運命は突然やってくる。  第八章


「んじゃ、行くわ。」
パンツとシャツだけの格好になったカベーリは脱いだ服を防水性の袋に詰め込むと肩に背負ってそう言う。
「そのカッコで行くの?」
僅かに眉を顰めてそう言うハボックにカベーリは唇を尖らせた。
「仕方ないだろう、潜水服、ないんだから。」
濡れた服着て歩くわけに行かないんだし、と言うカベーリに顔を寄せるとハボックが言う。
「川渡った後は、ノーパン?」
こそっと囁くハボックの頭をゴツンと一発殴るとカベーリは川べりへと下りていく。頭を擦りながらニヤニヤと
笑って手をふるハボックの耳をブレダが引っ張った。
「ほらっ、アホなこと言ってないで、お前はこっち!」
ぐいぐいと引っ張って繁みの中に身を潜めるとブレダが囁く。
「何人くらいいると思う?」
「橋の手前に2人、向こう岸に4人。それからあそこの繁みとあっちの繁みにも2人。あと、あの橋の向こうの
 木の上に一人いる。」
すらすらと答えるハボックをブレダが胡散臭そうに見た。
「お前、一体どういう目をしてんだよ。」
「目、つか、気配?」
いるような気がする、と言うハボックにブレダはチッと舌打ちする。
「気がすんじゃなくて実際いるんだろうよ。」
(全くどういう野生の勘だよ。)
ブレダはそう独り言つとハボックを見た。その瞳が綺麗なガラスのようになっている事に気がつくと口の端
をあげて笑う。
(まぁ、負ける気、しねぇな。)
「じゃ、せいぜい派手に行きますか。」
「おうよ。」
ハボックはそう答えると同時に手にした手榴弾を口元に持っていき、歯でピンを引き抜く。シュッと繁みの中へ
投げ込めばドオンという音と共に煙が上がった。それを合図に隠れていた繁みから飛び出すと、ブレダは
橋のたもとにいる相手のほうへ、ハボックは繁みのほうへと走る。銃を構える相手の前で体を低くすると
ハボックは下から回し蹴りをする要領で相手のこめかみを蹴り飛ばした。吹っ飛んでいく相手を見もしないで
そのまま体の横に手をつき、それをバネに地面から飛び上がる。それまでハボックがいた場所にバラバラと
ペイント弾が打ち込まれて紅い染みを作った。
「…っ」
ハボックは細く息を噴出しながら飛んできた相手の拳を腕で受け流す。ざざっと流れる体を踏ん張って
止めると、引き抜いた銃の底で相手の顔を殴り飛ばした。
「ハボック!」
上がった悲鳴に振り向けば橋の手前の2人の相手をしていたブレダが向こう岸から走ってきた2人にも
襲い掛かられている。ハボックは腕を伸ばして手近に伸びていた蔓を引き抜くと、ロープを叩きつける要領で
近くの敵の目元に打ち付けた。
「ぐわっ!」
悲鳴をあげる相手の腕を取るとハボックは思い切りソイツを投げ飛ばした。高い悲鳴と共に川に落ちた体が
ザブンと水しぶきを上げるのを目の端に捉えながら、ハボックは次の相手へと手を伸ばす。だが、相手は
ハボックの腕からバック転で逃れると、ペイント弾を打ってきた。寸でのところでかわしたハボックに後ろから
飛び掛るヤツをひょいと身をかがめてよけると、自分の頭上に伸びた腕を掴んで、目の前の銃を構えた男に
向かって投げつける。ガツンと硬い音がして倒れこむ二人を置いてブレダの方を振り向けば、ちょうど相手を
のした所だった。
「これで全部か?」
ブレダがそういうのと同時にハボックはブレダを突き飛ばした。ババッとペイント弾が地面に散って、ハボックは
地面を一回転して体を起こすと木の上に目を走らせた。
「そこっ!」
枝の間めがけて撃ったペイント弾に胸を黄色に染めた男が木の上からもんどりうって落ちる。ハボックが振り
向いて橋の向こうを見ると、ちょうど向こう岸に渡ったカベーリが橋の対岸に残っていた連中を殴り飛ばした
ところだった。ハボックは手を差し出して地面に座り込んだブレダを引き起こすと、カベーリに向かって手を振る。
そうして服を着るカベーリの元へ橋を駆け渡ると、ブレダがにやりと笑って言った。
「お疲れさん。」
そう言うブレダに頷いて、それからカベーリはハボックを睨む。
「お前、わざと川の中に投げ飛ばしたろっ?」
「はあ?たまたまだろ?」
「嘘付け、ビビったじゃねぇか。」
先に殴ったからいいようなものの、と文句を言うカベーリにハボックがにやりと笑った。
「スリルがあって楽しかったろ?」
「あほうっ」
バキッと音が出るほど殴られてハボックは痛いと涙目になりながら頭を擦る。そんな2人を放って崖をしげしげと
見つめていたブレダが口を開いた。
「おい、いい加減にしろ、2人とも。」
真剣な口調にハボックとカベーリがピタリと口を閉ざす。自分を見る二組の瞳からふざけた表情が消えた事に
頷いて、ブレダが言った。
「ほれ、最後の難関が待ってるぞ。」
そう言って指差す先に崖が聳え立っている。
「これを登ったその上が目指す建物だ。」
「どっかに入口、ないのか?」
「あそこ。」
とブレダが崖の中央辺りを指した。
「空気孔がある。あそこからなら多分入れるんじゃないか。」
「あそこまで登るのか?丸見えじゃん。」
「神様に祈れよ。」
ハボックがそう言えばカベーリが眉を顰めて言う。
「これっぽっちも信じてねぇくせに。」
よく言う、と言われてハボックが笑った。
「神頼みなんかしてたら命が幾つあっても足りねぇよ。」
「ま、そりゃそうだわ。」
そう言って二人はブレダの顔を見る。ブレダは思い切り嫌そうに顔を顰めると答えた。
「崖のあっちの方に亀裂があるんだ。あの間を登っていけば見つからないと思う。」
「じゃ、そっちから行こうぜ。」
頷いて歩き出した2人は、ブレダがついて来ない事に首を傾げる。
「ブレダ?」
「どした?」
どこか痛めたのか、と聞かれてブレダは情けない顔をした。
「オレさ、体が引っかかりそうな気がして…。」
そう言うブレダをハボックがまじまじと見つめてプッと噴出す。
「そういやお前、入学した時よりちょっと腹が出たんじゃないのか?」
あんなに食ってりゃな、と笑うハボックをブレダが思い切り蹴飛ばした。
「そんなに俺たちと変わんねぇだろ。」
からかうなよ、ハボックとカベーリが言えば、ハボックが悪い悪い、と笑う。そんな2人を睨みつけてブレダが言った。
「それに俺、高い所苦手なんだよ。」
「大丈夫だよ、下見なければ。」
「見ないようにしようと思えば思うほど、見たくなるのが人間心理なんだよっ。」
そう嘆くブレダの肩を叩いてハボックが言う。
「オレが下から登ってやるから。そしたら多少ずり落ちても大丈夫だろ?」
「ソコしかいくとこがないなら仕方ないじゃん。早くしないと時間ぎれになるぜ?」
ハボックとカベーリに言われて、ブレダも観念したように頷く。
「よし、じゃ、行くぞ!」
その掛け声と共に、3人は崖へと向かったのだった。

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