運命は突然やってくる。  第四章


そうして暫く他愛もない話をしていた2人だったが、ハボックがふと思い出したように言った。
「なあ、さっきのあの人…」
「んあ?マスタング先輩?」
「うん、こっちの寮じゃないよな?」
いたら絶対気づいてるだろうし、と言うハボックにブレダが答える。
「第一寮の方だろ。あの人、第一大隊の学生長だって言うし、士官候補生の応用術科だからさ。」
「…お前、いつの間にそんなこと調べてんだよ。」
「軍事っていうのは情報収集が一番大事なんだぜ。」
にやりと笑ってそう言うブレダをハボックは軽く睨みつけた。
「なんか面白くねぇ…。」
「知りたかったろ?」
図星を指されてグッと詰まるハボックをブレダは面白そうに見つめる。
「手ごわいと思うぜ。」
「いいんだよ。」
不貞腐れたようにそう言うハボックにブレダが笑いながら言う。
「まあ、玉砕したら屍は拾ってやる。」
「アタックする前から縁起でもないこと言うなっ」
ハボックはそう言うとガタリと立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「第一寮。」
「はあっ?」
「善は急げって言うだろ?」
そう言って笑うハボックにブレダは肩を竦める。
「ま、頑張れや。」
「おうっ」
ハボックはそう答えると部屋を出て行ったのだった。

ハボックがいる第二寮から10分ほどの所に立っている第一寮にやってくるとハボックは建物を見上げた。
今日は入学式があったから2、3年生も授業はなかったはずだ。大きな建物の中へ目指す人を探して
ハボックは足を踏み入れた。夕飯にはまだ間のある時間帯、授業もない自由な時間を思い思いに過ごす
生徒達があちこちにたむろしている。ハボックはその中の一人に近づいていくと軽く頭を下げて聞いた。
「すんません。あの、マスタング先輩、どこにいるか知らないっスか?」
突然話しかけてきたハボックを胡散臭げに見た男はそのつけているバッジから2年生だと知れた。ハボック
をジロジロと見つめると顎で階段を指し示す。
「先輩なら400号室だぜ。いるかどうかは知らないけど。」
「ありがとうございますっ」
ハボックはそう言うと階段を駆け上がっていく。一段飛ばしで4階まで一気に駆け上がると目指す部屋へと
駆けて行った。
「ここだ…。」
ハボックは一つ息を吐くとドアをじっと見つめる。ドキドキと高鳴る心臓を必死に宥めてハボックは呼吸を
整えるとノックをしようと手を上げた。
「よし…っ」
決心するようにそう呟くと、ハボックはコンコンと扉を叩く。どくどくとまるで全身が心臓になったように
感じながらハボックが立っていると扉がカチャリと開いた。
「はいよ、どなたさん…」
そう言って出てきたメガネの男にハボックが「あっ」と声を上げる。その声にハボックを見上げた常磐色の
瞳が剣呑な光を浮かべた。
「お前っ」
「なんでアンタがここに…っ?」
「ソレはこっちのセリフだ。ここはお前の寮じゃないだろうが。」
「オレはマスタング先輩に会いに来たんスよっ!」
お互いに眦を吊り上げて2人が睨みあっていると、部屋の中から声が聞こえた。
「ヒューズ、誰が来たんだ?」
そう言って顔を出した人にハボックの顔がぱっと明るくなる。
「マスタング先輩っ」
「ハボックじゃないか、どうしたんだ?」
不思議そうにハボックを見上げるロイの手をとってハボックが言った。
「さっきゆっくり話出来なかったから会いにきましたっ」
そう言って満面の笑みを浮かべるハボックの襟首をヒューズが背後から掴む。
「馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ。」
「ぐぇっ!…何するんスかっ、このっ」
ハボックはヒューズの手を振りほどくと睨みつけた。
「大体なんでアンタがここにいるんスかっ」
「ここは俺の部屋だからな。」
「は?」
腕を組んでそう言うヒューズをハボックはポカンとして見つめる。
「ヒューズと私は同室なんだ。」
そう言うロイにハボックはヒューズを指差して聞いた。
「同室?」
「そう。」
にっこりと笑って頷くロイにハボックがヒューズの顔を見る。
「判ったら出てけ。」
「えっ、ちょっと待っ…」
ぐいぐいと部屋の外へと押し出されそうになって慌てるハボックを見て、ロイはくすりと笑うと言った。
「まあ、いいじゃないか、ヒューズ。せっかく来てくれたんだし。」
「そうっスよねぇっ!」
ここぞとばかりにそう言うハボックを睨むヒューズの肩を叩くと、ロイはハボックに言う。
「どうぞ。入って。」
「お邪魔しますっ」
ロイに招き入れられてハボックは嬉しそうに言うと部屋の中へと入った。きちんと片付けられた室内をぐるり
と見渡すハボックにロイが聞いた。
「コーヒーくらいしかないけど。」
「あっ、オレが淹れますっ!」
嬉々としてコーヒーサーバーに飛びつくハボックをヒューズが顔を顰めて見つめると言う。
「高い豆なんだからな。美味く淹れなかったら承知しないぞ。」
「オレ、コーヒー淹れるの、得意っスよ。」
ハボックは豆を蒸らしながらそう答えた。程なくコーヒーのいい香りが部屋に立ち込め、ハボックはカップに
コーヒーを注ぐと2人に差し出した。
「はい、どうぞ。」
ヒューズは胡散臭げにカップを受け取ると、香りを確かめゆっくりと口をつける。ブラックのまま口に含んだ
それに僅かに眉を跳ね上げるとハボックを見つめた。
「不味くはないな。」
ヒューズの批評を聞いたロイがハボックに言う。
「良かったな、合格だってさ。」
「えっ、そうなんスか?」
そこそこの自信はあったにもかかわらず、ヒューズにそんな言われ方をしてちょっと凹みそうになっていた
ところのロイの言葉に、ハボックの顔がパッと明るくなる。
「合格だなんていってないだろうが。」
「気に入らなきゃコーヒーぶちまけるくらいのことするだろう、お前は。」
言われて思い切り顔を顰めるヒューズを放って、ロイもカップに口をつけた。目を瞬かせると改めてハボック
を見つめて言う。
「ホントにおいしい…。お前が淹れるのより全然おいしいじゃないか。」
後半の部分はヒューズに向けて言うと、ヒューズの眉間の皺が深くなった。
「気に入ってもらえてよかったっス。」
にっこりと笑うハボックにロイが言う。
「さっきも言ったけど、まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったよ。」
黒曜石の瞳に見つめられてハボックは顔を赤らめて俯くと答えた。
「オレもホントにビックリしました。でも、もう一度会いたいってずっと思ってたから…。」
「会ってどうするつもりだったんだい?」
不意にロイに聞かれてハボックは弾かれたように顔を上げる。ロイとバッチリ目があって、ハボックは首まで
真っ赤になってしまった。
「どうって…。」
会ってどうするかなんて具体的に考えたことなどなかった。今だってアタックすると出ては来たものの何か
考えがあったわけではない。会ったその瞬間から自分の魂の全部を根こそぎ持っていかれて、彼のことしか
考えられなかった。好きだと思う。生まれて初めて誰かを本当に好きになったのだと、ハボックは気がついた。
これまで付き合った子はいたけれど、自分の全てを根こそぎ持っていかれるような、そんな感覚は味わった
ことなどなかった。
「オレ、アンタが好きっス。」
「おい、お前…。」
ハボックの言葉に身を乗り出すヒューズを制して、ロイはハボックを見た。
「今まで女でも男でもこんな風に誰かを好きになったことなんてなかったけど…。」
「でも、私のことなど何一つ知らないだろう。言葉一つ交わした事もなかったんだから。それでも好きだと
 言うのかい?」
「そっスね。でも、今のオレの気持ちを表すなら、やっぱりアンタを好きだって言うのが一番しっくり来る気が
 します。」
ハボックはそう言うとロイの瞳をまっすぐに見つめた。
「オレ、アンタのこともっともっと知りたい。もっと見ていたい。もっと近づきたい。」
グッと力の入るヒューズの腕を押さえて、ロイはハボックに言う。
「もっと知ったら勘違いだったと言うこともあるわけだ。」
そう言われてハボックは数度瞬くと答えた。
「理屈から言ったらそうっスけど…でも。」
ハボックはニッと笑うと続ける。
「でもきっと、知ったらもっと好きになると思います。オレ、そういう勘、外れたことないんで。」
「それで?それからどうしたいの?」
「オレのことももっと知って欲しいです。でもって、オレのことを少しでも好きになってくれたらうれしいっス。」
そこまで黙って聞いていたヒューズが眦を吊り上げると口を開いた。
「勝手なことを言うな。大体お前な―――」
「ヒューズ先輩にもオレのこと知って欲しいっス。」
突然そう言われて、ヒューズは目を瞠って口ごもる。そんなヒューズに笑うとハボックは続けた。
「で、オレのこと認めて欲しいっス。マスタング先輩の側にいてもいいって。」
ハボックはそう言うと立ち上がる。
「また会えて、すげぇ嬉しかったっス。これからよろしくお願いします。」
そう言ってペコリと頭を下げると、ハボックは「また来ます。」と言い置いて部屋を出て行った。呆然と見送る
ヒューズにロイはくすりと笑うと言う。
「第一ラウンドはアイツの勝ち。」
楽しそうなその声にヒューズはロイの顔を見るといった。
「お前なぁ、何悠長なこと言ってんだ?!好きだって言われたんだぞ。」
男だぞ、アイツ、と目を剥くヒューズにロイは澄ましてコーヒーを飲むと答える。
「そうだな。」
「そうだなって、お前…。」
「まあ、いいじゃないか。少なくともおいしいコーヒーを淹れてくれるんだし。」
そう言うロイにヒューズは一つため息をつくと言った。
「知らんからな。ああいうタイプは思い込むと激しいぞ。」
そう言ってガブリとコーヒーを飲むヒューズを見て、ロイは楽しそうに笑ったのだった。


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