運命は突然やってくる。  第二章


「体に気をつけてね、ジャン。」
「うん、母さん達こそ元気で。」
「自分で決めたことだ、後悔しないよう、しっかりやって来い。」
「わかってるって、父さん。」
「手紙書いてちょうだい。」
「うん、じゃ、列車出ちゃうから。」
ハボックはそう言うとボストンバッグ一つを手に列車に乗り込む。入り口のところで見送りに来てくれていた
両親ににっこり笑った。
「じゃ、行って来る。」
ガタンと動き出す列車を追うように歩く2人に手を振って、段々小さくなる二人がカーブの向こうに見えなく
なると、ハボックは一つ息を吐いて奥へと入っていく。適当な所で網棚にカバンを放り込むとドサリと座席に
ついた。
「士官学校かぁ…。」
きっと父親は家業の雑貨屋を継いでくれることを期待していたに違いない。だが、ハボックはどうしてもこの
狭い場所だけで生きていくのが嫌だった。もっと外の広い世界を知りたいと思う。ハボックは窓の外を流れる
景色をぼんやりと眺めていた。ふと頭に浮んだ姿にふっとため息をつく。
「結局逢えなかったな…。」
またこっちに来ることはないのだろうかと淡い期待を抱いて、ハボックは時間があれば彼を初めて見たところ
に行ってみた。だが実際には再び逢うことはなく、彼のことを思うたびハボックの心はしくしくと痛んだ。
「新しい生活が始まるんだ、もう忘れちゃおう。」
ハボックはわざと口に出してそう言ってみる。しかしそうは言ったものの簡単にその面影を消し去ることが
出来るわけもなく、ハボックはため息をつくと目を閉じたのだった。

「あー、やっぱ都会だな、ここは。」
ハボックは長旅ですっかり固まってしまった体を解しながらそう呟いた。ぐるぐると首を回すと下に置いた
ボストンバッグを取り上げる。
「さて、こっからは歩きだな。」
都合よく学校の方へ行く車でも捕まえられればいいが、生憎そんなものは走っておらず、学校への交通
手段がない上は歩いていくしかない。
「ま、天気もいいし。」
ハボックはそう言うとバッグを持った手を肩に背負い、歩き出した。商店が立ち並ぶ界隈を抜け、住宅街
を抜けて更にその先へ。ハボックは辺りの景色を楽しみながらのんびりと歩いていたが、それでも流石に
30分も歩いているとウンザリした顔になってきた。
「せめてバスくらい通しておきゃいいのに。」
全寮制の士官学校、学校の校舎の他、さまざまな訓練施設やなにやらに広大な敷地が必要なのは判らない
でもない。だがせめて、新入生が入るこの時期くらい車を走らせてもいいのではないだろうか。ハボックが
そんなことを考えながらまだまだ先の長い道のりにため息を着いた時。ガラガラと背後から馬車の音が
近づいてきた。
「こんにちは。」
そう言って手綱を持つ男が声をかけてきた。挨拶を返したハボックを見つめて男が聞いてくる。
「もしかして、お兄さん、士官学校に行くんかね?」
「そうっスけど。」
「よかったら乗ってくかね?」
「えっ、マジっ?いいんスかっ?」
ぱあっと顔を輝かせるハボックに男は笑いながら言った。
「ここから歩いて行ったらまだあと1時間以上かかるよ。乗っていくといい。」
そう言って手綱を引いて馬車を止まらせる男にハボックは礼を言って荷台に飛び乗る。
「助かりますっ!」
そう言うハボックに男は言った。
「もう二つ先の駅から送迎の車が出てるの、知ってたかい?」
「えっ、そうなんスかっ?」
「毎年2、3人いるんだよね、お兄さんみたいなの。ちゃんと書類読まなくちゃ。」
男に呆れられたように言われてハボックは、あははと乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、俺は道連れが出来て退屈しなくていいけどね。」
そう言う男にハボックは色々な話を聞きながら士官学校へと向かったのだった。

「ありがとう!ホントに助かりました!」
「頑張ってね。立派な軍人さんになってくれよ。」
「はい。」
そう言って去って行く男を見送るとハボックは背後の士官学校の寮を見上げる。よし、と頷くと門をくぐり
寮の扉を開けた。
「こんちは〜。」
恐る恐るそう声を掛ければ、入り口のすぐ側で書類を持っていた男が振り返る。
「お、新入生か?」
「はい。ジャン・ハボックっていいます。」
「ハボックね…。あ、あった。俺は寮長をやってるフランツ・フレッチャー。」
そう言って差し出された手をハボックは握り返す。自分もわりと背が高い方だと思っていたが、フレッチャー
はハボックより更に頭半分背が高かった。
「お前の部屋は2階の202号室だ。2人部屋で同室のハイマンス・ブレダは…もう来てるな。送った荷物は
 部屋にぶち込んである。今日の夕飯は6時、明日の朝食は7時だ。寮則はこれ読んどけ。何か問題が
 あったら俺の部屋は3階の300だから。」
「判りました。」
ハボックは差し出された冊子を受け取るとボストンを手に階段を上がっていく。ちらりと後ろを振り向けば
続いてやってきた新入生たちに説明するフレッチャーの姿が見えた。ハボックは視線を戻すと壁に貼って
ある部屋の案内図を頼りに割り当てられた部屋へとやってきた。
「ここか…。」
同室の人間はもう来ていると言っていた。だったらノックぐらいして入らないと拙いだろうなどと考えて
ハボックが扉を叩こうと手を上げた時。
「あ。」
と、声がしてハボックが振り向いた先には、短い赤毛のがっしりした体つきの男が立っていた。
「えーと、もしかしてこの部屋の人?」
とハボックが聞けば男はうなずいて言った。
「ああ、ってことはお前が同居人?俺はハイマンス・ブレダだ。よろしく。」
「オレはジャン・ハボック。」
「ハボックぅ?すげぇ名前だな。」
「はは、いつも言われる。」
2人は握手を交わすと扉を開けて中へ入った。8畳ほどのの部屋の扉がある方の壁際に2段ベッドが、その
向かいに本棚を挟んで机が二つ並んでいる。ドアのすぐ側はクローゼットになっておりベッドと机の間の窓
からは明るい陽射しが降り注いでいた。
「机、勝手に選んじまったけど、逆がいいなら換えるぜ?」
「別にどっちでもいいよ。」
「クローゼットは共用だから、まあ半分ずつってことで。で、ベッドなんだけど、俺、下でいいか?」
聞かれてハボックはブレダをちらりと見た。太っているわけではないががっしりした体つきで、確かに上背が
あるとはいえ自分の方がベッドの上段を使ったほうが何となくよさそうだ。
「いいよ、じゃ、オレが上ね。」
ハボックはそう言うと机にボストンバッグを置いて、開いた窓から身を乗り出した。
「おお、いい眺めじゃん。」
「街の中心部から離れてるし、丘の上だろ、ここ。」
そう言ってブレダもハボックに並んで外を眺める。
「今日から3年、ここに住むのか…。」
「まあ、よろしく頼むわ。」
そう言って改めて差し出される手を、ハボックは笑って握り返したのだった。


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