運命は突然やってくる。 第九章
「なー、マジこれ登んの?」
実際に崖の下までくると、遠くから見ていたのよりはずっと高いことがわかった。3人は自分達の行く手を邪魔する
ソレを見上げてウンザリとため息をついた。
「やっぱオレ達もみんなと一緒の道を言ったほうが良かったんじゃねぇの?」
「今更言うな、今更。」
カベーリがぶうたれるとブレダが文句を言う。
「これで壁にトラップでも仕掛けられてたら泣けるよなぁ。」
「「ハボックっ!!」」
のんびりと嫌なことを口にするハボックを2人が睨みつけた。物凄い形相で睨まれて、ハボックは慌ててへらりと
笑う。
「いや、多分そんなことはないと思うけどさ。」
「そういう根拠はどこにあるんだよ。」
「えーと…勘?」
そう言った途端、2人から思い切り蹴りとパンチを食らってハボックは涙ぐんだ。
「怒ることないじゃん…。」
ハボックが痛みを堪えてそう呟くとブレダがギロリと睨む。
「言うタイミングが悪いんだよ、お前は。」
ヘンなこと言いやがって、とブレダが言うと
「言霊ってあるからなぁ。」
「ハボック!!」
「だって悪いことは口にしちゃダメだって教わらなかった?悪い運を呼び寄せるからって。」
「そう思ってんなら言うなっ!」
肩を怒らせて怒鳴るブレダにカベーリが言った。
「なあ、もう行こうぜ。ぐちゃぐちゃ言ってても仕方ないんだし。時間がなくなる。」
カベーリの言葉に流石に2人が口を噤む。互いの顔を見やって頷くと亀裂の間へと入っていった。
「結構広いじゃん。」
カベーリがそう言えばハボックがニヤニヤと笑う。
「よかったなぁ、ブレダ。多少の腹の出っ張りは大丈夫だ。」
ニヤつくハボックを思い切り睨んでブレダは崖の表面を調べた。
「これならわりとのぼりやすいかもな。チョークはあるんだろう?」
「まあな…うわ、フリークライミングかよ。」
「ところどころ棚があるみたいだ。休み休みいけばなんとかなるだろ。」
頭上を見透かしてそう言うハボックにブレダは呆れた表情になる。
「さっきも思ったけど、ほんっとお前の目ってどういう目してんだよ。」
「え?どういうって、こういう目。」
「…ブレダ、コイツに聞くだけ無駄だから。」
「…そうだったな。」
そう言いあってチョークを取り出す2人にハボックがひでぇと喚いたが相手にされなかった。仕方なしにハボックも
靴の汚れを落とし、ザックの中から滑り止め用の粉チョークを取り出すと手につける。
「順番は?」
「カベーリ、俺、ハボだろ。」
「だな。」
そう言って頷き合うとカベーリは頭上を見上げた。よし、と頷くと岩壁に手をかけ慎重に登っていく。少し間をおいて
ブレダが続き、その後をハボックが追った。
「かーっ、思ったよりキツ…っ」
「ブレダ、頼むから落ちてこないでくれよ。」
5メートルほど登った所で既に泣き言を言い出したブレダにハボックが心配そうに言う。
「おう、落ちた時はたのむわ。」
「だから落ちるなって…。」
よけるからな、と友達がいのないないことを言うハボックを後で殴ってやろうと思いつつ、ブレダが更に上の岩に
指をかける。その時、更に数メートル上からカベーリの声がした。
「おい、ここまで上がれば一息つけるぞ。」
見上げれば数十センチの幅の棚の上でカベーリが壁に張り付くようにして立っている。ブレダは一つ息を吐くと
ぐっと腕に力を込めて体を引き上げた。そうして3人がその棚の上に立つと、カベーリがまた上を見上げた。
「次はあの8メートルくらい上の棚な。」
「棚ぁ?」
「でっぱりだろ?」
「いちいちうるせぇよ、ほら、行くぞ!」
文句を言う2人を睨んでカベーリがすいすいと崖を登っていく。そんなカベーリをブレダが羨ましそうに見上げた。
「いいよな、アイツ。身軽で。」
「体重ならオレだってキツイんだよ。お前ばっかじゃねぇの。」
そう言われてブレダはハボックを見た。スラリと背の高い体はここ数ヶ月で随分と筋肉がついていて重量が
ありそうだった。
「終わったら少しダイエットしよう。」
ブレダはそう呟くと再び岩に指をかける。そうしてカベーリはかなり楽そうに、後の二人は必死になってその後に
ついていった。30メートルほど登った所で、わりと幅のある棚の上にあがったカベーリは2人に言う。
「ここで少し休憩しよう。まだもう少し登らなきゃだからな。」
「通気孔って崖のどのヘンにあった?」
「50メートルくらいじゃないか?」
「うへぇ、まだ半分かよ。」
胡坐をかいて座り込んだハボックがウンザリしたようにぼやくのにブレダが言った。
「とにかく、ここでそう時間を食うわけにはいかないんだ。まだあと建物の中が残ってるんだからな。」
「…そうでした。」
ハボックは答えて立ち上がるとパンパンをズボンをはたく。
「通気孔はこの真上じゃないだろ?」
「多分4、5メートル亀裂から右に行ったところだ。上手く棚でもありゃいいけど、なかったら水平移動だからな。」
カベーリに言われて残りの2人の顔が情けなく歪んだ。
「泣き言言ってる暇はないからな。行くぞ。」
そう言ってさっさと登っていってしまうカベーリを見つめてハボックがぼやく。
「アイツさぁ、結構オニなとこあるよね…。」
「俺はアイツの評価が変わったぞ。」
ブレダは口をへの字に曲げてそう言って、だが、それでもカベーリに続いた。途中の棚とも出っ張りともつかない
ところで休みながら3人は着々と登っていく。目指す距離をほぼ登った所でカベーリが言った。
「次、あそこまで登ったらとりあえず亀裂を出て水平移動しようと思う。」
「なんか仕掛けてあると思うか?」
ハボックがそう言えばブレダが答えた。
「学生の訓練なんだ。しかもまだ入学して数ヶ月の。そこまでキツイことはしてないと思うぜ。つか、ここまで登って
くるだけで十分だろ。」
その言葉に頷いて最後の数メートルに取り掛かる。まず、カベーリが辿りつき、続く二人を見下ろした時。
「どわっ?!」
ブレダが掴んだ岩がぽろりと崩れた。
「ブレダっ!」
カベーリの声に上を見上げたハボックはブレダが滑り落ちてくるのに気がつく。咄嗟に己を支え易い岩に指を
かけると、落ちてくるブレダの下に体を入れた。
「ハボっ!」
「ぐっ!」
肩に当たる衝撃に、ハボックが呻く。ブレダは滑落が止まった一瞬のうちに壁を掴むと、ハボックから何とか体
を離した。
「わりぃ…」
「…次はよけるからな。」
上から見ていたカベーリは2人が無事なのを確認してホッと息をつく。上がってきた2人に手を貸して3人はホッと
息をついた。
「次は水平移動だからな。落ちたらオシマイだぞ。」
カベーリはそう言って続ける。
「通気孔は多分ここから数十センチ、遠くても2メートルも下じゃないと思う。俺がまず行くから合図を出したら
来てくれ。」
「落ちるなよ。」
「気をつけて。」
そう言う2人に頷くとカベーリは棚から身を乗り出した。
「よっ」
軽い掛け声と共に亀裂から出て水平に崖を移動していく。視線を走らせたカベーリは通気孔がほぼ自分と並んだ
位置にある事に気づいてニッと笑った。
「ラッキー。」
そう呟いて通気孔の脇まで行くと腰に吊るしたナイフを取る。通気孔の淵にナイフの刃をねじ込んで器用に外して
しまうと、開いた穴へと体を滑り込ませた。
「ブレダっ、ハボックっ」
呼べば次々とやってくる二人に手を貸して、3人はどうにか通気孔の中に辿りついた事にホッと息をついた。
「ここまでくれば後一息だな。」
「その一息が一息で済めばいいけど。」
ブレダはそう言って、事前に配られていた建物の内部の地図を広げる。
「このダクトを伝っていけば貯蔵庫に出るはずなんだ。問題はそこからだな。」
「ダクト使って上まで行けないの?」
「建物の中のダクトなんて子供でもなきゃ通れるかよ。」
「あ、そか。」
それこそ腹がつっかえるな、と言うハボックを一発殴ってブレダが言った。
「とにかくあと一息だ。まず貯蔵庫に出るぞ。」
その言葉に頷き合って、3人はそろそろとダクトの中へと進んで行ったのだった。
→ 第十章