運命は突然やってくる。 第十二章
「やられたな。」
階下から聞こえた凄まじい音に、ロイは組んでいた脚を組み替えながら言う。椅子の袖に肘をついた手の
中には一枚のディスクがあった。
「しょうがねぇなぁ、ルーキーにやられちまっちゃ。」
ヒューズはそう言うと座っていた椅子からゆらりと立ち上がる。
「んじゃ、この辺でいい加減3年と1年の違いってもんを教えてやるかな。」
「手加減しろよ。」
椅子に座ったまま笑ってそう言うロイにヒューズは眉を顰めた。
「高みの見物かよ。」
「手を出したら怒るくせに。」
呆れたように言うロイにヒューズはにやりと笑うと扉を開けて部屋を出て行ったのだった。
「どしたよ、カベーリ。」
「んー、またさっきみたいのがいたらどうする?」
「あんなの2人もいてたまるかよ。」
そんなことを言い合いながら3階の階段をあがったところで壁に身を寄せて入口からフロアの様子を伺う。
ワンフロアを一部屋として使われていた1階、2階と違って、3階は階段の上がり口にある扉からまっすぐに
廊下が走り、その左右に3部屋ずつ廊下に窓のついた部屋が並んでいた。
「で、ディスクはどの部屋?」
「突き当たりの右。」
ブレダの言葉に3人は廊下を見透かす。暫くじっと目指す部屋を見つめていたが、カベーリがぽつりと言った。
「なあ、人の気配しなくねぇ?」
「確かに、今までのフロアとは…。ハボ?」
野生の勘の塊である長身の友人をちらりと見上げれば、ハボックは僅かに眉根を寄せて廊下を見つめている。
「ここでじっとしてて時間切れになったら堪んないぜ。俺が最初に行ってみるよ。」
カベーリは何も答えないハボックに焦れてそう言うと3階への扉をすり抜けフロアへと足を踏み入れた。その
瞬間、カベーリは背後からハボックに思い切り足払いを食らって廊下に倒れこむ。
「てめっ、何する――」
そう叫びかけたカベーリの頭上にダンッと音を立ててダガーが突き刺さった。
「っっ!!」
ギョッとするカベーリの体をハボックが乱暴に引き戻す。
「大丈夫かっ?」
3階の扉の影まで戻った3人は顔を強張らせて見詰め合った。
「…どこから?!」
「わかんねぇ…」
そう答えるブレダにカベーリが食ってかかる。
「気配、なかったろ?!」
困ったような顔をしてブレダはカベーリと入口から廊下を覗き込んだ。
「一瞬だけ殺気が膨らんだろ?」
その2人の後ろからハボックの硬い声がする。ハッとして振り向けばハボックが眉を顰めてフロアを睨んでいた。
「ダガーが飛んでくる一瞬前、殺気が膨らんだ。わざとそうしやがった。」
「わざと?」
「試されたってことか?」
ブレダの言葉にハボックが頷く。カベーリが「やなヤツ」とぼやいた。
「どうする?どこから投げてきたのかわかんないと進みようがない。」
ハボックがそう言うとブレダは暫く考えていたが、何か思いついたように目を僅かに開くと2人に向かって言う。
「そこの踊り場にあるカート、ここまで上げられないか?」
「3人でやりゃ何とかなるだろ。」
そう答えた途端、ハボックとカベーリは階段を駆け下りる。運搬用のステンレス製のカートを抱えると階段を
上がり始めた。遅れてやってきたブレダが手を貸して3階の扉のところまで何とか引き上げる。カートを下ろすと
その先の指示を仰ぐように見つめてくるカベーリとハボックにブレダは言った。
「この中に一人入って廊下を突っ切る。」
「俺かよ〜。」
「オレやブレダじゃ乗れねぇよ。」
ぼやくカベーリにハボックが言う。
「命までは盗らんないから安心しろ。」
あくまで訓練だからな、とブレダが言ったがカベーリは大袈裟にため息をついた。
「そんなこと言われても痛いのはヤダ。」
「思い切り押し出してやるよ。なるべくスピードがでるようにな。カートに向かってダガーが飛んでくりゃ出所
がわかる。」
「飛んでこなかったら?」
「そんときゃそのままディスク取りに行けよ。つか、絶対投げてくるから、あの人。」
思い切り嫌そうにそう言うハボックにブレダが言う。
「ヒューズ先輩?」
そ、と答えるハボックに苦笑してブレダはカベーリに言った。
「とにかくもう、時間がない。一発勝負だかんな。」
「俺もう、おとなしく後期の試験受けるんでいいわ。」
カベーリはぶつぶつ言いながらそれでもカートに乗り込んだ。なるべく体を低くくしてカートの淵から体が出ない
ようにする。
「よし、んじゃ、いくぞ。」
扉のところまでカートを運ぶとブレダとハボックがその後ろについた。
「せぇのぉっ!!」
「Go!」
掛け声と同時にカートを押し出す。ガ―――ッッと音がしてカートが廊下を突き抜けていくのに寸分送れず
ハボックが後に続いた。その途端、シュッとなる音とともにダガーがカートに向かって飛ぶ。
「ハボっ!右っ!」
背後からブレダの声が飛んで、ハボックは迷わず右手の部屋の窓ガラスに向かって飛び込んだ。
ガシャーンッと飛び散るガラスと共にハボックの体が部屋の中に転がり込む。1回転して体勢を整えるハボック
の目の隅にヒューズの姿が入った。その姿を確認したと思ったのと同時にダガーが飛んできて、ハボックは
机の影に飛び込む。ハボックが引っ込んだその隙にヒューズが窓から廊下へと躍り出た。様子を見に来て
いたブレダと鉢合わせしたヒューズは、一瞬怯んだブレダを思い切り蹴り飛ばす。
「ぐわっ!」
廊下の端まで吹き飛んだブレダには目もくれず、カートから飛び降りようとしていたカベーリに向けてヒューズ
が走った。
「げっ」
慌ててカートから飛び降りるとカベーリはヒューズに向かってカートを突き飛ばす。向かってくるカートに
ヒョイと手をつくと軽々とそれを飛び越えたヒューズがその勢いのままカベーリに襲い掛かろうとした瞬間、
ヒューズは振り返ると自分に向かって飛んできたナイフをダガーで叩き落した。ナイフの後を追うように
向かってくるハボックの拳を軽々とよけると続けざまに打ち込まれるハボックの攻撃も軽くステップを踏んで
かわす。
「このっ」
「熱くなっちゃダメだぜ、ワンコ。」
「誰がワンコだっ!」
繰り出す拳を全て軽く往なされてハボックはカッとなって怒鳴った。その瞬間、ヒューズの目が剣呑に細め
られたかと思うとぼそりと言う。
「攻撃ってのは」
にんまりと笑うと同時にハボックに向かって拳が飛んできた。
「こうするんだよっ!」
「っっ!!」
咄嗟に自分の前に腕をクロスさせてガードしたハボックだったが、強烈なパンチに吹き飛ばされてしまう。
したたかに壁に背をぶつけて一瞬動きの止まったハボックをそのままに、ヒューズは奥の部屋に行こうと
していたカベーリに向かってダガーを投げつけた。
「行かせねぇよっ!」
「ひっ!」
自分の目の前に突き刺さったそれにカベーリは情けなくも腰を抜かしてしまう。ふふん、と笑うヒューズは
背後から繰り出された蹴りを振り返りもせずによけて見せた。
「くそっ!」
ハボックが続けざまに攻撃を仕掛けようとした時。ゆっくりと肩越しに振り向いたヒューズのその常磐色の瞳
に浮ぶ獰猛な意思にハボックはぎくりとしてほんの一瞬、動きを止める。にやりとヒューズの唇の端が上がり、
次の瞬間ハボックは思い切り床に叩きつけられていた。衝撃で息が止まり目の前が暗くなる。
(やられるっ!)
ハボックがそう思ったその時。
「ヒューズっ!」
鋭い声が飛び、床に押さえつけられたハボックの顔面寸前でダガーがピタリと止まった。
「殺す気か、お前は。」
奥の部屋から姿を現しながら、呆れたように言うロイに向かってヒューズが苦笑する。
「わり、ついムキになった。」
そう言ってダガーを引っ込めると立ち上がり、ハボックに向かって手を差し出した。
「大丈夫か、ワンコ。」
ハボックは暫くその手を見つめていたが思い切り振り払うと自力で立ち上がる。ヒューズは「おっ?」と言うような
顔をしたがハボックをそのままにロイの方へと歩み寄った。
「で、勝負ありでいいんだな。」
ヒューズがロイに向かって言うとロイが頷く。
「時間切れだ。」
そう言って皆の視線が向いた窓の外では太陽がゆっくりと沈んでいく所だった。
→ 第十三章