をすり抜けてロイは列車に飛び乗る。なんとか2人が乗り込んだ途端、
列車はガタンと動き出した。
「ふわ、危なかったっスねぇ。」
ハボックが両脇に抱えた荷物をデッキに下ろしながら言う。ロイもホッと息をつくと、手の甲で額の汗を拭った。
「まあ、とりあえず乗ってしまえばこっちのものだろう。」
そういうロイにハボックは苦笑すると荷物を持ち上げて言った。
「中、入りましょうか。」
言われて頷くロイを連れてハボックは列車の中へと入っていく。適当な所で荷物を網棚に押し込むとロイと向かい
あって腰を下ろした。
「あー、なんか忘れもんした気がする…。」
「お前な…。」
「ガス、消しましたよね。」
「たぶんな。」
「窓、全部閉めてきましたっけ?」
「たぶんな。」
「電気消してきました?」
「たぶんな。」
「たいさ〜〜っ、その返事、すげぇ不安を煽るんですけどっ」
情けない顔でそう言うハボックをロイは睨んだ。
「もう列車に乗ってるんだ。今更何を言っても仕方ないだろう。」
「そりゃそうっスけど…。」
うちに帰ったら火事になってたらどうしよう、などとぼやくハボックを放って、ロイは窓の外へ目をやった。列車は
そろそろ市街地を抜け、だんだんと田畑が多くなってきている。このまま幾つも町を抜け、半日がかりで辿り
つく小さな町で、ペリーたちの結婚式は行われるのだ。
「ふあ…」
ロイがかみ殺すように欠伸をすれば、窓枠に肘をついたハボックがくすりと笑った。
「アンタ、昨夜遅くまで書類と格闘してたでしょ。いいっスよ、寝てて。近くになったら起こしますから。」
「そうか…?」
ロイはそう言うと窓枠に顔を寄せ、次には背もたれにもたれかかり、なんとか体が落ち着く場所を探そうとする。
だが、結局見つからずにチッと舌打ちしたかと思うと徐に立ち上がり、どうする気だと見上げてくるハボックを
じっと見つめるとハボックの隣りに腰を下ろし、その膝に頭を載せて瞬く間に寝入ってしまった。
「……。」
なかば呆然とそんなロイを見ていたハボックは吐息と苦笑を同時に吐き出す。そうしてロイの頭を優しく撫でながら
流れる景色に目をむけたのだった。
「ん〜〜っっ」
列車を降りた途端思い切り伸びをするロイにハボックが言う。
「よく眠れました?」
「そうだな、枕が硬いわりにはよく寝た気がする。」
「人の脚、痺れさせておいてそういうこと言いますか、アンタは。」
思い切り顔を顰めるハボックには目もくれず、ロイはきょろきょろと辺りを見回す。
「のどかな所だな。」
「そうっスね。オレんとこもこんなカンジっスよ。」
ハボックは答えるとカバンを持ち上げた。
「とにかくまず宿に行きましょう。」
そう言って歩き出すハボックをロイは慌てて追いかける。改札口を抜け通りにでれば、狭い道を挟んで色々な
店が並んでいた。
「宿の場所、聞いてきます。」
ハボックはそう言うと手近の店に入っていく。ロイはぶらぶらと店のショーウィンドウを覗き込んだ。そこは小さな
骨董屋だったようで、なにやら古めかしい色合いのものが幾つも並んでおいてある。ざっと目を通して、だが、
やはりこんな小さな町の骨董屋、めぼしいものはないなとロイが店から離れようとした時、目の隅に飛び込んで
来たものに足を止めた。それは綺麗な細工を施した銀色のライターで、ロイは近づくとガラス越しに覗き込む。
暫く見つめていたが、ハボックがまだ戻ってこないのを見て取ると、店の中へと入っていった。
「いらっしゃいませ。」
店の中でランプを磨いていた主人と思しき男が顔を上げて笑いかける。ロイはウィンドウの方を指差しながら
口を開いた。
「店主。あそこのウィンドウに飾ってあるライターなんだが。」
ロイがそう言えば男はランプを置いて立ち上がった。
「ライターですか。」
そう言ってショーケースを見ると手を伸ばしてライターを取り上げた。
「ああ、これはさっき入ったばかりの品ですよ。なんでもラッシュバレーの機械技師が作ったらしいんですが
凝った細工でしょう。」
「いくらだ?」
店主が答えた金額をロイは財布から取り出すと引き換えにライターを受け取る。ちらりと見やった後、コートの
ポケットにねじ込んで店を出た。
「あ、大佐、そんなトコにいたんスか。」
いないから焦りましたよ、と言うハボックにロイは言う。
「宿の場所は判ったのか?」
「ええ、歩いて10分くらいのトコみたいです。」
行きましょうと促されて、ロイはハボックについて歩き出した。
宿に入って荷物を置いて一息入れていると客がきているとフロントから連絡があった。部屋に来てもらうよう
頼めば、明日の主役のマシュウ・ペリーだった。
「よう、マシュウ、久しぶり。」
そう言って中へと促せばペリーは遠慮がちに入ってきた。
「大佐、少尉。遠い所をわざわざありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げるペリーにロイは笑って話しかける。
「もう準備は整ったのかい?」
「ええ、おかげ様で。その節は大佐には随分助けていただいて。」
「私はただアドバイスしただけだよ。」
ロイがそう答えればペリーは恥ずかしそうに笑った。
「でも、大佐のおかげで結婚できるようなものですし。」
そう言うペリーに水を向ければ幸せそうな話がいくつも零れ出る。そうして幸せのおすそ分けをするとペリーは
明日はよろしくと言いおいて帰っていった。
「よかったっスね、幸せそうで。」
「そうだな。明日が楽しみだ。」
そう言って微笑むロイをハボックはそっと引き寄せると優しく唇を重ねた。
→ 第二章