運命は突然やってくる。 第三章
「ここのメシ、結構イケルな。」
ブレダはそう言って手にしたフォークを口に運ぶ。ブレダの前のトレイの上には本日のA定食の他にベーカリー
コーナーから持ってきたパンが二つと、エクレアとプリンとフルーツの盛り合わせが載っていた。
「よく食うな、お前。」
見てるだけで腹がいっぱいになった気がするとハボックが思いながら言うと、ブレダが言う。
「これ位普通だろ?」
「太るぜ…?」
「その分運動するからいいんだよ。」
そう答えてパクリとパンにかぶり付くブレダにハボックは肩を竦めた。視線を上げて辺りを見回して、ざわざわ
と群れ集う寮生達を見る。明らかに新入生とわかる初々しい顔や、こいつ本当に10代かと疑いたくなるような
むさ苦しいのやらいろんな連中がいるのをぐるりと見渡してハボックが言った。
「なあ、寮生ってここにいるので全部?」
「いや、もう一つ建物があるはずだろ。ここにいるのは1年生と後は歩兵科と機甲科と野戦砲兵科の2、3年生
…要するに体力自慢の猛者たちな。」
「どうりでむさ苦しいのが多いと思った。」
ハボックがそう呟いた時、背中をバシンと勢いよく叩かれてびっくりして顔を上げると、ごついなりの男が笑い
ながらハボックを見下ろしていた。
「よお、新入生か?オレは機甲科の3年、テオドール・ベックだ。」
じっと顔を見つめられて名乗らなければいけないのかとハボックは口を開いた。
「あ、えと、ジャン・ハボックです。」
ジロリと見られて何か拙いことでも話していただろうかと、必死に記憶を辿っているといきなりグイと顎を掴まれる。
「あっあのっ?!」
「ハボックか…。覚えておこう。」
そう言って手を離すと立ち去っていく背中を目を見開いて見送っていたハボックは、バッとブレダを振り返る
と言った。
「何?今の?!オレ、なんか拙いこと喋ってた?!」
「いや、喋ってないと思うけど…。」
「じゃあ、なんだよ、今の。」
「さあ…?」
入寮初日から先輩に目をつけられたのでは堪らない。ハボックは大きな体を縮めてもそもそと食事を続けた
のだった。
「ハボっ!早くしろっ!入学式に遅れるつもりかっ?!」
「待って…髪が…」
「どうやってもツンツンしてんだから変わらねぇよっ!」
そう言ってむんずと襟首を掴んでくる友人に、ひでぇとぼやきながらハボックはブレダと一緒に慌てて部屋を
飛び出した。入学式を控えた寮内にはもう殆んど人は残っておらず、2人はバタバタと廊下を駆け抜けて
式場となっている講堂へと向かう。
「何をしている、早くしないと式が始まってしまうぞっ」
講堂の入り口にいた教官に怒鳴られて、ハボックとブレダはへらりと笑いを浮かべながら講堂の中へ走り
込んだ。
「あー、もう。初っ端からカンベンしろよ。」
お前の所為だぞ、と睨まれてハボックはごめんと視線で謝る。ざわざわとさざめいていた室内にゆっくりと
静寂が広がっていき、入学式の始まりを知らせた。
退屈な訓示と祝辞が続き、いい加減ハボックの目蓋が重たくなってきた頃、進行役の声が次は在校生
からの歓迎の言葉だと告げる。
(長ぇなぁ…なんで入学式とかってこうムダに長いんだろう…)
ハボックは必死に欠伸をこらえると壇上に上がってきた人物に目を向けた。
「…え?」
マイクの前に立ったその人は。
「えええっ?!」
大声を上げると同時に椅子を蹴立てて立ち上がったハボックを黒い瞳が見下ろした。僅かに見開いた瞳が
優しげに細められたかと思うと、マイクを通して忘れることのできなかった甘いテノールが聞こえた。
「席に着いてもらえるかな。」
その声にも呆然と固まって動かないハボックの腕をブレダが下から強引に引っ張って席に座らせる。くすりと
笑って話し出すその人を、ハボックは信じられない想いで見つめていたのだった。
入学式が終わってぞろぞろと出て行く生徒の波をかき分けて、ハボックは在校生の席へと走った。突き飛ばす
ようにして人の波を抜けると、目指す人の前へと出る。
「あっ、あのっ!」
叫ぶようにかけたハボックの声に、ロイがゆっくりと振り向いた。
「ああ、君はさっきの…。」
「ジャン・ハボックですっ、あの、この間は…っ」
興奮して言葉に詰まるハボックが、それでもなんとか言葉を紡ごうとした時、ロイの前にずいとメガネをかけた
男が割り込んできた。
「ロイ、向こうで教官が呼んでる。」
じろりとハボックを睨んでそう言う男の顔に、ハボックがあっと声を上げる。
「アンタ、あの時の…っ」
あの時といい今といい、ロイと話そうとするたび邪魔をしにやってくる男にハボックは声を荒げた。
「なんだよ、人が話してるのに邪魔するなよっ」
「…お前、先輩に対しての口の聞き方か、それが。」
もっともな言い草にハボックは一瞬言葉に詰まったが、ぐっと唇を噛み締めると言った。
「時間かからないんでちょっとお話させてください…っ」
「…だってさ、ロイ。どうする?」
当然断れ、と言う顔をしてヒューズがロイを見る。だがロイはふわりと微笑むと言った。
「この間逢ったね。」
「は、はいっ!覚えててくれたんスかっ?」
「花束、ありがとう。」
そう言ってにっこり微笑むロイにハボックはかあっと赤くなる。そんなハボックにロイはくすくす笑って言った。
「新入生なんだ。まさかここに入ってくるなんて思わなかったよ。」
「オレもまた逢えるなんて…っ。もう、逢えないかと思ってたから…。」
ハボックはそう言うとロイをまっすぐに見つめて言った。
「オレ、ジャン・ハボックって言います。初めてアンタのこと見たときから忘れらんなくて、それで…。」
「ああ、はいはい。もう時間切れだ。ほら、新入生はさっさと教室に行った、行った。」
話している途中で突然割って入ったヒューズにハボックが慌てて叫んだ。
「ちょっとっ!オレ、まだ話、途中でっ!!」
「『ちょっとお話』したかったんだろ?ほら、早く行けって。」
「アンタねぇっ!」
ヒューズに食ってかかるハボックにロイが面白そうに言う。
「ホントに行ったほうがいい。またね。」
ロイはそう言うとヒューズと一緒に行ってしまった。呆然と見送るハボックの袖を誰かがひっぱり、ハボックは
八つ当たり気味に振り向くと怒鳴る。
「なんだよ、うるさいなっ!」
「ハボックっ!お前、いい加減にしろって。」
振り向いた先には半ば呆れた顔のブレダが立っていて、ハボックはようやく自分が注目を浴びている事に
気がついた。
「あ、あれ…?」
「…ったく!行くぞ、おらっ!」
そうしてハボックはずるずると引き摺られるようにして講堂を後にしたのだった。
入学式が終わってクラスに分かれて説明を受け、新入生としての諸々の行事をこなして寮に帰ってきたのは
お昼を少し回った頃だった。自分の机に今日配布された教本やらプリントやらをしまっているハボックに
ブレダが声をかける。
「なあ、お前ってさ…。」
「あん?」
「ソッチの人だったわけ?」
ハボックから一番離れたところに置いた椅子に跨って背もたれに隠れるようにしてそう聞いてくるブレダを
ハボックは不思議そうに見た。
「ソッチの人?」
「いや、だからさ…男がイイわけ?」
ブレダの言葉にハボックは何も答えずにじっとブレダを見つめていたが、次の瞬間素っ頓狂な声を上げた。
「はあああっ??!なんだよ、ソレっ?!」
「いや、だってあのさっきの先輩にずっと忘れられなかったとか言ってなかったか?」
そう言われてハボックが盛大に紅くなる。その顔をみてブレダが思いきり身を引いた。
「やっぱお前って…っ」
「待て待て待てっっ」
決めてかかろうとするブレダにハボックは慌てて顔の前で手を振る。真っ赤になった顔を片手で覆うようにして
ハボックはブレダに言った。
「あー、オレ、ちゃんとノンケだから。でもあの人は別。」
「なんだよ、ソレ。」
「んー、話すと長いっつうか…。」
ハボックは机に寄りかかるとなるべく簡単にロイとの出会いを話した。ブレダは椅子の背に肘をついた手に
顎を載せると言う。
「要は一目惚れだったっていうことか?」
「うん。自分でも信じらんないけど…。今まで男相手にそんなこと思ったことなかったし。でもずっと会いたくて
でも二度と会えないんだろうって思ってたから、ここで会えてすげぇ嬉しくて…。」
「へええ。」
ハボックはブレダの顔を見ると言った。
「でも、男でそんな気になったのはあの人だけだぜ。他のヤツなんて考えただけでキショクワルイ…。」
「ま、確かに綺麗な顔ではあったけどな。」
ブレダは思い浮かべるように宙を見上げてそれからハボックを見ると言う。
「でも、お前あれで絶対ソッチ方面の人って思われたぜ。」
「…そ、そうかな。」
「入学式であんなことやってみろよ。第一印象ってのは印象深いからな。」
ブレダにそう言われてハボックは思い切り顔を顰めた。そんなハボックにブレダは笑って言う。
「ま、機会があれば違うんだって言っといてやるけどな。」
「機会がなくても頼むわ。」
ハボックはそう言うとがっくりとうな垂れたのだった。
→ 第四章