troubelmaker 中編
ビリーの言葉にロイに注意しておかなくてはと思ったハボックだったが、何だかんだと忙しかった上、家に帰れば
「疲れたから寝る」とベッドに直行してしまったロイに、結局ゆっくり話す暇もなかった。とはいえ何も言わずにおく訳
にもいかず、ハボックは翌朝、司令部へと向かう車の中でロイに言った。
「大佐、アイツが来ても相手にしないで下さいよ。」
「どうして?」
「あんなヤツ相手にする必要ありません。」
アンタを狙ってるんだよ、と言ってやりたかったが、そんなことを言えば却って面白がりそうな気がしてハボックは言葉
を濁す。
「お前、かりにも自分の弟だろう。あんなヤツ呼ばわりはないんじゃないのか?」
「あんなヤツで十分っスよ。」
とにかく、絶対、何があっても、決して相手にしないでとしつこく言うハボックにロイは半ばウンザリと窓の外を見やって
いた。
「ビリーが来てるんだって?」
ハボックが司令室に入るなり、出張から帰ったばかりのブレダが言った。
「ああ…」
「また例によってトラブル持ち込んでんのかよ。」
「…あの野郎、大佐を口説くって。」
そう言って頭を抱えるハボックに、ブレダは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間ゲラゲラと笑い出した。
「笑い事じゃねぇよっ!」
ハボックに噛み付かれて、ブレダはわりいわりいと手を振る。
「今までの中で、最高じゃねぇ?ソレ。」
「冗談じゃねぇよ。」
苦虫を噛み潰したような顔をしているハボックにブレダは苦笑した。そうしてハボックに顔を寄せると、その耳元に囁く。
「いっそ本当のこと言っちまえば?」
「言えるか、バカ。」
ハボックはそう言うと目の前のブレダの額を指でピンと弾いた。ブレダは痛えな、と額を擦りながら言う。
「まあ、ガンバレや。」
「他人事だと思いやがって。」
「他人事だろ。」
そう言うブレダの脚をハボックが蹴飛ばした時、勢いよく司令室の扉が開いた。
「ロイさ〜んっ」
能天気な声に扉の方を振り向けばそこには、顔が見えないほど大きな紅い薔薇の花束を抱えたビリーが立っていた。
「なっ…」
「ロイさん、いますか〜?」
「ビリー、お前ッ」
ビリーの前に立ちはだかるハボックをビリーは睨みつける。
「そこ、どいてくれよ、ジャン。」
「お前な、いい加減にしろ。ここは遊び場じゃないんだぞ。」
「別に遊びに来てるわけじゃない。」
「ビリー!」
「人の恋路の邪魔すんなよ。」
ビリーはそう言うとハボックを押しのけて執務室へと足を向ける。ハボックがその肩を掴んだ途端、ビリーに思い切り
振り払われた。その時、にらみ合う2人の間に割って入るように執務室の扉が開いた。
「何をやってるんだ、二人とも。」
そう言うロイにビリーはにっこり笑うと手にした薔薇の花束をロイに渡す。
「ロイさん、これ、貴方に。」
「えっ」
押し付けられるままに花束を受け取ってしまって、ロイはビリーを見上げた。
「オレ、貴方が…」
ビリーがそう言いかけた時、ハボックがビリーの襟首をぐいと引き倒した。
「ぐえっっ!」
蛙のような声を上げたビリーを突き飛ばすとハボックはロイに言う。
「たいさっ、視察の時間っスよ、さ、行きましょうっ!」
ハボックはロイの手から花束を取り上げるとブレダに押し付け、ロイの腕を引いて司令室を出て行ってしまった。喉を
押さえながら立ち上がったビリーは悔しそうに扉を睨みつける。
「くそーっ、ジャンのヤツっ!」
ビリーはそう呟くとブレダの手から花束を取り上げた。
「返せよっ」
にやにやと笑うブレダを睨みつけると、二人の後を追うようにビリーは司令室を出て行った。
「待って!ロイさん、待って下さい!」
車に乗り込もうとするロイ達のところへビリーが走ってきた。ハボックがちっと舌を鳴らして露骨に嫌な顔をするのに
気づかぬ振りで、ロイはビリーににっこりと笑った。
「なんだい、ビリー?」
「オレも視察に連れて行ってもらえませんか?」
「なっ…、言うに事欠いて何言い出すんだ、お前はっ!」
「構わないよ、邪魔さえしなければね。」
「たいさっ?!」
「やったあっ!ありがとうございますっ!」
嬉しそうに叫んでさっさと後部座席に座り込んでしまったビリーに、ハボックは慌ててロイに言う。
「たいさっ!視察は遊びじゃないんスよ!」
「市内の視察だろう、別に構わないさ。」
「たいさっ!!」
ロイは目を吊り上げて怒鳴るハボックに構わずビリーの隣に体を滑り込ませた。そうしてハボックを見上げると言う。
「車を出せ、ハボック。」
「〜〜っっ!!」
ハボックは歯を食いしばると叩きつけるようにドアを閉める。乱暴な仕草で運転席に乗り込むといきなりアクセルを踏み
込んだ。グンと背中をシートに押さえつけられてビリーが呆れたように言った。
「ジャンってば運転ヘタクソだなぁ。ロイさん、運転手変えた方がいいんじゃないですか?」
なんならオレを専属で雇って下さいよ、などとビリーがほざくのを聞きながら、ハボックは乱暴にハンドルを切るのだった。
時折、車を降りて街を見てまわるロイについて歩きながら、ビリーは楽しそうにロイに話しかける。道行く人々がロイと
一緒にいる自分に注目するのも嬉しくて堪らない。
「いつもこんな感じで視察してるんですか?」
「その時々によるけどね。」
自分より頭半分背の低いロイを見下ろしながら、ビリーはうっとりと目を細める。
(やっぱり綺麗な人だよな。)
さらさらと流れる黒髪。黒曜石の瞳。その瞳が自分だけを見つめてくれたらどんなに嬉しいことだろう。
(絶対口説いてみせるぞ!)
ビリーは空色の瞳を決意に輝かせて、掌を握り締めるのだった。
司令部に戻る車の中で楽しそうに語り合う二人をバックミラー越しに見つめて、ハボックは唇を噛み締めた。ビリーは肩を
抱かんばかりにロイに身を寄せているし、ロイはそれを嫌がる風でもない。
(ちくしょーっ、ビリーのヤツっっ!!たいさだって、何考えてんだよ…っ)
ビリーはともかくロイの態度はどうにも理解できない。
(オレよかビリーの方がいいってこと??)
そんな考えが浮かんで混乱するハボックの耳にロイの声が聞こえてきた。
「そういえばビリー、夕食は誰かと約束しているのかい?」
「いえ、こっちに知り合いもいないし、金もないんでファーストフードで済ませるつもりです。」
「だったら一緒に食べに行かないか?」
「えっ?!いいんですか?!」
「よくないっ!!」
ロイ達の会話の行く末を心配して耳をそばだてていたハボックは、ブレーキを踏み込みながら叫んだ。
「なんでジャンがそんな事言うんだよ。」
ジャンに関係ないだろ、というビリーにハボックは返す言葉が無くて、ミラー越しにロイを見つめる。だが、ロイは縋る
ようなハボックの視線を綺麗に無視してビリーに話しかけた。
「それじゃあ、6時に司令部に来てくれるかい?美味しい料理をご馳走するよ。」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
満面の笑みを浮かべるビリーとは裏腹に、さっさと約束を取り付けてしまったロイをハボックは泣きそうな顔で見つめていた。
「ロイさんっ!」
さっき渡し損ねた花束をかかえて司令部の入り口で待っていたビリーに、ロイはにこやかに微笑みながら近づいていった。
「待たせたね、ビリー。」
「いえっ!そんなことないですっ!」
「それじゃあ行こうか。」
ロイはそう言うと、後ろに立っていたハボックに、ビリーから受け取った花束を渡しながら言った。
「近いから散歩がてら歩いていくよ。食事が終わる頃に車を回してくれ。」
そうして、さっさとビリーと並んで歩き出すロイの背を見つめて、ハボックは手にした花束を握り締めた。
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