運命は突然やってくる。  第五章


「おい、ハボっ!次行くぞっ!」
「ああ、ちょっと待って…くそっ、トイレ行く暇もねぇじゃん。」
ハボックは教科書を机の中に突っ込むとガタンと席を立つ。もう、教室の入り口を出掛かっているブレダの
後を慌てて追いかけて小走りに駆けると、ハボックはブレダの横に並んだ。
「なんだって毎日こう、忙しいんだか。」
「仕方ないだろ、1年次は履修科目多いんだからさ。」
ハボックがぼやけばブレダが答える。2人は足早にロッカールームに入ると、友人達に混ざって着替えを
始めた。
「でもオレ、次の体術の授業は好き〜。」
そういうハボックをブレダはちらりと見上げる。それから嫌そうにソッポを向くと言った。
「今日はお前とは組まんからな。」
「えー、なんでー?!」
「何でもクソもねぇ、他のヤツとやれ。」
「だってブレダしかオレの相手してくんないじゃん。」
泣きそうな顔でそういうハボックにブレダはチッと舌打ちする。入学して3ヶ月ほどが過ぎ、さまざまな基本的
な講義を受けているハボック達だが、まだそれほど特殊な授業もないこともあり、さほど誰がどんな方面に
秀でているのかと言う事に関しては、未だどんぐりの背比べ状態でありはっきりとは現れていなかった。
ブレダに関して言えば、長年多くの生徒達を見てきた教官から言わせれば、冷静沈着で広く物事を
見る能力に優れ、作戦を立案する力に長けている、と言うところだろうが、そんなことは生徒の間ではまだまだ
気がつくには程遠いというのが現状であった。ただ、ハボックに関しては。
「お前さー、この授業になると性格変わるよな…。」
「変わる?どこが?」
きょとんとするハボックに、気づいてないのか、とブレダは顔を顰めた。普段人懐こくて人当たりのいいハボック
であったが、体術などの戦闘スキルをあげる授業に入った途端、別人のようになってしまう。その能力はまだ
互いの能力を把握する術を知らない1年生の間でもはっきりと知れ渡っており、その尋常でない力に入学して
まだ数ヶ月しか過ぎてない今ですら誰も相手をしたがらない状況であった。
「なんでみんな、オレの相手してくれないのかなぁ…。」
(だったら加減しろっての!)
ぼそりと呟くハボックにブレダは内心そうツッコんでみた。だが、この授業が楽しくて仕方がないらしいハボック
にはまるで想像がつかないらしく、ハボックはブレダの周りに纏わりついてくる。
「なーなー、ブレダー。オレの相手してー。」
まるででっかい犬にじゃれつかれている気がして、ブレダはため息をつくと言った。
「あー、判ったから纏わりつくんじゃねぇっ」
どうせブレダが嫌だと思っていても、教官にムリヤリ組まされることは目に見えている。
(コイツだけ2年の授業に行かせてくんないかな…)
ブレダはひとつため息をつくと、ハボックと一緒に道場へと出たのであった。

「全員整列!」
教官の号令と共に全員が直立不動の体勢を取る。最初のうちはもたついていた彼らも、誰か一人が遅れれば
連帯責任を取らされるということが判って以来、ぐずぐずする者はいなかった。
「今日は応用術科の3年生が授業の一環として見に来ている。恥ずかしい所を見せるなよ。」
教官の言葉にハボックはちらりと背後をうかがい見た。整列したハボック達の後ろに数十名の3年生たちが
見守っている。その中に一際目立つ姿を見つけて、ハボックの頬が緩んだ。
「ジャン・ハボック!」
「はっ、はいっ!」
「余所見をするな。よし、では今日は1対1の対戦形式で行うからな。名前を呼ばれたものから順番に前に出て。」
その言葉に生徒達がどよめく。それでも生徒の名が呼ばれ始めると、皆口を噤んで前に出たものの動きを
目を見開いて見つめていた。
「よしっ、そこまでっ!つぎっ、ハイマンス・ブレダ!ジャン・ハボック!」
「「はいっ!」」
「…やっぱりお前とかよ…」
所定の位置に着きながら嫌そうにぼそりと言うブレダにハボックがにやりと笑う。
「よろしく頼むわ。」
そう言って位置に着いたハボックは体を解すように軽く跳ねた。ふうっと静かに吐いて閉じた目を開いた時、
その空色の瞳からはあらゆる感情が抜け落ちて硬質のガラスのようになっていた。
(来た来た…)
ブレダは身構えながらそう思う。初めてハボック相手に組み手をしたときは正直たまげた。姿かたちは自分が
知っているハボックなのに中身がガラリと入れ替わってしまったようなそんな錯覚がしたものだ。普段の
ハボックは感情が豊かだと思う。すぐ笑うしすぐ怒るし、天真爛漫で面倒見のよい男だ。だが、この訓練の時
はそういった感情は邪魔だとでも言うようにガラスの向こうに追いやってしまう。そんなハボックは正直かなり
危険な存在だった。はっきりいって敵に回すのはごめんだと、しょっちゅう組まされているブレダとしては
思い知らされているのだった。
「構え!始めっ!」
(敵に回すのはごめんだが、味方にいればこんなに頼もしいヤツもいないけどな。)
じりじりと互いに間合いを計りながらブレダはそう思う。ブレダを見つめる空色の瞳がスッと細められた次の
瞬間、鋭い蹴りが飛んでくる。脚の動く方向に体を流しながら左腕で蹴りを受け、そのまま回りこむとブレダは
右の拳を繰り出した。拳から逃げるようにハボックの顔が後ろに下がったと思ったと同時に出した右腕をグイ
と掴まれる。そのまま背中から地面に転げたハボックに腕を引かれて前かがみになった体を下から蹴り上げ
られた。腕を支点にそのまま投げ飛ばされたブレダは体を丸めて落下によるダメージを和らげると、地面をゴロ
ゴロと転がった。
「チッ」
舌打ちをして顔を上げたブレダの頭上からハボックの踵が振ってくる。寸でのところでそれをかわしたブレダは
体勢を整えながらハボックを睨んだ。
「少しは遠慮しろよな…っ」
その声が聞こえているであろうに表情ひとつ変えずに再び向かってくるハボックを、ブレダは今度は真正面
からガッシリと受け止める。手のひらを合わせた手をググッと組み合って互いを見据える。その時、不意に
ハボックから押してくる力が消えて、均衡の取れていた押し合いはブレダだけが押し込む形になった。
「えっ?」
と思う間もなく地面に引き倒され、体を入替えたハボックの肘が後頭部に振ってくる。避けようと仰向けに
転がったブレダの目の前に迫った肘が、教官の「そこまで!」の声にあと数センチと言う所でピタリと止まった。
「よしっ!次っ!」
教官に言われて倒れたブレダに手を差し出したハボックは憎らしいほど息ひとつ乱していない。
「だいじょぶ、ブレダ?」
そう言ってニコッと笑うハボックの手を引くと、ブレダは思い切りハボックに頭突きを食らわせた。
「いってぇぇっ!!…何すんだよ、ブレダァ…」
頭突きを食らった顎を擦りながら情けない声を上げるハボックを尻目に、ブレダはスタスタと列に戻ってしまう。
「お前ってムカツクー。」
後ろに並んだハボックにぼそりとブレダがそう言えば、ハボックが空色の瞳を見開いた。
「え、なんで?オレなんか拙いことした?」
オロオロとそう言うハボックにブレダはひとつため息をつくと答える。
「別にお前は何もしてねぇよ。」
自分がハボックより劣っているとは思わない。だが、それでも悔しいのは事実だ。ブレダはもうひとつため息を
つくとハボックに言った。
「ほら、マスタング先輩が見てるぜ。」
そう言われてハボックはパッと顔を上げるとロイに向かって嬉しそうに手を振っている。
(判りやすいヤツ…)
なのに、こういう訓練になるとハボックの動きが読めない。
(くそー、今度こそ一発食らわせてやるっ)
ハボックと組むのは嫌だと言いつつ、実はやる気満々なブレダだったりするのだった。


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